第伍章

デウス・X・マキナ科学研究チーム統括責任者、登場

「陰陽師十二天将。祓魔師エクソシスト十二星将。13体の規格外番号ナンバーズ。そして、魔性崇拝教団アリス……もうこの時点で、登場人物多過ぎてウケる」

「何を訳の分からない事を言っている」

「思った事を言っただけだもぉん」


 気を引くためにされた会話でも、大きな意味合いが無ければ会話すら続けない。

 意味不明言語として処理されてしまったミシェル・Bブック・ノートルダムは、頬を膨らませて拗ねて見せたが、結局、金刀比羅ことひら虎徹こてつの意識に再度侵入する事は適わなかった。


 虎徹としても、規格外番号ナンバーズだけでなくアリスまで敵に回さなければいけなくなった状況は好ましくなく、面倒に思っていた。

 いっそ両者共倒れしてくれればいいのに、と考える思考回路こそ奪われていてないが、だからこそ両者を一気に殲滅する策はないかとずっと思考を巡らせていた。


 信じるものはただ1つ。己が力のみ。

 そう言う風に作られたのだから。


「シルヴェストール……シルヴィはどうした」

「毎度毎度役に立たないなんてって、やけ食いしてる。食糧庫が悲鳴を上げてるって、コックさんが先に悲鳴上げてたよ」

「奴は大喰らいだったな」


(今は心底どうでもいいが)


 式神九十九つくも

 九字護身法から始まる対魔性陰陽術式。

 体術。武装。暗器。戦う術全てを投じたとして、立ちはだかる敵を皆、殺す事が出来ようか。


 答えは未だ出せず。

 24人の将軍とその補佐24人が結託して、12の魔性と規模の計れぬ組織を相手に、果たして勝てるのか否か。


 勝算はある。しかして希薄。

 敗因も生じ得る。しかしそれら全てを潰したとして、また新たな敗因が生じるばかり。


 自分達が相手する龍の王と前哨戦が出来たのは好都合だったが、わかったのは実力の開き。

 天瓶宮パスカルの力を借りて、やっと食い下がれる程度。とても善戦出来るとは言い難い。

 もしもそんな怪物と、アリスの信者が共に立ちはだかる様ならば、実力の差こそあれ、より面倒になるだろう事は、想像に難くない。


 ならばまず潰すべきは。


崇拝教団アリスを先に潰すべきか」

「ドーマンとセーメーは何も言って来ないの?」

「報告はした。が、返答はない。良い返事は期待出来そうにないな……誰かが、やらねばなるまい」

「虎徹、やる気?」

「上の判断に任せるだけだ」


  #  #  #  #  #


 暴飲暴食は悪魔の所業なれど、元を辿れば深き人の業。

 怒りのままに我儘に、シルヴィは腹の中に蓄えられるだけの食料を溜め込み、消化し、限界まで胃の中に押し込めようとしていた。


 中華料理で言うところの、満漢全席フルコース四週目と言ったところで、シルヴィの食べる手が止まる。

 槍の雨が降ろうと剣が迫ろうと、全て叩き折って続きそうな暴飲暴食が、目の前の存在が放つ無言の圧だけで止まったのだった。

 周囲もまた食事どころではなく、その場で言動が完全に停止する。


 唯一言動を許されたのは、無言の圧を放ったまま食事を始める目の前の大男だけだった。

 漆黒と言っても過言ではない黒い肉体は筋肉隆々として、白衣がまるで似合っていない。白衣に収まり切らない筋肉が、タンクトップを着ろと訴えているように窮屈に見えた。

 座高だけでもシルヴィ含めたそこらの人の倍。立てば3倍近い差があるように見えるだろう。

 人の顔を鷲掴みに出来るだろう大きな手で、次々とアツアツの肉料理を口に運んで行く様は、シルヴィの暴飲暴食と同じ量でありながら、優雅な食事に見えた。


「ヘ。結構食うんだな、シルヴェストール・エルネスティーヌ」

「……私を、ご存じなのですか」

「元レッドサファイア王室護衛騎士にして、祓魔師協会マキナの同年代祓魔師エクソシストの中でも群を抜いて近接に特化した希少な逸材。武装を錬成すると言う発想は実にユニークで、面白かったよ」


 喋ると変に甘い匂いがする。

 それが彼の愛用する葉巻の匂いだとは、喫煙適応年齢ではないシルヴィにはわからなかった。


 ずっと痛いくらいに感じているのは、疑心暗鬼になるくらいの不安と不信感。


「あなたは、何者なのですか」

「Oh! これは失礼。名乗るのが、遅れたね」


 わざとらしく音を立て、ブラックのコーヒーを飲んだ大男は立ち上がった。

 想像以上に大きく、3メートルを超えているのではないかと思わせる肉体に、やはり白衣は似合っていなかった。


「初めまして、ミス・シルヴェストール。私は土御門つちみかどDドクター・ハーヴェイ。あまり知られていないが、これでもこの組織の科学研究チームを任されている。君達が訓練に使う仮想魔性も、私の発明でね。役に立っているだろう?」


 と、満足げかつ得意げに話すハーヴェイは、気分が良さそうだ。

 周囲の目を気にしないタイプなのか、それとも気にし過ぎるあまり気にしているように傍からは見えなく感じるだけか。彼の威圧感が、空気を悪くしている事に気付いている様子はない。


