第3話 地下室

「さて、使用人の人たちが来るまでにもう一度屋敷を見回ってみようかしら」


 ベイルたちを見送り、応接室のティーセットを片付けてから、これからの予定を決める。

 2杯目のお茶を飲んでいる間に使用人の人たちが到着してくれれば良かったのだけれど、未だに到着していないので暇つぶしを兼ねての行動だ。


 ベイルによると、やってくる使用人は屋敷の管理をする夫婦が1組と私の世話をする侍女が1人とのことだ。

 とりあえず、使用人たちの到着予定時間は特に決まっていなかったらしい。

 ただ、私たちが今日の午前中に屋敷に到着する予定だということは知っているはずなので、昼頃には到着するだろうとベイルは思っていたみたいだ。

 けれど、昼を過ぎた今になっても使用人の人たちは到着していない。


 まあ、私たちと別行動という時点であまり細かいことは気にしても仕方ないのだろう。

 この世界には携帯電話のような簡単に連絡を取り合うことができる道具は存在しないのだから。

 いや、存在しないというのは言い過ぎか。

 一応そういう魔道具もあるけど、一般人が使えるようなものではないというのが正しい。

 もしかしたら、侯爵家当主の父は持っているかもしれないし。


 そんなことより、どちらかというと使用人たちがどこから来るのかということの方が気になる。

 本宅から来たベイルたちと別行動だったことから本宅の人達ではないのだろうし、私が住んでいた屋敷の使用人たちはそのまま残ることになっていた。

 なので、他のところから来ることになるはずなのだけれど、領都だと本宅と私の住んでいた屋敷以外は使っていなかったはずだ。

 そうなると、やはり先ほど通過した町からやってくるのだろうか。

 それだと今になってもやってきていないのが、不思議な気はするけれど。

 まあ、そのあたりのことは到着してから確認すればいいか。

 まずは屋敷内の探検だ。



 というわけで、気になっていた地下の実験室へと突撃する。

 他の部屋が気にならないわけではないけれど、私が持ってきた荷物は多くないので片付けは済んでいるし、応接室やらキッチンなんかはやってくるであろう使用人の人に任せるべきだと思う。

 あと、屋敷の周りも気にはなっているけれど、さすがに魔物が出るという森の中を1人で出歩くのは控えたい。

 まあ、敷地内であれば結界のおかげで魔物が入ってくることはないそうだけど。



「うーん、何というか、すごいことになっているわね」


 壁に設置されている魔石に魔力を流して天井の明かりを点けると、部屋の中の様子が一目で確認できるようになる。

 ベイルに案内されたときは、よくわからない道具が多いと思っていたけれど、よくよく確認してみるとそんな雑多な道具と同じくらい本や書類が乱雑に積み重ねられていることが分かった。


“食べられる野草”


 ふと近くの本を手に取ってみると、そんな何とも言えないタイトルが目に入る。


“簡単な錬金クッキング”

“魔物のさばき方”

“はじめての農業”


 近くの他の本にも目を向けるが、そんなタイトルが並んでいた。


「……前の人は自給自足の生活を送っていたのかしら」


 そんなことをつぶやきつつ、気を取り直して今度はいろいろな道具が置いてある場所へと移動する。

 床にも本や道具が置かれているが、移動するための足の置き場がないというほどひどいことにはなっていない。


「こっちは錬金術関連の道具かしら」


 壁際に置かれた机の上に乱雑に置かれた道具には見覚えのある物がいくつかあった。

 そうはいっても、実物を見たことがあったわけではなく、本の中で見たことがあっただけなのだけれど。


 すり鉢やすりこ木、大小の鍋に様々なガラス瓶などが所狭しと置かれている。

 そんな中に紛れるように、なんらかの薬草や魔石、魔物の素材などもあったりする。

 まあ、魔石や素材はともかく、薬草についてはどう見ても使えるような状態だとは思えないけど。


 そんな風に目についた道具や本を確認しながら移動していると、ふと気になるタイトルの資料を見つけた。


“空間魔法とアイテムボックス”


 確認しようと手を伸ばすと周囲にも空間魔法に関する本や資料が積まれているのが見える。


「空間魔法の研究をしていたのかしら」


 空間魔法。

 それはそれは便利な魔法だと言われている。

 けれど、その魔法を使える術者は少ない。

 いや、いないといった方が正しいかもしれない。


 かつては、どこかの国の賢者とまで呼ばれた偉大な魔法使いが使えたという話だけれど、現在では使える者はいないという話だ。

 かの賢者は空間魔法を利用することで、無限とも思える容量のアイテムボックスを持ち、瞬時に国から国を移動し、さらには独自の空間すらも持っていたという。


 各国はこの夢のような空間魔法をこぞって求めたらしい。

 瞬時に国から国を移動するという空間転移がさぞかし魅力的だったのだろう。

 というより、国として考えれば他国が空間転移を利用できて自国が使えないという状況を恐れたのだろう。

 空間魔法、というより空間転移の存在が世に出た当時は、各国がその研究と対策に必死になっていたらしいし。

 けれど、そんな各国の努力もむなしく、空間転移は再現することができないまま、かの賢者は天寿を全うした。


 それ以来、かなりの年月が経っているはずだが、空間転移を再現できたという話は聞かない。

 そうである以上、前の住人が研究していたこの研究資料たちも道半ばのものなのだろう。


「まあ、暇をつぶすのには使えるのかしら?」


 そうは言いつつ、まずは先に見つけた魔法の基礎、入門編の本を使った勉強からということになると思う。

 一応、お母様や侯爵家からつけられていた家庭教師から魔法を教わっていたけれど、広く浅く、基本を満遍なくという形だったので、実は使える魔法があまり多くない。

 どちらかというと魔法の実践よりも座学的なものが主だったので仕方ないのだけど、今の状況だともう少しどうにかならなかったのかなと思ってしまう。

 まあ、実戦形式の訓練は身体が成長してからという風に考えていたのだろうけれど。






「うーん。

 って、もうこんな時間!?」


 結構な時間、本やら資料やらに目を通していて固まった身体をほぐすように伸びをしてから時間を確認すると、既に夜といってもいい時間になっていた。

 実験室の整理がてら、魔法の基礎が勉強できるような本や資料を集めていたのだけれど、思ったよりも熱中してしまっていたようだ。


「そういえば、使用人の人たちは到着していたりするのかしら」


 ずっと地下室にこもりっきりだったせいで、外の様子がさっぱりわからない。

 しかもこの実験室へ降りる階段は扉の先にあるため、1部屋ずつ確認していかないと初めて来た人にはわからないだろう。

 まあ、使用人の人たちが到着していたとしても、家主がいないからとかってに屋敷に入ったりすることはないと思うけど。

 いや、管理人を兼ねているのであれば、普通に入ってくるのかな?

 どちらにせよ、もし到着しているのであればそれなりの時間を待たせてしまっているかもしれない。


「……過ぎたことは仕方ないし、とりあえずは1階に上がりましょう」


 言い訳のようにそうつぶやいて、1階への階段へと急いだ。

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