とみよさつの××

 やっと、夢を見た。でも、いつもとは違う雰囲気だ。


 もしかして、全てを思い出すきっかけになるかもしれない。

 

 私が綺麗な巫女の服を着て、神社の地下の階段に降りていく夢。侍女じじょに連れられていく中、私をたたえ哀れむ声が聞こえる。

 


<巫女様巫女様>

 

<ありがたやありがたや>

 

<私達の代わりに、自身の父上に食べられてくださるなんて>

 

<母上様は昔に捧げられて、次は巫女様なんて>

 

<名前を与えられずに育ったなんて>

 

<ああ、お痛わしい>

 

<貴女の父上様は自らの娘息子をただの食料としか思ってないとは>




 名前を、与えられていない?


 どうして。私は元々名無しだったの?


 地下に進んでいくと、大きな空間がある。

 小さなお社だけど、鳥居はない。そこには、人の顔を持った蛇が人の脚をたくさん生やしていた。たくさんの手と、蜘蛛くものように幾つの目をもっている。

 よだれを垂らして、巫女姿の私を見ていた。



 あれが、私の、お父さん。

 

 私を、食べるために名前をつけなかった。


 私は食料でしかなかった。



 突きつけられた真実は、私に刻み込まれる。背後の入り口は木造の檻によって閉じられた。



 

 私は怖かった。怖くて、動けなかった。でも、夢の中の私は両手で祈りの形をつくって、強く握りしめていた。強く、何かを決意するように。

 私は大きな口でそのお父さんとやらに飲まれる。



 ばりぼりむしゃむしゃ。ごっくん。



 化け物が私を飲み込むと、苦しみだした。化け物の体が光だして、その光は地下の空間に溢れて満たしていく。



 ──……ああ、そうだ。思い出した。


 私は、私は頓与殺とみよさつの巫女だっ……!





 目を開ける。いつもの天井といつもの神社の部屋。いつもと違うのは私。苦しくて、悲しくて、着物を掴む。

 ……私の名前なんて元々なかった。

 私は頓与殺とみよさつの神の娘で名無しの巫女。お母さんを食い殺されたと知って、私は怒ったのだ。あの優しく微笑むお母さんを奪った父親を許さなくて、次の犠牲者を出さないために私は自身の父親を封じた。

 名無しの自分を利用し、自分の名前を頓与殺とみよさつの封印と自身で名付けて封印を強くした。私が村から出れないのは、私自身が封印となっているからだ。一生ここから出すつもりはなくて、私は封印となった。

 頓与殺とみよさつの神はへびで山の妖怪。

 人に乗っ取って村を作り、神を名乗って人々を苦しませた。作物を要求して、生贄いけにえを要求。途中から気まぐれに富を授けて、人々を喜ばせて、また苦しめて。気まぐれに子をなして、その子を食べて。


 私は、あの化け物の血を引いている。あの化け物の半妖で、半妖として死んだ。


 封印の為、無理矢理化け物の一部となった。私は成仏できない。私は化け物の一部で、あの化け物を殺せば私は消える運命にあるのだ。

 自分の手を見る。私の手は蛇の肌となっており、顔も触ると蛇の顔になってきている。


 封印が弱まり始めている。私が何度も目覚めたから、弱まったんだ。


 記憶を忘れたのは、長い間私が封印として機能していたからだろう。また、私は寝ないといけない。私が目覚めたと言うことは、ここに彼らが来ている。

 私は封印を施したあと、村に近付いてくる人間に気付いて目覚めては追い払ってきた。この村に人を来させないようにするために。



 あの化け物は危険だ。直文さん達はここに来てはいけない。強くても、あれの相手はしていけない。何百年も生きている奴だ。きっと、直文さん達より強い。


 立ち上がって、私は戸を開ける。

 新月しんげつ。風のない星空の下。

 直文さんがいる。彼は、夜空の化身だと思う。私の姿を見て目を丸くしていた。彼の方がとても綺麗きれいだ。彼の瞳に写る私はみにくい。


[……直文さん]


 声が違う。みにくくなっている。


「君は……もしかして」

[全部、思い出しました]


 蛇の口を動かして彼に打ち明けた。驚きを顔に出している。前より、表情が出てきたのは嬉しい。けれど、私の蛇の顔には表情はでない。

 悲しい。悲しい。


[……私に名前なんてなかった。直文さん。貴方は全部知っていたのですね?]


 茂吉さんが全てを話そうとした際、彼が怒って制止した。死んだ記憶なんて思い出さない方がいい。これは、私がどういう存在なのか知らなきゃ言わない。彼は顔をうつむかせて謝る。


「……ごめん」

[いいです。貴方は優しいから]

 

 彼は私の為に黙っていた。悪くない。悪くないけど。


[直文さん。私を成仏させなくていいです。いいえ、むしろできません]

「……なんで?」


 彼は冷静に聞いてくる。蛇の肌と変化した手を見せた。


[私の名なんて、元々なかったから。あるとするならば、私の名は頓与殺とみよさつの封印。この村に封じられた化け物の封印です。私を救うとするなら、封じられた化け物を殺して私を消失させてください]



 辛い、辛い。

 直文さんは無表情になって黙る。気持ちが読めない。けど、それでもいい。ここから出るように、言わなければならない。


[私はあの化け物の血を引いていたから、封印ができたのです。……この村から去ってください。私は頓与殺とみよさつの化け物を封じ続けなければなりません]


 あの化け物は貪欲どんよくだ。封印が弱まっている今、あの男が私を操る可能性もある。直文さんを傷付けてしまう。お願いだからここを去って。



[去ってください。来ないでください。──もう、来るな]

「……それが、君の本心なのかい?」


 冷たく切り捨てても、貴方は優しく聞いてくる。

 違う。きっと、貴方が例え麒麟きりんでも敵わない。あの化け物には敵わない。

 ここから去らないなら、強引に村の外へ出す。彼は私に近づこうとした。



[……来るなぁぁぁぁぁ!!]



