パワー探偵は謎を解かない

カニカマもどき

吹雪の山荘で謎を解かない

「状況を整理しましょう」と、探偵は言った。


「被害者は笹令太郎さされたろう54歳、男性。今朝8時10分ごろ、宿泊室にて、大量の血を流し死亡した状態で発見されました。現場に争った跡は見られませんが、背中に包丁が刺さっており、他殺と考えられます。血の乾き具合や生前の目撃証言から、死亡推定時刻は昨夜17時~2時ごろ。そして犯人は…」

 探偵は言葉を切る。そしてゆっくりと一同を見渡した後、キメ顔で断言した。

「この5人の中にいます」


 吹雪に閉ざされた山荘のリビングルームで、容疑者5人は互いに顔を見合わせた。

 一人目は、場を仕切っている若き探偵――深堀探ふかぼりさぐる。旅先でたまたま遭遇した殺人事件にも冷静に対処できる、一種の探偵的才能を持っていた。

 二人目は、山荘の管理人。40代半ばくらいの物腰柔らかな女性。得意料理は肉じゃが。今回の殺人事件におびえきっている様子で、目をふせている。

 三人目は、一眼レフのカメラを首からさげた、30代後半くらいの丸顔の男性。オドオドしているが、好きなことを語りだすと饒舌になりそう。

 四人目は、20歳くらいの女性。殺人事件について思考を巡らせているようで、ブツブツ呟きながら、手帳へしきりに何か書き込んでいる。

 ラスト五人目は、身長190cmはあろうかという20代半ばくらいの大男。無口かつ真顔を保ち、この状況にも全く動じていないようにみえる。山の如し。


「あの…なぜ、この中に犯人がいると?犯人はもう逃げたのでは?」

 おずおずと、管理人――刈谷かりやが探偵に尋ねる。疑問を感じているというよりは、犯人がこの中にいるという恐ろしい事実を否定したい様子であった。

「理由は、この天候です。私たちや警察が動けないほどのこの猛吹雪は、昨日14時前から続いている。それ以降に山荘から脱出することは自殺行為です…また仮に、犯人が死を覚悟で夜中に脱出したなら、吹き込んだ雪や風で室内が荒れていないとおかしい。ゆえに、やはり犯人はこの中にいるのです」

「…そう考えざるを得ないのですね。やっぱり…」

 管理人はそう言って体を震わせた。


「さて、外部犯説が消えたところで、次の話に移りましょう。現場には、あからさまな手がかり――『カメラ』という血文字が残されていましたが、これについてどう思われますか?ええと、あなた…」

亀田かめだです」

 カメラをさげた男――亀田は、いささかムッとした調子で応答した。

「どうって…私を疑っているんですか?そんなもの、被害者が書いたかどうか、私のことを指したメッセージかどうかもわからないじゃないですか。犯人が書いたものかもしれない」

「ええまあ、おっしゃるとおりです。私も、これだけで亀田さんを怪しむつもりはありませんが…」

 探偵がそう言いかけたところで、メモをとっていた20歳くらいの女性が顔を上げ、会話に割って入ってくる。

「逆に、亀田さんが犯人で、自分に疑いのかかるようなメッセージをあえて残したというパターンもあるのでは?」

 亀田はさらにムッとし、反論する。

「逆にってなんです、あなたも私を疑うんですか?そんなことを言うなら、あなただって昨夜、隣の部屋でガタガタ音を立てて、何かやってましたよね。怪しいです。殺人の準備や後始末でもしてたんじゃないですか?」


 亀田から反撃を受けた女性はしかし、すました顔で答えた。

「ああ、うるさかったなら申し訳ないです。あれはですね、私のルーティンのようなもので、空手や酔拳やカポエラっぽい構え(オリジナル)をとったりしつつ、部屋中を練り歩きながら、小説のネタをひねり出していたのです。決して怪しくなどない」

「いや怪しいというか不可解!何やってんですか本当に!」

「あなた、小説を書かれるのですか?」探偵が興味を示す。

「実は私、女子大生でありながら小説家の端くれでもありまして。先日、『地獄にポメラニアン』というミステリー小説でデビューしました。作家名は大紬おおつむぎきな子です。次回作はもっと格闘アクションをふんだんに盛り込んだミステリーを描きたいと思っていて、それで…」

