Episode 05

 ガンナーはすぐには答えなかった。それはまるでその問いに対して驚いているような、そんな人間的な素振りであるようにも見えた。


「諸条件を考慮すると現状では不可能だ。我々では潜水艦を扱えないし対艦砲も潜水艇に対しては有効ではない」


「魚雷ならどう? 動力の種類も豊富だし一つくらい使えるでしょ」


「機甲兵による誘導兵器の使用は少佐以上の士官の許可がなければ——」


「私の言うことが聞けないの? ガンナー」


 そのやり取りはまさに姫と従者といった感じだ。私から見ても明らかな越権行為を含んだ提案だが、ガンナーは結局明確な拒絶の意思を示すことはなかった。


「……諸条件を満たす兵器は一件。誘導式対艦魚雷『TRIDENT』であれば現在も使用可能。500ノット以上の速度での高速移動が可能なため有効射程内に入りさえすれば90%以上の精度で目標を破壊できる」


「な……それは本当か!?」


「ガンナーが言うなら間違いないわ。問題はどうやって目標を魚雷の射程内に誘導するかね」


「B3基地で補給をしているのならばレーダーの情報からおおよその航路を予想することはできる。その周辺にデコイを放ちこちらへ誘導するのが最善策だと思われる」


「しかし船舶は使えないんだろう? いったいどうやって……」


「乗り物と言えばあの潜水機しかないわね。エンジニア、あれ改造できる?」


「推進機を取り付け機動性を向上させることは可能です」


「まさかそれは……」


「あなたが操縦するのよ。役割に縛られてる私たちじゃ動かせないもの」


 どうにも思いがけない方向に話が進んでいっているようだ。だが他に何か策があるとも思えない。こうなったらやってみるしかないだろう。


「……しかし意外だな。あの潜水艇にシンパシーを感じていたんじゃないのか?」


「だからこそよ。存在意義が消滅してしまったとしても自分ではどうすることもできない。誰かが終わらせてあげないといけないの」


 私の錯覚かもしれないが、それはまるで自分自身に言い聞かせているようでもあった。




 どうやら私が姫との現実逃避にいそしんでいる間に十日ほど経過していたらしい。これで食料の備蓄はほぼ半分になった。もうあまり時間的な猶予はない。私は必死に強化スーツの操縦を練習した。機甲兵たちも新たな目的を与えられて忙しそうに動き回っている。その光景を見ているとかつてこの基地にいた兵士たちの姿が脳裏に蘇るようだった。きっと気のいい連中だったんだろう。彼らを失った時、姫はどんな思いだったんだろうか。それとも姫であっても、悲しみなどという感傷的なものは理解しえなかったんだろうか。人間である私には姫の感覚はわからない。


「一つ聞いておきたいことがあるんだが」


「あら、なにかしら」


 練習の合間に、私は傍らでその様子を見守る姫に尋ねる。


「もしここに救助が来て君たちの存在が明らかになったら、その時はどうするつもりなんだ?」


「別にどうもしないわ。人間の指示に従うだけよ。他の場所で新たな役割を与えられればそれを実行するし、廃棄されるのならそれでも構わないわ」


「では誰も来なかったら?」


「あなたが死んでしまった時点でまた目的を上書きしないといけないわ。今まで通りってわけにはいかないでしょうね。最悪の場合、あの潜水艇みたいに正常な判断ができなくなる可能性もあるわ」


「……そうか」


 アンドロイドであっても永遠に存在し続けることはできない。物理的な損傷、時代の移り変わり、様々な理由によっていずれ終わりが訪れる時は来る。彼らはそれを恐れたりすることはない。ただ役割に従うだけだ。

 本来の役割を失ってしまった姫たちは、アンドロイドとしてはすでに死んでいるのかもしれない。だとしたらいったい何が彼らを突き動かしているのか。感情か、希望か、それともただのバグか。きっとその「何か」の正体も私には永遠にわからないのだろう。




 猛練習のかいもあってなんとか五日で水中での移動ができるようになった。すでに調査船の襲撃から半月以上経っている。未だ捜索や救助が来る気配はないが、やはりなるべく早くあの潜水艇を処理しておいた方がいい。作戦は決行に移された。


