参
とみよさつの××
やっと、夢を見た。でも、いつもとは違う雰囲気だ。
もしかして、全てを思い出すきっかけになるかもしれない。
私が綺麗な巫女の服を着て、神社の地下の階段に降りていく夢。
<巫女様巫女様>
<ありがたやありがたや>
<私達の代わりに、自身の父上に食べられてくださるなんて>
<母上様は昔に捧げられて、次は巫女様なんて>
<名前を与えられずに育ったなんて>
<ああ、お痛わしい>
<貴女の父上様は自らの娘息子をただの食料としか思ってないとは>
名前を、与えられていない?
どうして。私は元々名無しだったの?
地下に進んでいくと、大きな空間がある。
小さなお社だけど、鳥居はない。そこには、人の顔を持った蛇が人の脚をたくさん生やしていた。たくさんの手と、
あれが、私の、お父さん。
私を、食べるために名前をつけなかった。
私は食料でしかなかった。
突きつけられた真実は、私に刻み込まれる。背後の入り口は木造の檻によって閉じられた。
私は怖かった。怖くて、動けなかった。でも、夢の中の私は両手で祈りの形をつくって、強く握りしめていた。強く、何かを決意するように。
私は大きな口でそのお父さんとやらに飲まれる。
ばりぼりむしゃむしゃ。ごっくん。
化け物が私を飲み込むと、苦しみだした。化け物の体が光だして、その光は地下の空間に溢れて満たしていく。
──……ああ、そうだ。思い出した。
私は、私は
目を開ける。いつもの天井といつもの神社の部屋。いつもと違うのは私。苦しくて、悲しくて、着物を掴む。
……私の名前なんて元々なかった。
私は
名無しの自分を利用し、自分の名前を
人に乗っ取って村を作り、神を名乗って人々を苦しませた。作物を要求して、
私は、あの化け物の血を引いている。あの化け物の半妖で、半妖として死んだ。
封印の為、無理矢理化け物の一部となった。私は成仏できない。私は化け物の一部で、あの化け物を殺せば私は消える運命にあるのだ。
自分の手を見る。私の手は蛇の肌となっており、顔も触ると蛇の顔になってきている。
封印が弱まり始めている。私が何度も目覚めたから、弱まったんだ。
記憶を忘れたのは、長い間私が封印として機能していたからだろう。また、私は寝ないといけない。私が目覚めたと言うことは、ここに彼らが来ている。
私は封印を施したあと、村に近付いてくる人間に気付いて目覚めては追い払ってきた。この村に人を来させないようにするために。
あの化け物は危険だ。直文さん達はここに来てはいけない。強くても、あれの相手はしていけない。何百年も生きている奴だ。きっと、直文さん達より強い。
立ち上がって、私は戸を開ける。
直文さんがいる。彼は、夜空の化身だと思う。私の姿を見て目を丸くしていた。彼の方がとても
[……直文さん]
声が違う。
「君は……もしかして」
[全部、思い出しました]
蛇の口を動かして彼に打ち明けた。驚きを顔に出している。前より、表情が出てきたのは嬉しい。けれど、私の蛇の顔には表情はでない。
悲しい。悲しい。
[……私に名前なんてなかった。直文さん。貴方は全部知っていたのですね?]
茂吉さんが全てを話そうとした際、彼が怒って制止した。死んだ記憶なんて思い出さない方がいい。これは、私がどういう存在なのか知らなきゃ言わない。彼は顔を
「……ごめん」
[いいです。貴方は優しいから]
彼は私の為に黙っていた。悪くない。悪くないけど。
[直文さん。私を成仏させなくていいです。いいえ、むしろできません]
「……なんで?」
彼は冷静に聞いてくる。蛇の肌と変化した手を見せた。
[私の名なんて、元々なかったから。あるとするならば、私の名は
辛い、辛い。
直文さんは無表情になって黙る。気持ちが読めない。けど、それでもいい。ここから出るように、言わなければならない。
[私はあの化け物の血を引いていたから、封印ができたのです。……この村から去ってください。私は
あの化け物は
[去ってください。来ないでください。──もう、来るな]
「……それが、君の本心なのかい?」
冷たく切り捨てても、貴方は優しく聞いてくる。
違う。きっと、貴方が例え
ここから去らないなら、強引に村の外へ出す。彼は私に近づこうとした。
[……来るなぁぁぁぁぁ!!]
