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「海の上を?」と素直は言った。

「そう。暗い、夜の海の上を」とくすっと楽しそうに笑って仄は言った。

「どうして僕たちは海の上を漂流しているの?」素直は言った。

(素直は戻ってきた三毛猫を本当は抱っこしてあげたいと思ったのだけど、仄が猫が嫌いと言っていたので、抱っこすることはやめていた。三毛猫は今も素直の足のところにいる)

「船が難破したから。嵐にあって、大きな船が海の中に沈んでしまったから。その船に乗っていたたくさんの、……本当にたくさんの人たちと一緒に」と仄は言った。

「その大きな事故の中で、僕と仄ちゃんだけが奇跡的に助かった」素直は言う。

「そう。私たちだけが『奇跡的』に助かった。海の上には私たちだけしかいない。ほかの人たちはどこにも見えない。あのずっと輝き続けていた大きな白い船もない」と仄は言った。

「でも、僕たちもそんな状況ではもう長く生きることはできない」素直は言う。

「そうかもしれない。でも、私たちの前にはやっぱり『奇跡的に大きな船の中に積んであった救命用の浮き輪』があった。でも、それは一つだけの浮き輪で、その浮き輪に私と素直くんが同時につかまるとその浮き輪は海の中に沈んでしまった。その浮き輪で助かる人間の数は、一人だけのようだった」と仄は言った。

 そんな仄のお話を(真剣な顔をして)黙って素直は聞いている。

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