白虎強爪は鋼を伝う

 デウス・Xエクス・マキナ本部、蘆屋あしや道満どうまん私室。


 彼女の部屋には、組織幹部の人間だろうと入る事を許されない。

 許されているのはただ1人、金刀比羅ことひら虎徹こてつに限られる。

 歴史上、陰陽師連合デウスの二枚看板を拝命した術師の私室に入る事を許された人間は片手で数える程しかなく、虎徹は蘆屋道満ならざる彼女の素顔を知る数少ない存在だった。


「対魔の面が割れた、か……アイアン・メイデン特攻礼装の件といい、しばらく時間が要るだろう。その間、君は療養しているんだ、金刀比羅虎徹」


 用意されたベッドの上、金刀比羅虎徹は項垂れたまま動かない。

 面は割れ、ズタズタに裂かれた包帯も新しい物に変えるために今は取ってあるため、珍しく曝け出された虎徹の素顔。

 しかし、道満はその顔を見るどころか自分の胸にうずめるように抱き締めて、第三者も誰もいない部屋で、顔を隠すような真似をした。


 その間、虎徹はまるで微動だにせず、一切言葉を返さない。

 ずっとされるがまま、黙って抱き締められている。


「大丈夫。君の事は私が護る。君の相棒も無事帰って来たことだし、今はゆっくり、お休み」


 虎徹の意識は完全に途絶。ベッドの上で横になる。

 虎徹の寝息が聞こえて安心した様子の道満は、彼の体に毛布を掛けて隣に座り、通話端末の電源を点けた。


「どうしたんだい」

『すみません、道満様……取り込み中でしたか』

「構わないよ。それで、要件は?」


 連絡を寄越して来たのは、陰陽師連合デウスの門を護る警備術師隊だ。

 彼らからの連絡など急ぎの用事以外にないはずなのに、何やら言葉に詰まった様子で、連絡を寄越した術師はなかなか要件を言わなかった。


「どうした」

『いえ、その、何と言えばいいのか……』

「見たままを伝えなさい」

『はい……門から、前方に666メートル。ギリギリ結界の射程圏外に、規格外番号ナンバーズの参、アイアン・メイデンが、現れました』

「何……現れた後は」

『それが……動かないんです。全く。先に連絡した晴明せいめい様の指示で、迎撃用術式を展開して待ち構えているのですが、その準備中も準備が終わった後も、一向に動こうとせず……ただ……』

「ただ?」


 また、向こうの声が詰まる。

 見たままを伝えろと言って伝えられないと言う事は、彼が今目の前に見ている光景を信じられていないという事で、何が起こっているのか道満には想像する余地もなかったし、実際、道満の想像の域を超えていた。


『魔性を……虫の息の魔性を担いでいるんです。殺しもせず、まるで手土産みたいにして』


 前代未聞だ。

 魔性が魔性を手土産に、組織本部にやって来るだなんて。


 多重の結界が敷かれた本部には、魔性が近付く事さえ珍しいと言うのに。わざわざ手土産を用意して来るだなんて事例は1度もなく、晴明ら術師が対応に困るのは必至と言えた。

 状況を聞かされた道満も、どうすれば正解かなんてわからない。

 他の誰にもわからなかったが、組織の頂点トップたる道満は決断しなければならなかった。


 隣で眠る青年の横顔に視線を配りながら考えた道満は、ゆっくりと起こさぬように立ち上がり、側にかけていた黒衣を取る。


「私が行く。そのまま待機していてくれ」


  #  #  #  #  #


 聞かされる限りは、術師らの見間違いという線も無くはなかった。

 だが自分自身の目で状況を確認してしまえば、そんな言い訳は通用しない。


 閉ざされた門が開き、吹き抜ける風の残り香を浴びるアイアン・メイデンの両手には、虫の息で横たえる龍種の巨体。

 魔性同士が戦う事は珍しくもないが、留めも差さずに何処かへ持って行かれる、なんてのはかなり珍しい。

 ましてや術師の組織まで歩いて来るだなんて、1度もなかった。


 だが今、眼前にそれはいる。それは在る。

 経緯など知らないし、知る由もない。


 が、相対したならば逃げる事はない。逃げてはならない。

 向こうから来たのならば、猶更だ。例え相手に敵意が無くとも、術師が魔性から背を向ける事などあってはならない。

 真正面から魔性と対峙し、祓い除ける。そのために、陰陽師並びに祓魔師エクソシストがいるのだから。


規格外番号ナンバーズ……何て呼んでも、君にわかるのかな。ましてや、君がアイアン・メイデンと呼ばれている事も、把握しているのかね。だが、他に呼び方も知らないので、呼ばせて貰おう。アイアン・メイデン。両手に瀕死の龍を持って、何をしに来たのかな?」


 鋼鉄の処女は動かない。

 元より言語を持たないので言い訳も弁解も何もないし、訊いたところで察する他ない。

 実際、道満は近付くまでに10回ほど殺気を籠めて仕掛けてみたのだが、メイデンは一切反応しなかった。


(アイアン・メイデン沈黙。その目の色に、一切の敵意無し)


 青龍の報告を受けた時は、一時的な物だと思っていた。何かの間違いとさえ思った。

 しかし、実際に見てみなければわからない事もあるのだと、思い知らされる。


 過去1000年、1度もなかった事態。

 戸惑いこそするが、利用する価値はある。


「その手土産は置いていきなさい。私がこれからする事に、一切抵抗しないように。でなければ今ここで、君を祓うからね」

「……」

「いい子だね」


  #  #  #  #  #


「虎徹、虎徹!」


 虎徹私室。

 シルヴェストール――シルヴィに呼びかけられて虎徹が起きる。

 新しい包帯と面とで顔を隠した虎徹はゆっくりと起き上がり、わずかに混濁とした意識を残す頭を振り払って、無理矢理に自身を目覚めさせた。


「慌てた様子だな、シルヴェストール……シルヴィ。緊急事態か」

「いえ、そこまで緊急という訳ではない、と思うのですが……道満様の言伝を預かって来たものの、あなたが何度呼びかけても起きないものですから、つい声を張り上げてしまいました」

「そうか……どうやら数年ぶりの睡眠で、再起動に時間が掛かったらしい。迷惑をかけた」

「いえ、迷惑だなんて。ブルーエメラルドでの長期滞在依頼で、あなたも相当に消耗したはずですから、きちんと休むべきですよ」

「うん。それで、道満様からの言伝とは」

「急ぎではないからゆっくりでいいとの事でしたが、話があると。道満様の下へ……影の間へと来るようにとの事でした」


 影の間は、道満が術師らに討伐依頼を言い渡す場所の名前だ。

 それ以外の理由で呼び出される事なんて滅多にない。

 虎徹自身初めてで、呼び出される要件など見当も付かなかったが、どうしてと考える頭は今の虎徹には搭載されていない。


「わかった」

「私も同行して構いませんか? 道満様からは、虎徹が許すならとのお達しでしたので」

「その程度の情報なら、他言無用さえ貫いてくれれば俺は問題ない」

「はい!」


 この時の虎徹の判断は間違っていた、とは言わない。

 寧ろ虎徹にそう判断させるよう、道満含めた組織全体が欺いたのだから。


 1000年間動く事のなかった事態が、思わぬ形で動き始める――。

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