第24話 アリサ救出

 ドラゴンを倒した俺は、アリサ目指して走り出した。


 重い体に鞭打って、とにかく前に進んだ。


 遠い。


 普段ならすぐに辿り着くような距離なのに、今はいつまでもたどり着かないオアシスのように遠い。


「アリサ、アリサ」


 氷に触り、中の様子を確認する。


 眠ったように目をつぶり、アリサは身動きひとつ取らない。


 幸い、怪我をした様子もなく、ただ氷漬けにされているだけのようだ。


 しかし、ドラゴンを倒したのに、氷が溶ける気配が全くない。


「なんでだよ。こういうのは元凶を倒せば解除されるんじゃないのかよ」


 倒しても消えないモンスターといい、俺の幻想はいつも打ち砕かられる。


 何度拳で殴りつけても、手が痛くなるだけでヒビすら入らない。


 どうして、アリサが何をしたと言うのだ。


「どう?」


 倒れていたマイルもゆっくりとだが追いついてきた。


 けれど、俺ができるのは首を横に振ることだけだ。


「全然ダメだ。もしかしたら、ドラゴンが準備していたのは、攻撃じゃなく脱出だったのかもしれない」


「どうして?」


「だってそうだろ? 跡形もないなんておかしいって、リルも言ってたんだ。経験値だけ入るなんてことはないって。それだけじゃない、氷だって溶けないし」


「そうじゃなくて、どうしてワタシたち相手に、ドラゴンが逃げなきゃいけなかったのかってことよ」


「それは……」


 確かに理由が思い当たらない。


 俺の実力を知っていたなら、不意打ちを確実に当てるか、最初から逃げていてもおかしくなさそうだ。


 そもそも、あれほどまでに大きなドラゴンが、何も残さずに消えられるなら、攻撃として使い、俺たちを逃げられない場所に移動することもできそうだ。


「でしょ?」


 黙っていると、マイルがうかがうように俺の顔を見てきた。


「うん」


 マイルに指摘され、俺は少し冷静になった気がする。


 けれど、状況は変わらない。


 アリサを助けに来たのに、助けることはできなかった。


「間に合わなかった……」


「でも、ドーラなら、まだできることがあるでしょ?」


「俺にできることはもうやったんじゃ?」


 何故かマイルの方が楽しそうに、声を漏らして笑っている。


「ドーラのブレスはまだ直接使ってないでしょ?」


「あっ」


 どうして俺は忘れていたんだ。


 真っ先にぶつけてみるべきだったのに。


 それもそうか。元はサーカスで使っていたんだ。何も攻撃のための手段じゃなかった。


「その通りだな。ありがとうマイル」


「いいってことよ。さあ、まだワタシの力も残ってるはずだからパーっとかましてやりなさいな」


「おう!」


 俺はマイルに頷きかけると、思いっきり息を吸い込んだ。


「『ファイアブレス』!」


 息を吹きかけ思ったのは、いつもよりも手応えがない気がするということ。


 いや、そもそも手応えなんてなかった。


 何かに俺の息がぶつかっている感覚はなかった。


 しかし。


「溶けてきてるよ」


 マイルの言葉に、俺はそのまま息を吐き続けた。


 たとえドラゴンの氷だろうが恐るるに足らない。


 この場にいないドラゴンなど俺の敵じゃない。


 少しして、俺はなんとなく息を吹くのをやめた。


 そこにはもう氷はなく、目をつぶったままのアリサが、ちょうど倒れそうになった瞬間だった。


「アリサ!」


 すぐに駆け寄り抱きしめる。


 ひどく冷えている。こんな冷えた場所で氷づけにされていれば、それもそうだろう。


 たとえ氷系魔法を使えても、人間であることに変わりはないのだ。


「アリサ……」


 すぐに返事はなかった。


「ふふ。苦しいよ」


「アリサ!」


 声が聞こえ、俺は顔を上げた。


 青ざめた顔をしているが、かすかに笑い目を開けているアリサの顔がそこにはあった。


「そっか、やっぱりドーラが助けてくれたんだね」


「俺は、俺だけじゃなくて」


「そう? でも、ドーラが助けてくれたんでしょ?」


 俺が助けた側のはずなのに、アリサの方がずっと冷静に俺に言葉をかけてくれる。


 もしかしたら会えないかもしれないと思っただけに、急に安心してしまい頭が回らない。


 やはり、俺の方が先を見ていなかったということか。


「どうしたの? その格好は」


「これは、俺、新しいサーカスに入ったんだ。そこで、新しい服をもらったんだ。それで、それで」


 言葉に詰まり、なんて言っていいのかわからない。


 もっと色々と話したかったはずなのに。


「ドーラは、ワタシたちのサーカスで活躍してるんですよ」


 俺の代わりにマイルが言ってくれた。


「そうなの?」


 俺は頷き、必死に肯定する。


「そっか、新しい場所が見つかったんだ。よかったね。これであたしも安心だよ。前と違ってドーラのことを評価してくれてるみたいだし」


「そこで提案なんですが、アリサさんも入りませんか? 活躍は聞いてます」


「でも、あたし」


「知ってますよ。ドーラさんと同じことでしょ?」


 みなまで言わせずにマイルは笑いながら言った。


 俺がクビにされたように、アリサはサーカスを追われ、ここに来たのだ。


「俺からも頼む」


 やっとはっきりした声が出せた。


 俺の言葉を聞いたアリサはと言うと、少し驚いたような顔をしてから、頷いた。


「じゃあ、お世話になります」


 アリサの言葉を聞き、俺は思わずマイルと顔を見合わせた。


 どんな顔になっていただろう。


 きっと普段の俺がしないような笑顔になっていただろう。


 これで、マイルとの約束も果たせる。


「……また会いましょう」


「え?」


 突然、アリサがよくわからないことを口にし俺は思わず聞き返した。


「あれ、あたし何言ってるんだろう」


「疲れてるんじゃないか? 氷漬けになってたんだし体力も落ちてるんだろうさ。きっと」


「それじゃ、やることもやったし、早く帰ろう」


「おう!」


 俺はアリサを背負って、洞窟の出口へと歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る