 再びコーヒーへ口を付ける男の一挙手一投足を訝しみ、怪しんだシルヴィはすぐにこの場を去りたい気で、少しずつ重心を後ろに傾けつつあった。


「そのドクターが、私に何か御用ですか?」

「何、ただの経過観察さ。最近と一番一緒にいる君から、意見を頂戴したくて参上しただけの事だよ」

……?」


 彼の言うが何を示すのかは、本当にわからなかった。

 だがすぐに、もしかしてと考察し、見当は付いていて、出来る事なら違って欲しいと願っていた姿勢が、いつの間にか前傾になっている事に、シルヴィは気付いていなかった。

 Tボーンステーキの骨ごと噛み砕く大男の口から、その言葉が出て来ない事ばかりを願っていたが故に、次の瞬間、シルヴィは自身を御し切れなかった。


「無論。について――」


 出て来た名前が言い切られるのが先だったか、それとも直後だったか――いずれにせよ、シルヴィの反射速度は瞬く間に剣を抜き、虎徹をあれ呼ばわりした男の首に切っ先を向けようと、一切の躊躇なく振り被っていた。


 だが、男はそれらを見据えた上で、捉え切った上で不敵に笑う。

 誰も笑みの理由など察せられないほど刹那の交錯の中、白衣のポケットに入った手が抜かれぬまま放たれた攻撃が、シルヴィの手の甲を穿った。

 抜刀し切れず、握る力を奪われたシルヴィの手が落とした剣を前に、男――ドクター・ハーヴェイは自身の勝利を見せつけるかのように、満面の笑みで立ち尽くす。


拳銃ピストル……ガンの怖さを、人は上手く理解し切れていない。銃は銃だから危険なのではない。鉛の球を高速で発射する事で、人の体を中距離でも穿ち、致命傷を与える事が出来るから恐ろしいのだと、人は当たり前の事を当たり前のまま素通りする。今の君は、手を打ったのがゴム弾だったから助かったと思っているかもしれないが、そうではない。戦闘不能に陥ったその時点で……もう君は、魔性やつらの餌だ」

「……」

「いやぁ、予想より速くて驚かされたよ。彼の名前に対する反応もだが、臨戦態勢に入るまでも早ければ行動に移すまでも早い速い。そう言うのは将来生き残るもんだ。せいぜい鈍らせるなよ? お嬢さん」


 悔しくて、頭に血が上ったまま続けようとする。

 しかしそれが間違いだった。


 手の痛みを堪えながら両手を突き、支えにしながら繰り出した回し蹴り。

 床に弧を描くよう繰り出した足がハーヴェイのくるぶしにぶつかり、そのまま足を払うはずが、ぶつかったまま微動だにしなかった。

 3メートル近い巨体を構成する肉体が、どれだけの重量を伴っているか。想像出来ていなかった結果だ。

 代償として、シルヴィは自身の足にまでダメージを受けた。


「なかなかに刺激的だが……ちょっとおイタが過ぎるな……お嬢さん……!」


 天地が返る。


 足首を掴まれたのだと気付いた次の瞬間には机に体を叩き付けられ、満漢全席を乗せた机が重さに耐え切れず真ん中から裂ける様に崩れていた。

 雪崩れ落ちて来る皿の滝から顔を護るため、ガードするため出した腕が遠心力に負けて役目を果たせず体を打ち付けられる。

 あらゆる方向に叩き付けられ、打ち付けられ、もう天地がどちらかもわからなくなるまで振り回されるシルヴィのせめてもの抵抗は、悲鳴を上げない事だった。


 かれこれ何十回と振り回され、7つほど机を叩き割った頃に突如投げ飛ばされて、左右に分かれた人波の間を転げた後は、もう抵抗するどころか、動く力さえ奪われていた。

 それでも、憎むべき仇敵を見るかのような目でめ上げる。

 唯一残された、最後の抵抗だった。


 食後の軽い運動を終えたとばかりに清々しい顔をしたハーヴェイは、周囲の恐れる目もシルヴィの目も気にする事なく、胸ポケットから取り出した葉巻を噛み千切り、指を擦り鳴らして火を点けた。


 血生臭い光景に、葉巻の甘い香りが不適に広がる。


「金刀比羅虎徹のパートナーが、君のような人間になるとは……道満どうまんも何も考えているのか。ま、私は嫌いではないがね?」


 目の前に極太の太ももが迫る。

 両膝を突かず尻も突かず、よくもそんな巨体でしゃがめるなと思ってしまうくらい、ハーヴェイは体を丸くして、横たえるシルヴィを見下ろして来た。


 口角の合間から漏れ出る白煙が、蒸気機関を思わせる。


「どうだいお嬢さん。今の君は、ぽっと出の私にさえ負けてしまうほど弱い。金刀比羅虎徹。パスカル・ブラーウ。鹿島かしまライラは完全補佐役なので戦力外としても、君は足手纏いのまま、ペンドラゴンと対峙する気かい?」

「私に、どうしろと……?」


 机に体を叩き付けた次に現実を叩き付けて来たハーヴェイは、フランクフルトにも劣らぬ太い指で、自身をめ上げるシルヴィの眉間を突いた。


「君も、と同じ景色を見てみないか?」


 何ともワクワクしない、しかし妙に好奇心をそそる提案だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る