 まずはガンナーたちが算出したポイントまで移動する。そこがこの強化スーツで移動できる範囲内で最もあの潜水艇と接触する可能性が高い場所だ。生物学者としてはやや不謹慎かもしれないが、実際に潜ってみるとこの廃海にはある種の美しさがあるように思える。生物のいない海は透明度が高く、潮流操作によって外海から遮断されているため波も穏やかだ。暗く透き通った世界はまるで冬の夜空のような静けさで満たされている。


『順調ね。あと五分で目的地に到着するわ』


 スーツに内蔵された通信機から姫の声が聞こえる。今は彼女のオペレーションが頼みの綱だ。声に従いそのまま海の中を進んでいく。


『目的地に到着。デコイを展開して』


「了解」


 私はその場所で一度停止して牽引してきた直径1メートルほどの球体を海面に浮かべる。これはあの潜水艇をおびき寄せるために作ったエンジニア特性のデコイだ。『Killer Whale』の索敵システムはこちらも把握しているため、艦船と誤認されやすい物体を作ること自体はそう難しくない。問題は獲物がちゃんと食いついてくれるかどうかだ。AIに異常が生じているのならたとえデコイを検知しても反応しないという可能性もある。こればかりは実際にやってみるまでどうなるかはわからない。しかし私の予想とは裏腹にその時はすぐにやってきた。


『レーダーに反応あり、どうやら釣れたみたいね。すぐに移動を開始して』


 私は推進装置の出力を最大にして基地へと引き返す。獲物と言っても向こうは対艦魚雷を搭載している。デコイが破壊されるのは時間の問題だろう。その前にどうにか有効射程内におびき寄せて潜水艇を破壊する必要がある。


「姫、まだなのか!?」


『現在の速度ならあと3分12秒で有効射程内に入るわ。あと少しよ、頑張って』


 その時突然機体から警告音が発せられる。何かがこちらに接近しているという合図だ。その何かの正体を想像するのはそう難しいことではない。


『まずいわね、魚雷が発射されたみたい。予定より早いけどデコイを切り離すしかないわ』


「しかしそれでは……!」


『作戦に失敗はつきものよ。今無茶をしたって何にもならないわ』


 まさかアンドロイドにたしなめられるとは思いもしなかったが、確かに姫の言うことは正しい。私はデコイを切り離してすぐさまその場から離れる。するとその数十秒後、背後で激しい爆発が起こり衝撃によって機体の制御を失いかける。少しでも判断が遅れていれば私も爆発に巻き込まれてしまっていただろう。デコイを失った以上、一度帰投して再び準備を整えるしかない。だが帰路につこうとした私の耳に姫の声が届く。


『気を付けて、まだ潜水艇はそっちに接近している。あなたが捕捉された可能性があるわ』


「な……どういうことだ!? 同じ軍に配備されていたものだろう? なぜこの機体が攻撃の対象になるんだ!?」


『どうやら予想以上に思考回路の破綻が進んでいるみたいね。向こうとしては動くものなら何でも構わないって感じかしら。とにかく今は全力で逃げて。その機体じゃ魚雷なんてとても耐えられないわ』


「くそっ!」


 私は再び推進機をフル稼働させ全速力で離脱する。しかし付け焼刃の改造でどうにか動けるようになったこの機体では潜水艇から逃げきれるとは思えない。当初のプラン通り基地からの攻撃で潜水艇を破壊してもらうしかないだろう。私は祈るような思いで海中を進み続ける。

 しかし無慈悲にもその時は訪れた。再び警告音が鳴り響き、魚雷の接近を私に知らせる。だが魚雷に対抗する手段なんて持ち合わせているはずもない。こうなったら一か八か、もう一度奇跡が起こることに賭けるしかない。私は強化スーツのハッチを開け、海水にもまれながら外へと飛び出す。

 水を吸って体にまとわりつく服を強引に脱ぎ捨て、ただ上を目指してがむしゃらに泳ぐ。すぐに息が苦しくなって、だんだんと意識が朦朧としてくる。それでも死に物狂いで足を動かし続けた。私は人間だ、鯨のようにはなれない。だが今この海にいる唯一の生物として、ここで死ぬわけにはいかないんだ。静かに揺蕩う水面に私は手を伸ばした。

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