キスして!

野棘かな

第1話

 色白で細っ

しもぶくれしずく顔。

痩せてガリガリだから

大きな目がさらに大きく見える。

可愛いのかなんなのかわからない、


 第一印象はそんな感じだった。

すでに新学期は始まっていたので

数日遅れの転校生だ。

挨拶の後

「そこの空いてる席に座りなさい」

先生の指示で、クラスみんなが注目する中、窓際の1番前の席に座った。


 休み時間、後の方で女子グループがかたまってコソコソ話をしている。

廊下に出ると、情報通の藤原さんが近づいてきた。

「あの転校生はね、新しい家を建てる間だけ、このエリアのアパートに住んでいるけど、夏休みまでらしいよ」

聞いてないのに、耳打ちするように声をひそめて教えてくれた。


 放課後、自主トレでグラウンドを走っていたら、南側の斜面に女子生徒が座り込んでいるのが見えた。

しゃがみ込んで何が探しているようだ。

何だろう、何してるのかな。


2周回って、そのまま走って様子を見に行く。

しゃがみ込んでいたのはあの転校生だった。

「ねえ、そこの人!何してるの」

「えっ」

びっくりして、体がピクッとした。

「何か探しもの?」

また聞くと

「4つ葉のクローバー見つけてるの」

うつむいたまま答える。

「あーそうなんだ、4つ葉ね、4つ葉か。

どれどれ」

少し離れた場所の緑色にうねうね茂っているクローバーの中に入りかがみ込んで探そうとすると

「だめよ、踏んじゃだめ、クローバーを踏んじゃいけないのよ」

あっと、飛び上がって砂地に着地した。

振り返えると、転校生がにらんでる。

「もーだめよ、見つけたいならちゃんとやって」

「はい、はい」

「返事は1回ね!」

母ちゃんかよと声を出さずツッコミ入れた。


かがみ込んで探し始めると

転校生が、いきなりすぐ隣にくっつきそうなくらい近くに並んでしゃがみ込むから、ちょっとドキッとした。


細っこい白い指でクローバーをかき分けてる。すごく手早い。

ちょっとびっくりしてしばらく見ていた。

こいつ近くで見るとマシュマロみたいに色が白い。痩せてるのに頬はふっくらしている。


 おっと、観察している場合じゃないぞ。

クローバーをかき分け探す。

だんだん夢中になる。


クローバーには悪いけど

こうなると3つ葉はお呼びじゃないのだ。

4つ葉!

4つ葉はどこだ


あ、あった!

集団の中でひときわに見えるクローバー。

葉の枚数を数える

1枚、2枚、3枚、4枚

やった、4つ葉のクローバーだ。

そっと指でちぎり取る。

隣には、やられたーみたいな顔の転校生が

こっちを見てる。

先に見つけられた!悔しいという顔だ。


「やったぞ!見つけた!」

妙に熱くなって立ち上がり、4つ葉を持つ手を突き上げる

とたん

バタバタと駆け出して行った。

転校生が走ってる。

怒ったのかな?

細い足が妙に目に焼きついた。


 リビングのテーブルの上に

4つ葉のクローバーを置いたら

「わあ、何かと思ったら

4つ葉のクローバーじゃない」

母ちゃんが嬉しそうだ。

夕食の時

「学生時代、4つ葉のクローバーを摘んで

押し花にしてお守りにしてたのよ」

「なんのお守り?」

「恋愛成就のお守りよ」

母ちゃんは、乙女チックな話をしながら機嫌がいい。

「ま、相手はパパじゃなかったけどね」


おいおい、結局それが言いたいわけね。

母ちゃんの恋バナは聞き飽きた。


 翌日、休み時間に同級生たちにからかわれた。

「校庭の隅で転校生とよろしくやってたらしいな」

とか、言われて

「はあ、落とし物探してただけだよ」

と、誤魔化した。


 数日後、部活帰りに公園の中の抜け道を通っていると、木陰のブランコに誰か座っている。

誰だろうと立ち止まって見ると、転校生が座っていた。

「おーい、そこの人!

