26 動物図鑑

 動物図鑑


 ……ありがとう。私をちゃんと見つけてくれて。


 それからすぐに仄の大きな黒い瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。

 そのこぼれ落ちた涙を見て、素直はとても綺麗だと思った。

「泣かないで。仄ちゃん」

 と素直は言った。

 仄は無言。ただ、黙ったまま、素直の顔をじっと見つめている。

「仄ちゃん。どうして泣いているの?」と素直は言った。

 仄はやっぱり無言。

 それから素直も無言になった。

(素直には、もうなんて言葉を仄にいったらいいのか、わからなかったからだ)

 それから少しして、ぎゅっと仄は無言のまま、強く、素直の手を握った。

「……素直くん」

 と機械音声のような声で仄は言った。

「なに? 仄ちゃん」

 と優しい声で素直は言った。

「……素直くんにお願いがあります」

 と泣きながら(仄の大きくて、綺麗な黒い目からはぽろぽろとたくさんの涙が溢れていた)仄は言った。

「いいよ。僕にできることならなんでも言って」と素直は言った。

(素直は仄が泣き止んでくれるのなら、どんなことでもしようと思った)

 それからじっと素直のことをじっと見つめたままで、仄は「素直くん。私を『この大きな家の中から連れ出してください』」と感情のない機械音声のような単調な声でそういった。

「仄ちゃんを連れ出す? この家の中から?」と素直は言った。

 素直の言葉を聞いて、「はい。お願いします」と涙をこぼしたまま、仄は言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る