小さな笑み

望月 星都 ‐もちづき せと‐

小さな笑み

一瞬で心を奪われた。

私の目に映る彼の全てに。


純粋に、好きだと思った。かっこいいと思った。

一目惚れなんて少女漫画だけの話だと思っていたけど、実際自分がすると、一目惚れしてしまうヒロインの気持ちが分かるような気がした。

彼は決して特別イケメンというわけではない。でも、その振る舞い、表情、雰囲気がとてもかっこいいと思った。


彼に恋心を覚えてからすぐ、彼のいるバドミントン部のマネージャーとして入部届を出した。とても不純な動機だったが、少しでも彼の力になりたかった。


初めて話したときの感動は今でも忘れない。優しく微笑み「ありがとう」と言ってくれたその声を。その「ありがとう」は私だけに向けられた「ありがとう」なのだと。そう思っただけでドキドキする。


一目惚れがきっかけだったとしても、彼の性格などをどんどん知るうちに、昨日よりももっと好きになってる自分がいた。


どんな彼も好きだったが、やっぱりバドミントンをしている時の彼が1番好きだった。




だから、彼が怪我をしたと知った瞬間、私は膝から崩れ落ちた。

あとから、もうこれ以上スポーツを続けることは出来ないと知った時も。


彼の父親はプロのバドミントン選手で、その息子である彼は才能があり、色々な人から期待されていた。


そんな彼の怪我。


これ以上スポーツを続けることは出来ない、怪我。


お見舞いに行ったときの彼の顔は今でも忘れられない。

絶望しきった、まるで死人のような顔だった。


彼は私にこう吐くように言った。


「どうして俺なんだ…!どうして俺が怪我しなきゃいけないんだ…!どうして…今までの努力を嘲笑うかのように…俺からバドミントンを奪うんだ…!!」


あの時の彼の優しい笑顔は、もう面影がない。


「俺は今までバドのために生きてきた…!!なのに…それを奪われちゃ…俺…生きている意味ねぇよ…!!これ以上…なんのために生きていけばいいか…分かんねぇよ…!!!!」


そう言って…泣き叫んだ。

私も泣いてしまった。彼が1番辛いのに、私が泣いてどうする。

「なんでアンタが泣くんだ」って怒られてしまうかもしれない。

でも、涙が止まらない。溢れ出して止まらない。

これはなんの涙なんだ。彼を可哀想に思う涙か?わからない。

私の手は自然と彼のもとへ伸びていて、彼を抱きしめた。優しく。あの時の彼のように、優しく。


「私は貴方が好きです」


その言葉に驚く彼の声が耳元で聞こえる。


「…私はどんな貴方も好きです。もちろん、バドミントンをしている時の貴方も好きでした。でも、それ以外の貴方に価値を見い出せないほど酷い人間ではありません…!貴方は他にも素敵なところが沢山あります…!ずっと…見てきたので…」


そこまで言うと私はそっと彼から離れる。


「…だから、生きている意味がないなんて…言わないでください…」


その時、私はどんな顔をしていただろうか。涙で顔を濡らし、不細工な顔で、彼を見つめていたに違いない。


でも、彼はこう言った。



「…じゃあ、アンタのために生きてもいいか…?」



その言葉に、私は固まった。私の…ために…?


「…アンタの言葉に少しだけ救われた。少しだけ、頑張ろうと思えた。もうバドが出来なくても、俺をこんなに想ってくれる人がいるなら、その人のために生きてみてもいいかな…って思っちまった…。」


そう言って私を見つめる。


「…なんでだろうな」


そう言って彼は小さな笑みを浮かべた。


「…なんででしょうね」


2人きりの病室に、本当に、本当に小さな笑みが零れた。









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小さな笑み 望月 星都 ‐もちづき せと‐ @mochizuki_07

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