小さい子に譲りなさい!」

声をかけると

こっちにこいこいと手招きをしている。

なんだろう、しかたない行くか。

近寄ると

「お兄さん遊んで行かない?」

ニコッと笑顔で言われてギョッとする。

「なんだよそれ、飲み屋のお姉さんかよ」

切り返して、隣のブランコに座る。

「ブランコなんて久しぶりだ」

「私も」

「漕がないの」

「私、スカートだから無理」

確かに。

転校生はブランコに座ったまま、土の上に靴の先で何か書いている。

「何かいてんの」

細い足を器用に動かしながら

「そうね、ハートとか。

こうしてこうして、はいハート」 

顔を上げるとアルカイックスマイル。

気持ち悪い。


 確かにハートの形だけど

ハートって、なんだそれは。

だめだ、ついていけない。

それに誰かに見られてもまずい。

「じゃ、また」

と立ち上がって振り返らず急ぎ足で帰った。


 7月に入ってすぐの体育の時間だった。

男子が鉄棒とうんていの後、体力強化ランニングをしていたら、女子はまだ鉄棒にいた。

できない女子が多いせいか、1人に時間がかり過ぎて、順番待ちしている。

ちょうどあの転校生の番だったが、鉄棒握りしめたまま、棒立ち状態で、もたもたしていた。

どんくさーと呆れながら、スピードをあげて走った。


 放課後、校舎脇の通路から校庭に出た所で、転校生が鉄棒の所にいるのが見えた。

部活がなくあてもなかったので、興味本位でトコトコと鉄棒に近づいた。


「おい、鉄棒の練習してんの?」

「うーん、まあね」

手長猿みたいに鉄棒に両手でぶら下がる。

そのままじっと動かなくなる。

転校生はスカートの下にジャージ履いているから、やる気満々かと思いきや、そうでもないようだ。

無言のままだ。


カバンを脇に置き鉄棒を握る。

「何ができないの」

「何って、ぜ、ん、ぶ」

けだるそうだ。

「コツ教えてやろうか」

そう言って口元で笑ってみた。

好感度高い系笑顔だ。

すると、大きな目をさらに大きくして

こちらをじっと見てる。


ノロノロと立ち上がると

「はい、教えてください」

妙に改まって、気をつけをして頭を下げる。


こりゃびっくりな展開だ。

ま、そういうことならと

「真面目に教えるからちゃんとやれよ」

と少し偉そうに言ってみる。

「はい.お願いします」

と、かしこまるから調子が狂う。

「普通に話せよ」

「わかった。うん」

「じゃ、まず逆上がりね」


 想像してた以上にできないやつだった。

第一に、半袖からのぞく白い腕が

細過ぎるし腕に力がない。

力の入れ方もわかってない。


「まず腹に力入れて整えて、鉄棒をしっかり握って、体を丸めるように思い切り蹴り上がるんだ」

おっとタイミングが悪過ぎる。

あらら、まただめだ。

だんだん特訓状態になる。


気がつくとあたりは薄暗くなっていた。

結局、逆上がりはできなかった。

思わず、笑いが込み上げる。

こんな時間までやったのに。

しゃあないな。


隣で転校生は

く、く、くっと

押し殺したように笑うと


「できないよー!

明日も明後日も

できるわけないよー!」


大きな声で叫んだ。

やばい居残りのやつらに聞こえる。

両手で❌印を作り止めようとすると

「何、それ何」

「大きな声出すなってことだよ」

転校生の笑いが止まらない。


 しばらくすると、転校生が

「報われない努力だったね」

とつぶやいた。

「そうでもないよ、とにかく努力

努力はきっと実を結ぶ」

マジで言うと

へっ、という顔をした後に

「意外といい人だね。伊藤君!」

名前知ってたんだ。

「そうでもないよ、山下さん」

転校生の名前は知っている。


 日が暮れて薄暗い校庭がさらに暗くなってきた。

転校生はまた鉄棒に両手でぶら下がっている。

「そろそろ帰ろう」

声をかけると

「ねえ、口笛吹ける?」

と、突然聞かれた。

「そうだな、一応吹けるよ」


鉄棒から手を離して

バンバン埃をはらうように叩きながら

「じゃ吹いてみて」

と言われて

「山下さんは吹けるの」

聞き返す。

「私はね、吹けないの。

体全体不器用みたい」

頭を傾げギブアップポーズをする。


ふと目が合う。

じっと見つめられてる。

なんでそんなことを言ったのか

ポロッと

「口笛の吹き方教えてあげる」 

と言ってしまった。

自分でもなぜかわからない。


暗くなった校庭の鉄棒の所で

向かい合って立っていた。


「あのね。

口笛の吹き方教えてあげる。

なんて言っちゃいけないのよ」

「どうして?」

大きな目にすいこまれそうだ。


「私に口笛の吹き方教えてと

言わせちゃだめなのよ」

「なんで?」


「それはね、それは

キスして!

ってことだから」

「えっ?」


「キスして!」


グラウンドのライトがバッとついた。

僕たちは暗闇の中にいた。


 翌日、山下さんは学校にこなかった。

窓際の1番前の席には座るべき人がいない。

それからしばらくして

山下さんは、家の都合で夏休みを待たず転校したと聞かされた。

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