 体を蛇に変えて、直文さんに大きな口を開く。



 優しい貴方。ごめんなさい。私は化け物なんです。もうこれで、私は人でなく。



 私は目を丸くした。



 なんで、直文さん。


 貴方は私に両手を広げているの?



 がぶり。



 私は彼の肩に噛みつく。


「いった……」


 彼は痛そうに声をあげた。

 なんで、受け止めたの。肩は私の牙で血だらけだった。どくどくと血が出てる。

 だめ、止めなきゃ。だめ、優しい彼を。

 私の体に両手が回される。温かくて生きている手。


「やっぱり、俺は優しくないよ。君をこうして苦しめて、泣かせてしまった」


 自嘲じちょうして、彼の手が私の目の目元を触れる。涙。私は泣いていた。肌に流れる水の感覚に気付く。直文さんは肩に噛みつく私を撫でながら、涙を拭ってくれた。


「ごめんね。また君を悲しませてしまったね。でも、もういい。もう君が悲しまなくていいんだ。俺が君を救う。救って君を守る。絶対に約束を果たす」


 力強く吐き出される言葉に、柔らかな光があった。

 噛みつくのをやめる。牙の傷は深い。傷付けてしまったのに、直文さんはただ笑っていた。

 ああ、やっぱり、彼は優しい。


[……ごめんなさい。ごめんなさい]


 痛そうな傷を蛇の舌で舐める。今の私には手がなくて、舐めることしかできない。傷付けてしまった分、私に癒せる力はないけど、痛みは取り除いてあげたい。彼はむずがゆそうに身をよじる。


「ふっ、あっはっはっ、くすぐったいよ。……いいよ。大丈夫。俺も今まで君を苦しませてごめんね」

[でも、直文さんの傷……]

「俺は丈夫だから平気さ。燐癒りんゆ


 言霊を吐くと、彼の傷は光に溢れた。光が消えると、傷が塞がっていた。どういう原理なのか不思議だ。直文さんは私を力強く抱き締めて告げる。



「それより、君だ。俺は、いや、俺達はこれから君を苦しませる作業にはいる」

[くる……しませる?]

「封印からの分離。君の魂を分離させて保護。……そのあとに、頓与殺とみよさつの妖怪を倒す。分離の作業である程度の苦痛を味わう。分離の準備に時間がかかったけどね」


 驚くしかなかった。封印からの分離。可能なわけがない。私はもうあの化け物の一部になっている。可能なのだろうか。不安が伝わったのだろう。直文さんは大丈夫だと笑う。



「今回は上司も協力してくれるから大丈夫。君を化け物と道ずれにはさせない」


 できるなら嬉しいけど。


[直文さん。私を化け物扱いしないのですか?]

「君は化け物じゃないよ。優しい心を持っている人間だ」


 断言して、彼は表情を私から隠す。


「むしろ、化け物は……ううん、何でもない」


 彼が何をいったのかは、わからなかった。

 直文さんの抱きしめる腕はたくましい。麗しい見た目をしているのに、こんなにたくましいとは思わなかった。彼に抱きしめられているなら、私は大丈夫だ。


 遠くから、ぱあんと音が響く。


「来る。準備はいい?」

[はいっ……!]


 返事をしたあとに、体の内側から痛みを感じ始めた。剥がれる。何かから剥がれていく感じがある。



 痛い。痛い痛い!


 痛みに耐えようと唇はないけど、口を噛み締めようとする。噛んだ方とは反対側の彼の肩が私の口にくる。


「いいよ。俺は大丈夫だ」


 痛みに耐えられなくて、私は彼の肩に噛みつく。傷付けてしまうと思った。気付くと、私は痛みに耐えようと彼の背に手を回していた。


 人の手。化け物ではない肌色の手。同時に、化け物から睨まれる気配を感じた。本当に、私はあの化け物から引き剥がされている。


 でも、化け物の気配が近づいてきた。手を伸ばされて、捕まえようとしているような。


「光明!」


 また、言霊。光が私達を包み、地の底から悲鳴が聞こえてくる。彼は勢いよく口を開けた。



頓与殺とみよさつの化性よ! お前に彼女を渡すものかっ! 彼女は天に、お前は地獄じごくに召される。禁忌きんきを犯した者よ。これより、我等組織が貴様の死刑を執行する!」



 高らかな声が響く。

 直文さんは力強くて優しくて、日差しの光のような人で、私を守ろうとしてくれる。

 ……彼なら安心できた。

 痛みがなくなっていく。体の力が抜けて、私の視界は閉じられていった。

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