メリーさんが犠牲者

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

第1話

 トォルルルル

 「もしもし、私、メリーさん。今、アナタの家の前に居るの。」

 ツー ツー ツー


 知らない子どもの声で電話が来た。

 非通知。一方的にそれだけを言って切断。

 「ふーん、来たんだ。」

 メリーさん。『私、○○に居るの。』と言って電話切断。

 何度も、何度も、何度もそれが続き、電話を受けたものの家、部屋の前、そして背後……徐々に己に迫る類の怪異。

 少し、困ったな……。でも丁度良いか。


 トォルルルル

 次の電話が来たのは数分後の事だった。

 「もしもし、私、メリーさん。」

 来た。

 メリーさんは少し困った声で、何やらごにょごにょ言っていた。

 「えぇっと、おウチに誰も居ないんだけど?」

 遠慮しながらそんな事を言ってきた。

 「今、新宿にいる。」

 「…え?お家じゃないの?」

 多分電話口で目を丸くしてるメリーさんが目に浮かぶ。

 「丁度出かけてる。来る?」

 そんな風に何気無い様に訊いてみたら……

 「行くっ!新宿のどこ?」

 スピーカーからやる気に満ちた声が響く。

 「あー、今僕は丁度新宿駅の近くの高鳥屋に居る。」

 「分かった!新宿駅の、高鳥屋?ね。直ぐ行くね!」

 ツー ツー ツー


 さて、次だ。


 トォルルルル

 次に電話が来たのは大分時間が経ってからだ。

 「もしもし、私、メリーさん。今、えぇっと、『たかとりや』に、着いたの。アナタは何階に居るの?」

 来た。スピーカーからは新宿の喧騒が多分聞こえているのだろう。

 少しだけ疲れた様子のメリーさんの声だけが聞こえる。

 「あー、ごめんごめん。高鳥屋には今居ないんだ。」

 「え……居ないの?どうして……」

 悲しそうな声が少しだけこちらを揺さぶる。

 「でも安心して。新宿には居るから。」

 「本当?」

 「うんそう。俺は今大田急のデパートに居る。

 同じ新宿駅だから安心して。」

 「新宿の、大田急デパートね。えぇっと、大田急のデパートってどこに」「じゃぁ、待ってるね。」

 ツー ツー ツー

 こちらから一方的に切った。

 メリーさんは多分新宿駅に詳しくない。

 新宿高鳥屋は駅から近いし、新宿駅だから当然アクセスは良い。ある程度知っていればここまで時間は掛からない。

 『高鳥屋?』と疑問形にしている辺り、新宿に高鳥屋がある事さえ知らなかっただろう。

 そして、それはビンゴだった。メリーさんは大田急を知らなかった。

 大田急デパートは高鳥屋から行こうとすると駅を挟む形になっている。

 ここまで来るのに苦戦しているのなら、十中八九迷う。


 トォルルルル

 「もしもし、私、メリーさん。今、大田急に着いたの。」

 前の電話から一時間は掛かった。

 口角が上がる。

 「ごめんね。今私、用事が出来て池袋の東式デパートに居るんだ。来れそう?」

 「…………頑張る。」

 ツー ツー ツー


 トォルルルル

 「もしもし、私、メリーさん。今、池袋の東口にいるの。

 東式デパートって、どこ?」

 「東式デパートは、西口側だよ。」

 ツー ツー ツー


 トォルルルル

 「もしもし、私、メリーさん。今、やっと東式デパートに着いたの……。ドコ?」

 「ゴメン、今西式鉄道で三峰口に向かってるよ。」

 ツー ツー ツー



 「もしもし、私、メリーさん。

 ねぇ、何処?三峰口に着いたけど、暗いよ。寒いよ。何処にいるの?」

 時刻はもう夜の九時半。辺りは真っ暗。

 「ゴメンね。自宅に帰ったんだ。」

 スピーカーから息を呑む音が聞こえた。

 「……いじわる。もうイヤ。なんで動き回るの!?もうヤダ!帰る!」

 「……終電もう終わったよ。」

 「……なんで、なんで、いじわる!ひどい!どうして⁉

 ちょっとだけおどかそうと思っただけなのに。新宿に行って、池袋に行って、みつみねぐちまできて、ひどい!ひどいよぉ!」

 電話の向こうでメリーさんが大泣きしている。

 もうそろそろかわいそうだし、言うか。

 「ゴメンね。メリーさん。

 ちょっとからかってみたかったんだ。駅前にタクシー呼んだから、それに乗って。」




 「やった!やった!おどろかせる!」

 タクシーに乗って真っ黒な窓の外を見ながらはしゃぐメリーさん。

 頭の中でいくつも驚かし方を考えている中で、気が付いた。

 「あれ、運転手さん?ここどこ?」

 ずっと車に揺られているのに、窓の外が暗いまま、山の中だからと思っていたのに、ずっと暗い。見えない。全然明かりが、外の風景が、見えない。

 「運転手さん、ここ何処?私、どうしてこんな暗い所に…」

 「…………………………………………………………………」

 運転手は何も答えない。

 「ねぇ、ねぇ、車を止めて!出して!ここから出して!やだ、やだ、やだ、やだぁ!」

 「…………………………………………………………………」



 彼女の泣き声は、もう誰にも聞こえない。

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