世界に刻む存在証明
妙な光景だ。
目の前に今、倒すべき敵がいる。
片膝を突き、首を垂れて、献上でもするかの如く差し出す魔性の名は、アイアン・メイデン。
彼女が持っているそれは、彼女の体液と呼ぶべき液体金属より創られた、
万象切断術式にて、あらゆる物を切断する虎徹に不要とされて来た武器の類。
刀剣、戦斧、弓矢、銃――そのどれでもない。
長さにしておよそ1メートル。刀にすれば長刀の部類に入るだろう鉄の棍棒。
握り取った虎徹は数度その場で振り下ろし、最後に思い切り振り上げて、その場の空を裂いて見せた。
「……悪くない」
「それが虎徹、君の新たな礼装だ。名前を。名を持つ武器は、
「ただの
「だから、陰陽師らしいだろう?」
名もまた呪い。
まじないものろいも同じ字を使うのならば、確かに同じ物なのかもしれない。
ならば、体の内側に溜まる感情を呪いと呼び、吐き出す事で力に変える陰陽師という人種には、必要な事なのかもしれない。
そこまで言い聞かせて、ようやく呑み込んだ。
未だ理解には遠いものの、より高位の魔性を狩れるのであれば何でもいい。
が、ただ名前だけ付ければいいと言う訳でもあるまい。名前にも、
が、思い浮かばなかった。
「ご苦労だった。アイアン・メイデン――」
「虎徹」
「……畏まりました」
殺気が漏れ出した次の瞬間に、道満が制す。
虎徹の中で、アイアン・メイデンが未だ敵という認識から完全には外れていない事を確認し、溜め息を吐かせられる。
ただ、悩みの根幹を作ったのも自分達とあって、その場では何も言えなかった。
「アイアン・メイデンにはまだまだ活躍して貰う。ここで祓われては困るんだ。利用出来る物は全て利用し、使える限り使い切る。そう、教えただろう? 虎徹」
「仰る通りです」
「では、わかるね?」
「はい」
「よし、いい子だ……ではその礼装の実戦試験でもしようか。オブシディアンで
「
# # # # #
3時間後。オブシディアン領、とある樹海。
「……で、何故おまえも来る」
「だってシルヴィも見つからないし、メイデンは何も喋らないから退屈なんだよ。しかも、
「……」
「無視しないでぇ! 構ってぇ! せめて構ってよぉ、虎徹ぅ!」
びぃびぃと泣き喚く少女の頭に、虎徹の拳骨が落ちる。
今度は痛いと泣きじゃくってうるさかったので、気絶するまで殴ろうかと拳を振り被ったが、虎徹は反射的にミシェルを抱えて跳んだ。
頭は時計で秒針だけが進んでおり、胴体は逆さまになった扇風機で、若干だが浮いている。
腕の代わりに枝切鋏とチェーンソーがついており、周囲の気を伐採しながら時速60キロくらいの速度で樹海を飛び交っていた。
2人に気付いていた様子は見られない。ただ魔性の進行方向に、2人がいただけのようだ。
「あれがX級?」
「いや、X級の配下か。ただの
(礼装を使うには、力不足か)
感じられる魔力の量から、腰に差していた礼装は取らずにいつもの術式を構える。
が、自分達の立つ岩壁に登る存在に気付き、状況に置いてけぼりを喰らっているミシェルを抱き上げて再び跳び上がった。
両脚が大量の廃車で出来ており、タイヤを回して走る巨人。
厖大な量の鉄くずが集まって出来た巨人は自身の質量さえ無視して、岩壁を両足についた計8輪で爆走して追って来た。
「ぎゃぁぁぁあああ!!! 虎徹! 逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて! 死ぃぬぅ!」
「うるさい、黙れ」
「痛っ!」
再び頭に落ちる鉄拳制裁。
今度の一撃は加減なく、的確にミシェルの意識を掻っ攫った。
岩壁を登り切って到着した山頂にて、虎徹は礼装を抜く。
追い付いた巨人目掛けて振り払うが、棍棒は巨人の拳を受け止めるに留まり、想像よりずっと弱い出力しか出せなかった。
「どうした」
武器は武器だ。