「うん、もうその辺でいいです…聞けば聞くほどよくわからない情報がでてきましたが、まあ、わかりました」

 亀田は勢いに負けた形で、女子大生小説家――大紬への追及をやめ、今度は別方向に狙いを定めた。

「彼女も犯人でないとすると、あと怪しいのはあなたじゃないですか?…ずっと黙っている、そちらの長身の方」


 話を振られた大男は、遠い目をして何事か考えていたようであったが、亀田のほうへ視線を向け、大儀そうに口を開いた。

「ああ、はい…私ですか?…すいません、何の話でしたか」

「今、あなたが殺人犯ではないかと疑われ始めたところですよ」

 探偵が簡潔に説明する。

「はあ…私は昨夜、部屋でずっと筋トレをしていました。誰かと一緒だったわけではないので、アリバイはありませんが…殺人はしていません」

「筋トレ、お好きなのですか?道理で良い筋肉をされていると思ってたんですよ。もしかして、職業はプロ格闘家だったり?」大紬が妙なところに食いついた。

「いえ、私は…探偵です。名は、波和剛はわつよしといいます」


「探偵!?あなたも探偵だったんですか!?なんで今まで黙ってたんです?」

 亀田が当然の疑問を口にする。深堀探偵も、もう一人の探偵の出現に少なからず驚いたようであった。

「いや、業界で有名な深堀探偵がこの場を仕切られていたので…わざわざ私が出しゃばることはないと思い、静観していたのですが…」

 もう一人の探偵――波和は、存在感のある低温ボイスで続ける。

「しかし、まずいですね…このままだと犯人を特定するのには時間がかかります。緊張状態が続いて疲弊し、隙を見せたところで第二の殺人も起こりかねない…なので」

 波和探偵は4人を見わたし、意を決したように宣言した。

「今から皆さんに、


「なんで!?」

 亀田が本日何度目かの驚愕の声を発した。この山荘にはヤバい奴しかいないのか、という思いでちょっとくじけそうになっていた。

 その言葉に対し、波和探偵が親切に説明する。

「安心してください。私の48の探偵技の一つ『探偵ラリアット零式』は…犯人以外の方がくらってもノーダメージです。しかし犯人がくらうと2…すなわち、容疑者全員にくらわせれば犯人がわかるのです。ではまず管理人さんからいきます」

「ええ、私!?」これには管理人も動揺した。

 波和探偵はおもむろに立ち上がると、肩を回して準備運動をしながら、管理人に向かって歩を進めようとする。そこに、一人の人物が立ちはだかった。

「…どいてください」

「どきません…波和探偵のおっしゃることはさっぱり意味がわかりませんし、同じ探偵として、このような狼藉は見過ごせない」

 波和探偵をにらみつけ、仁王立ちする深堀探偵。ここに、探偵同士の力比べ(物理)が始まろうとしていた…が、それはすぐに終わった。深堀は波和の腰めがけて果敢にタックルを繰り出したのだが、波和は全く動じず、あろうことか、そのまま深堀をズルズルとひきずりながら前進を続けたのである。

「止まってください!」続いて亀田もタックルを繰り出すが以下同文。

 大紬は空手っぽいポーズで威嚇をしたが、波和はそれを見ていない。

 もはや止められる者のない暴走探偵・波和は、後ずさる管理人をとうとう部屋の隅へと追い詰めてしまった。容赦のないラリアットが今にも管理人を襲うかと思われた、そのとき。


「私がやりましたああああああ!」

 部屋に響きわたる絶叫。自らの犯行を認め、騒動に終止符を打ったその声の主は、ほかならぬ管理人であった。



 その後、自供により証拠品が発見され、管理人はたしかに犯人であることが確認された。夕方には天候が回復し、到着した警察により管理人は連行された。

 去り際、管理人は一瞬立ち止まり、波和探偵にこう語りかけたという。

「波和さんは、本当は全て――ダイイングメッセージの意味も、死亡時刻誤認トリックも、第二の殺人の計画も――お見通しで、あんなお芝居をしたのでしょう。まさか『探偵ラリアット零式』などと、本気で言い出すわけがありませんものね」


 波和は何も答えなかった。口を真一文字に結び、何を考えているのかわからない例の真顔で、去っていく管理人と夕日を見つめていたのであった。

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パワー探偵は謎を解かない カニカマもどき @wasabi014

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