体を蛇に変えて、直文さんに大きな口を開く。
優しい貴方。ごめんなさい。私は化け物なんです。もうこれで、私は人でなく。
私は目を丸くした。
なんで、直文さん。
貴方は私に両手を広げているの?
がぶり。
私は彼の肩に噛みつく。
「いった……」
彼は痛そうに声をあげた。
なんで、受け止めたの。肩は私の牙で血だらけだった。どくどくと血が出てる。
だめ、止めなきゃ。だめ、優しい彼を。
私の体に両手が回される。温かくて生きている手。
「やっぱり、俺は優しくないよ。君をこうして苦しめて、泣かせてしまった」
「ごめんね。また君を悲しませてしまったね。でも、もういい。もう君が悲しまなくていいんだ。俺が君を救う。救って君を守る。絶対に約束を果たす」
力強く吐き出される言葉に、柔らかな光があった。
噛みつくのをやめる。牙の傷は深い。傷付けてしまったのに、直文さんはただ笑っていた。
ああ、やっぱり、彼は優しい。
[……ごめんなさい。ごめんなさい]
痛そうな傷を蛇の舌で舐める。今の私には手がなくて、舐めることしかできない。傷付けてしまった分、私に癒せる力はないけど、痛みは取り除いてあげたい。彼はむず
「ふっ、あっはっはっ、くすぐったいよ。……いいよ。大丈夫。俺も今まで君を苦しませてごめんね」
[でも、直文さんの傷……]
「俺は丈夫だから平気さ。
言霊を吐くと、彼の傷は光に溢れた。光が消えると、傷が塞がっていた。どういう原理なのか不思議だ。直文さんは私を力強く抱き締めて告げる。
「それより、君だ。俺は、いや、俺達はこれから君を苦しませる作業にはいる」
[くる……しませる?]
「封印からの分離。君の魂を分離させて保護。……そのあとに、
驚くしかなかった。封印からの分離。可能なわけがない。私はもうあの化け物の一部になっている。可能なのだろうか。不安が伝わったのだろう。直文さんは大丈夫だと笑う。
「今回は上司も協力してくれるから大丈夫。君を化け物と道ずれにはさせない」
できるなら嬉しいけど。
[直文さん。私を化け物扱いしないのですか?]
「君は化け物じゃないよ。優しい心を持っている人間だ」
断言して、彼は表情を私から隠す。
「むしろ、化け物は……ううん、何でもない」
彼が何をいったのかは、わからなかった。
直文さんの抱きしめる腕は
遠くから、ぱあんと音が響く。
「来る。準備はいい?」
[はいっ……!]
返事をしたあとに、体の内側から痛みを感じ始めた。剥がれる。何かから剥がれていく感じがある。
痛い。痛い痛い!
痛みに耐えようと唇はないけど、口を噛み締めようとする。噛んだ方とは反対側の彼の肩が私の口にくる。
「いいよ。俺は大丈夫だ」
痛みに耐えられなくて、私は彼の肩に噛みつく。傷付けてしまうと思った。気付くと、私は痛みに耐えようと彼の背に手を回していた。
人の手。化け物ではない肌色の手。同時に、化け物から睨まれる気配を感じた。本当に、私はあの化け物から引き剥がされている。
でも、化け物の気配が近づいてきた。手を伸ばされて、捕まえようとしているような。
「光明!」
また、言霊。光が私達を包み、地の底から悲鳴が聞こえてくる。彼は勢いよく口を開けた。
「
高らかな声が響く。
直文さんは力強くて優しくて、日差しの光のような人で、私を守ろうとしてくれる。
……彼なら安心できた。
痛みがなくなっていく。体の力が抜けて、私の視界は閉じられていった。
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