棍棒ならば、振る、殴る、突く、投げる以外に効力を発揮する時はあるまい。
ならばどうして今、敵と衝突した時に何も起きない。
アイアン・メイデンの体液から創られた異質の礼装。何も仕込まれていないはずはない。術式でも仕掛けでも何でも、とにかく何かしら仕込まれていると思っていたのに。
「どうした」
問うてみるが、武器は武器だ。返答はもちろん、起動のサインさえ聞こえない。
徐々に巨人の質量に押され始め、力では敵わないと悟った虎徹は咄嗟に流したが、棍棒は棍棒のまま、沈黙したまま、非力なままだった。
「どうした……アイアン・メイデン」
どうして何も発現しない。どうして何も起きない。
これでは十二天将どころか、一端の術師レベル――いや、それ以下だ。
何故これは応えない。何故これは、こんなにも静かなのだ。
シルヴィの錬成する武器。
獅子宮の鎌。
いつぞやに対峙した第二王女の武器でさえ、感じられる力があった。
なのに目の前のそれからは、何も感じられない。
これではただ、頑丈だけが取り柄の鉄棒だ。昔の漫画に出て来る不良学生のような、そこらで拾った鉄パイプのような物だ。
意味がない。意味がない。
これではまるで意味がない。
これから今までにない位に強い敵と、戦わねばならないのだ。必ず勝たねばならぬのだ。勝たなければ意味がないのだ。せっかく一歩進んだのに、更に進まねば意味がない。
また1000年も停滞し続けるなど、冗談ではない。
――名無の武器にはない力が宿る
(名前? 何故、名前が要る。名前に力が宿るなど、ただの
――今日から君は、金刀比羅虎徹だ
それは個体名だ。
自分は金刀比羅虎徹として生まれ変わった。その証明だ。
だから自分は金刀比羅虎徹の名前に反応するし、呼ばれれば応じる。
「……そうか。名前があったからか」
かつての自分を捨てた自分は、名無でもいいとさえ思っていた。
人間ですらない兵器でいいと思っていた。
だが大陰陽師の名を冠したあの
個体名。それは違いない。
だが同時、世界に対する存在証明でさえあったのだ。
だから自分はあの時――
(俺はあの時、こいつに名前を与えたのか)
沈黙させた少女の重さを腕に感じながら、出会った時を思い出す。
彼女が名前を求めたのも、この荒廃した世界に対する存在証明だったのか――わからないし、訊く気もない。
だが、少しだけわかった気がした。
人格を得た白虎の式神
ならば、アイアン・メイデンであってアイアン・メイデンならざるこの礼装にも、名前が必要なのだろう。他でもない金刀比羅虎徹の礼装であるという証明が。
機械音を軋ませ、咆哮の代わりに響かせる。
超が付く重量の鉄塊が降り掛かって来る中、虎徹は1メートル弱の鉄棒を振り上げた。
「闘え――
# # # # #
「イタタ……もう、虎徹酷いよぉ……虎徹? 虎て――」
少女は思わず、言葉を失う。
体を起こしてすぐに背後を振り返ってみると、上半身が吹き飛び、下半身が半壊しながら何とか倒れんとしている巨人の残骸が立ち尽くしており、その背後にも後から続いて来たのだろう
痛む後頭部を押さえながら修道布を被り直し、周囲を見回しながら走るミシェルは、山の山頂の頂点をより高くしたかの如く積み上がった鉄塊の山の上で、立ち尽くす虎徹の背中を見つけ出した。
敵を倒したらさっさと撤退する虎徹が、黄昏ている姿など初めて見る。
「白光……」
手の中にある礼装の名は白光。
名付け親は紛れもない自分自身。
何処かから持ち出して来た名前でもなく、由来から引き出した名前でもない。自分自身の頭でゼロから考え、与えた名前だ。
金刀比羅虎徹専用の礼装の名前だ。
「……あいつに聞かせたら、何て言うだろうか」
そんな疑問が生じたのは、生まれて初めての経験であった。
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