◆異色の恋人関係

 脱衣所には男(?)が二人いる。

 オレと李奈りなだ。

 浴室での衝撃の告白から何とかして頭をクールダウンさせて脱衣所まで来ることが出来た。ちなみに身体は風呂上りともう一つの理由で火照っている。

 身体は火照っているのに頭は冷えている。なんともおかしな状態だ。

 冷えた頭でバスタオルで身体を拭く李奈の姿の確認する。その姿はどこからどうみても女の子の身体だ。

 信じられない。あの華奢な身体に自分と同じものがついているなんて。

「びっくりしたでしょ」

 李奈は視線に気づいたのか振り返ってニヤニヤした顔で訊いてくる。

 いつの間にか肩から下にはバスタオルがまかれている。

 隠している意味はあるのか?

「あたりまえだ!驚かない方がどうかしてる」

 びっくりしすぎて浴槽から脱衣所まで危ない足取りだったんだからな。

 心配になった李奈が何度か呼びかけてくれた気がするが全く耳に入らなかった。

「…… 。その 理由を訊いてもいいか?」

 どうしても理由を訊かずにはいられなかった。

 いったいなぜそれを生やすことになったのか。

 誰の影響なのか。

 そして、どうしてそれをオレにみせたのか。

「いいよ。私もそのつもりでこの場を用意したんだから」

 その目は「一緒にお風呂に入ろう」と誘ってきたときと同じ決意のまなざしと同じだった。

「去年のクリスマス。みんなでクリスマスパーティーやったよね。その帰り道で運命の人と出会い、その人との約束を半分果たしたの。その約束というのがおとこの娘になることなの。以上です」

「みじけー」

 予想以上に短かった。ここから回想シーンに突入でもするかと思って身構えていたのにものの数十秒で終わってしまった。

「要点だけまとめて言ったからね」

「まとめすぎだ。そんなに急ぐ必要はないはずだ」

「だって湯冷めしちゃうし」

 その言葉通り李奈は既に着替え終わっていた。

 オレはまだボクサーパンツを履いただけの姿なのに。早着替えにもほどがある。

 数十秒で着替え終わるとは。

 なにその特技。知らかったんだけど。

「それに本題はここじゃないしね」

「いま以上の話があるというのか?すでにお腹いっぱいなんだが」

「大丈夫だよ。悠聖ゆうせいならもっと詰め込める」

 そういってオレの両手を左右に引っ張っていく。

 人を詰め放題のビニール袋だと思っているのかのようにぐいぐいと引っ張る。

 男だとカミングアウトしたことのよって以前よりスキンシップが激しくなっているように感じる。

「それで本題は何‼」

「なんでちょっと怒ってるの?」

 それはパンツ一丁で大の字にされたからだ。

「まあ、いいや」

 李奈はオレの両手を自分の両手で包み、それを胸のところに持ってくると大きく息を吸って吐いた。

 それを繰り返すこと数回。

 そして意を決したのかオレの目をしっかりと見て言ってきた。

「私たち付き合わない!」

 静寂のとき再び。

 ……いやいやいやちょっと待て!

 なぜにオレはいま告白された。

 李奈はクリスマスに運命の出会いを果たしたと言っていた。つまりそれは好きな人が出来たということだ。それなのにオレに告白するということはどういうことだ。

 二股なのか?

 オレとクリスマスに出会った人の両方が好きだから二人と付き合うという傲慢な行動に打って出たのか。

 いや、二股の件はこの際置いておくとしよう。

 問題なのはそこではない。

 問題なのはオレが男で李奈がおとこの娘だということだ。

 一般的に考えて男同士で付き合うのはアブノーマルすぎる。

 最近ではそういう見方はいけないだのなんだのとよくニュースで耳にするがいざ当事者になってみると世間一般の常識など知ったことではない。

 有識者が何と言おうと当事者の当人同士の気持ちが大事なのである。

 男同士で付き合うのはアブノーマルだ。

 でも、男同士ではなく男とおとこの娘ではどうなのだろう?

 アブノーマルであることには変わりないだろうが、男同士と比べると抵抗感が少なく感じる。だっておとこの娘だから。娘って入っているし。

 そう考えると付き合うのもありなんじゃないのだろうか?

 李奈の新しい姿をみて動揺したけど、オレの気持ちに変化はないはずだ。

 確かに俺は女の子が好きだ。だがそれ以上に李奈が好きだ。

 女の子が好きだから李奈に告白したのではない。

 李奈が好きだから告白したんだ。

 たとえ李奈がどんな姿になろうと愛し続ける覚悟を持つべきだ!

 オレは先程の李奈と同様にその目に決意を宿した。

 そして、はっきりと李奈の目をみて返事をした。

「オレ、李奈のことが好きだ。だから付き合ってほしい」

 驚きで目を見開く李奈。

 そんな李奈の両手を今度はオレが包み返した。

「いいの…… 。おとこの娘でもいいの?それに私、恋人がいるんだよ」

「そっちから告白してきたのに何をそんなに驚いているんだ」

「だって、まさか返事がもらえるなんて思わなかったから」

「オレの気持ちを知ったから告白に踏み出したんだろう」

「それはそうだけど、いまはあの時と状況が違うから。私の秘密を知った後だったし」

「確かに動揺はした。けれどそれで李奈に対する想いが変わったわけじゃない」

 オレが李奈を好きだという想いは変わらない。

 その気持ちは揺れ動かない。

 そして、李奈が誰かの恋人になるのが嫌だという想いも変わらない。

 それに付き合いだしたら二股している恋人から李奈を奪い返せるチャンスがあると考えている。

 李奈はオレのことをカモフラージュの恋人にすることだって理解している。

 浴室での会話で李奈はオレのことを隠れ蓑にはちょうど良いと考えているはずだ。

「気づいていると思うけど私は悠聖を利用しようとしている」

 申し訳なさそうにうつむきながら李奈はそんなことを言う。

 わかってる。

「おとこの娘だとバレないようにするために付き合おうとしてるんだよ」

 知ってる。だけどそれだけじゃないはずだ。

「だけど、一つだけ言っておくね。嘘だと捉えられちゃうかもしれないけど、私の本心を」

 顔を上げてリンゴのように赤くなった顔を向けて李奈は言葉を紡ぐ。

「私は悠聖が好きだから付き合うんだよ!」

「知ってるよ。オレのことを信じているから打ち明けてくれた。オレことを好きだから告白してくれた。それに…… 好きでもない相手に初めては捧げないだろ」

 李奈の顔がさらに真っ赤になっていく。

 それを隠すようにオレの胸に顔をうずめるとポツリとつぶやいた。

「ありがとう」

「おうよ」

 こうして初体験の女の子はおとこの娘になりオレの彼女となった。

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