ギスギスした二人 黒坊退治へ

 今朝の事件、剣司が舞に無理矢理キスをしてから二人は口をきかなかった。

 何となく、声をかけづらい雰囲気となった二人は何も言えなかった。

 妖魔退治の時間になっても、二人は一言も喋らず、黙ったまま、妖魔の居る場所へ向かった。

 ギスギスした雰囲気は最悪だったが、妖魔退治に行かなければならない。

 このところ妖魔の出現が多く、早急に退治しないといけない。

 山だけではなく町中にも妖魔が現れているという情報もあり、すぐに片付けなければならなかった。


「いたわ」


 ようやく舞が喋ったのは妖魔の位置を探知した時だった。

 舞が指し示す先には、毛に覆われた妖魔がいた。


「あれが黒坊か」


 真っ黒な肌をした、巨人がいた。

 黒坊と呼ばれる妖魔で、怪力を誇り、女性を襲う。

 先日、女性を襲って山に連れ込んでおり、討伐を依頼されていた。


「ぐおおおおっっっっっ」


 此方に気がついたのか、黒坊が剣司達の方へ向き、大声を放つと、舞に向かって突進していく。


「たあああっっっっ」


 だが舞への突進を防ぐべく剣司は前に出て、鞘から刀を引き抜き黒坊に斬りかかる。


「ぐおおおっっ」


 切りつけた瞬間、黒坊は傷みを感じて叫ぶと、剣司に殴りかかった。


「ぐはっ」


 黒坊が振るう腕が剣司の身体に当たり後ろに吹き飛ばされた。


「剣司!」


「……大丈夫だ!」


 舞を心配させまいと剣司は立ち上がり、安心させようとした。


(剣が通じないだと)


 丸く膨れた腹に確かに斬撃をお見舞いしたハズだった。

 しかし、分厚い脂肪のような層に刀身が埋まり込み、斬ることが出来なかった。


(舞も弱っているのか)


 いつもは舞から身体強化の術で支援して貰っている。

 だが、精気が少なくなっている舞にいつものようにして貰うのは無理だ。

 剣司一人で何とかしなければならないが、黒坊に通じるかどうか自信がない。

 だが、力のなさを嘆いている場合ではなかった。

 舞を守り切らなければならない。

 いや、守り切る。


「はああっっ」


 覚悟を決めた剣司は黒坊に再び斬りかかった。

 今度は浅く鋭く、表面を切り刻むように斬る。


「ぐおおおっっ」


 体中を無数のカミソリで切り裂かれるような痛みに黒坊は悲鳴を上げた。

 だが、肌に傷を付けているだけで致命傷どころか、大したダメージも与えていない。

 黒坊が振り回す腕が剣司を捕らえると剣司の身体は再び吹き飛ばされた。


「ぐはっ」


「剣司! よくも!」


 剣司を攻撃した黒坊に怒った舞は精気を集めると身体を輝かせ変身した。

 銀縁の白いメッシュで作られた千早の下に見えるのは胸の谷間が大きく見えるほど開いた緋色のインナーに胸より上の無い小袖。

 緋色の袴は非常に短く、揺れてインナーのクロッチが見え隠れする。

 左右の開口部は大きくカットの鋭いインナーが隠しきれない鼠径部さえ見せ、インナーと肌色の対比を際立たせる。

 結び紐も輪と垂れ下がった紐が揺れて踊るようでより扇情的だ。

 袴から伸びる牝鹿のような足は緋色のオーバーニーインナーで覆われ、膝下からは白いブーツに包まれている。

 袖も袖口の大きな緋色のグローブに肘から先に装飾のように白い袖を纏い、揺れる布の奥の細腕を想像してしまう。

首元は勾玉を模した首飾りだけで肩も、うなじも一糸も飾らぬ為、彼女の肌を余すこと無く露わにしている。


「覚悟しなさい!」


 郷間神社の誇る退魔巫女の装束を身につけた姿となった舞。

 その姿を見て黒坊は荒い息を立てる。


「うおおほほほっっ」


「ひっ」


 黒坊が興奮する姿に舞は生理的な嫌悪感を抱いた。


「近寄らないで!」


 舞は紙で作った人形を取り出すと、黒坊に向かって放った。

 無数の人形が黒坊の周りを飛び回り、包囲していく。

 そして、一斉に爆発した。


「どう?」


 会心の一撃に舞は自慢するように言う。

 だが、爆煙が晴れるとそこにいたのは無傷の黒坊だった。


「うそっ」


「やはり精気が弱いか」


 舞は驚くが地面に剣司にはやっぱりという思いだった。

 人形に込める精気の力が弱く、威力がない。

 やはり舞の精気が少なくなっている証拠だ。

 分厚い脂肪のような身体を貫くような衝撃を与えられていない。


「ぐおおおっっっ」


 黒坊は叫ぶと舞に向かって突進、舞の首を掴むと吊し上げた


「がはっ」


 首を絞められた舞は悲鳴を上げる。

 悲鳴を聞いた黒坊は喜ぶと、舞の小袖とインナーを手で引きちぎり、素肌を晒した。


「ぐほおおおおっっっ」


 衣服から溢れる少女の香りに黒坊は興奮し咆哮を放つ。


「ひっ」


「舞っ」


 舞と剣司の悲鳴が木霊する。


「くっ」


 舞は精気を集中して至近距離で爆発させ黒坊を吹き飛ばそうとした。

 一瞬、強い光が身体から溢れ出すが、黒坊を跳ね飛ばすだけの勢いはなかった。


「がはあああっっっ」


 不思議な現象を起こす舞に黒坊は、珍しい玩具を手に入れた子供のように喜び、大口を開け涎の垂れる舌を伸ばして、舞の肌を舐め上げた。


「ひっ」


「うほっうほっうほっ」


 生暖かい舌が触れるとその不愉快な感触に舞は悲鳴を上げる。


「や、止めろっ! うっ」


 黒坊に弄られる舞を見て怒りがこみ上げてきた剣司は、助けようとする。

 だが、立ち上がろうにも先ほどのダメージが強く、起き上がることさえ出来ない。


「け、剣司……」


 剣司の姿を見た舞は、祝詞を読み始める。


「ま、舞、何を……」


 既に舞の精気は尽きかけている。

 黒坊を跳ね飛ばす力も無い。

 だが舞は術を発動させた。剣司に向かって。


「治癒の術式」


 剣司の身体はダメージが治り、動けるようになった。


「舞! 今助けるぞ! うわっ」


 だが舞の危機に剣司が駆け寄ろうとしたとき、突如舞から溢れた光は剣司も襲い後ろに飛ばす。

 何とか受け身を取り再び立ち上がると、至近距離にいた黒坊も吹き飛ばされて地面に尻餅をついていた。


「全く、黒坊程度に遅れを取るとは貧弱な者達よの」


 聞き覚えのある声、舞の声でありながら、傲慢で見下したような口調の喋り方をする声が聞こえてきた。


「それでよくも妾を封じておるのう」


 声の主、光の中心に舞のシルエットに頭から二本の長い耳が伸びた陰が現れた。


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