残るキスの感触

「舞」


 兎姫と戦った翌日、剣司は神社で朝のお勤めを終えると、同じくお勤め、紙を切り抜き人形を作る作業を終えた舞に話しかけた。


「な、何?」


 剣司に声をかけられて舞は身体をビクッと反応させた。

 ぎこちない舞に剣司もぎこちなく尋ねる。


「精気を補充しなくて大丈夫か?」


 舞の身体の中に封印している兎姫は舞の精気で抑えられている。

 昨日一反木綿に吸い取られたように、舞の精気が弱まれば、また兎姫が復活して身体を乗っ取られてしまう。

 それを防止するためには、定期的に精気を補充、キスしなければならなかった。


「だ、大丈夫よ!」

「でも」

「本当に、私は大丈夫だから」

「さっき、結界の維持に精気を使っただろう」


 妖魔を退治する郷間神社は役目故に妖魔に襲われやすい。

 そのため結界を張って妖魔の侵入や攻撃を防いでいるのだが、定期的に精気の補充が必要だ。

 その役目は舞が行っている。


「大丈夫よ。私は百年に一人の逸材よ。これぐらい自然回復するから」

「でも、また襲われたら」


 一反木綿もそうだがこのところ妖魔相手にピンチになる事が多い。

 なにより舞の精気の力が少ない。

 補充したいが、恥ずかしがっているのか、キスをしたがらなし。

 しかも、昨日から舞に避けられているようで、剣司から離れようとしている。

 心配すると共に避けられていると感じた剣司は傷ついていた。


「それに今日も妖魔退治だよ」

「大丈夫だって、さあ、もう戻らないと」


 逃げようとする舞を見た剣司は、反射的に舞の腕を掴んだ。


「え」


 突然の事に舞は驚くが、通常の巫女服を着ているため、動きづらく剣司から逃れることは出来なかった。

 そのまま身体を社務所の壁に押しつけられ、身動きを封じられた。


「ちょ、ちょっと」


「舞」


 逃げようとした舞だったが、剣司に名前を呼ばれると身体が麻痺したように動けなくなり、剣司からされるがままにキスをされた。


「うくっ」


 暫くは剣司に口の中を蹂躙され精気を注ぎ込まれる舞。


「やめて、剣司」


 だが、やがて嫌悪感が生まれ、暴れ出す。


「うぐっ」


 それを剣司は逃すまいと力で押さえつける。

 直後、舞は力を込めて手を振り剣司の顔を叩いた。


「ぐはっ」


 精気で身体強化をされた平手は強く剣司は吹き飛ばされた。


「強引な剣司は嫌いよ!」


 それだけ言って、舞は離れていった。


「ま、待って、舞! ゴメン!」


 剣司は謝るが、舞は振り返らず、社務所に戻っていった。


「舞……」


 消えた舞の後ろ姿を見て剣司の心には寂しさと後悔の念が浮かんだ。

 舞の逃げる姿から昨日の兎仙が逃げようとする姿を思い出し、思わず力強く強引にキスしてしまった。

 同じ身体とはいえ、操られているときと同じように力尽くで押さえつけたのは悪かった。

 しかし、なんと言って謝れば良いのか剣司は分からなかった。




「もう、何をするのよ剣司は」


 剣司から離れた舞は剣司の振る舞いに怒っていた。

 あんなに強引にされてしまっては、大事なキスの思い出が台無しになる。


「……でも、凄かったな」


 剣司のキスが熱烈だったこともあるが、精気を注ぎ込まれる熱い感触もあって舞は熱に浮かされるような気分だった。

 身体の中に入った剣司の精気が、舞の身体の中に満ちて身体を熱くしていた。


「ううっ」


 舞は身体を震わせた。

 身体が疼いてもう一度求めると共に、嫌悪感が浮かぶ。


「兎姫にしたのよね」


 剣司がキスを行ったのは自分にではなく兎姫に対してだ。

 激しく荒々しいキスだが、剣司の思いがこもった激しいキスだ。

 だが向かったのは自分ではなく、兎姫。

 同じ身体だが、意識が切り替わっているときに行われた。


「剣司の馬鹿……」


 妖魔とは言え他の女性に、愛する検事が、あんな熱いキスをしたと思うと、舞の心はざわめいた。

 先ほどのキスも舞自身ではなく、兎姫に対して行っているようで嫌だった。


「ううっ……剣司」


 だが、あの熱い思いを注いで欲しいとも思う舞だ。

 しかし、精気を使って身体強化してまで強く拒絶したため、改めて言いづらい。

 謝るにしても、自分の心の整理が付かず、なんと言って良いのか舞は分からなかった。

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