討伐対象:骸骨型魔性群――

 戦乙女――ヴァルキリー。

 そんな通り名が組織内部で流れ始めていた頃、組織上層部だけはそんな悠長な事を言っていられる状況でなくなっていた。


 1000年前、人間は地震や津波を予知しようとしたが悉く失敗し、前日の天気を予報しても外すような、自然に弄ばれる生き物だった。

 それは今、1000年経った今も変わってはない。

 寧ろ自然災害が意思を持って、悪戯に人々を煽り、襲っているようで、余計に質が悪くていけない。

 始まりから今に至るまで、は人の手に余る存在で在り続けていた。


  #  #  #  #  #


祓魔師協会そちらは、お一人ですか?」

陰陽師連合そちらも、お一人の様ですが」


 向かい合う双方のトップが一角。


 陰陽師連合デウスは二人の大看板からなるが、祓魔師協会マキナは三人のトップが仕切っている。

 神父、シスターズをまとめる筆頭が二人。それらを束ねる教皇が一人。

 元は祓魔師エクソシストが神に仕える教会の使者であった事から、これらの役職がそのまま生きている。

 尤も、役職がそのまま本来の職業と関わっているかと言うと、頷き難いものがあるが。


 今現在、蘆屋あしや道満どうまんと対面するのは教皇ミケランジェロ。

 協会全体を取り締まる最高権力者であり、組織全体でも最高年齢の老人だ。御年99にもなるが、耄碌もうろくはしていない。寧ろ協会内部最強を未だ保持しているのだから、侮りがたい人だった。


晴明せいめいは十二天将を引き連れ、例の大穴に向かいました。その直後にこの反応、あれは先代より聞いていた以上に質が悪い」

「こちらの戦力が分散した時を狙って来る。あ奴の基本的行動原則……間違いない。奴が来る」

「問題は、

「それが分かれば苦労しますまい。予めわかっていれば、十二天将並びに十二星将、そして我ら五人を含めた皆で袋叩きに出来ましょうが、はそこまで馬鹿ではないですから。無論、袋叩きにすれば勝てるなぞ、安易な考えは致しませんが」


 名前を言う事さえ憚られる

 何を差すかは言うまでもない。


 恐怖の象徴。

 恐怖の体現者。

 恐怖を具現せし者。


 数え切れぬ代名詞の中、必ず入る恐怖の二文字。

 1000年もの間君臨し、蹂躙し続ける魔性達の王――■◆■◆■◆。


 名前を出して話し合う事は滅多にない。

 その名前だけで呪われないとも限らないし、未だ得体が知れないからだ。


「そういえば、最近になって十二天将は若い世代に代わったようですね。調子は如何ですか? こちらの山羊座の最年少記録を越えたと、耳にしましたが」

「……単純な戦闘能力だけならば、モルドレッドよりも上だよ。戦闘経験値の差だけはどうにも出来ませんが、他の星将及び、十二天将にも、負けず劣らぬ逸材さ」

「それはそれは。今後に期待、ですかな。まぁ、今後も生き残っていればですが」

「お互いに、ね」


  ★  ★  ★  ★  ★


 場所は元南アフリカ領、パープルゴールド。

 その中でも広大な熱砂と灼熱が広がる元エジプト領に、白虎ペアの姿があった。


武装錬金ぶそうれんきん!」


 熱砂巻き上げ、捲り上がった大地を纏う。


 両腕を覆う混合鉄のガントレット。

 両肩に宝玉の如き輝きを放つシールドを装着。

 刃の如き鋼鉄を纏った脚を軸に回転し、腰部分にスカートの形で揺れる流動鉄を錬成。体を覆う鉄の装甲が部位ごとに装着され、体に籠る熱を解き放つ。

 地面に剣を叩き付けて砕き割り、破片を媒介に新たな剣を錬成。白銀しろがねの光輝放つ剣が、シルヴェストールの手に収まった。


「武装錬金・初之型ういのかた!!!」


 大股で一歩。

 踏み出して繰り出される一撃が、自身の三倍近い巨躯を斬り飛ばす。

 相手は体が骨だけの骸骨ワイト型だったが、それでも数百キロはある重量が吹き飛ぶ光景は、人々から言葉を奪い去る。


 ただし残念。

 この場には彼女以外にもう一人しかなく。その一人は既に改造によって、奪われるべき心を失っていた悲しい男であった。


「初之型、か。それが基本形態になるのだな」

「えぇ、まぁ。まだまだこれから、という意味も籠めまして」

「そうか」

「えぇ、そうです」


 大量の骸骨兵が向かって来る。

 目の前に四角錘の王墓があれば、略奪者より王墓を守る亡霊と見紛う光景であったが、金刀比羅ことひら虎徹こてつにそんな関心はない。

 敵はただ、一切の躊躇も遠慮もなく、仕留めるのみ。


「兵闘に臨む者。皆陳列して前に在り」


 目の前に描く五芒星。

 三度重ねて、指を掲げる。


万魔調伏ばんまちょうぶく


 掲げた指を、描いた五芒星の中央に突き付ける。

 一点に絞られた呪力が次の五芒星へと飛びながら乱反射を繰り返しながら数を増やし、三つ超えた時には数万に届く超鋭利切断レーザーとなって、骸骨の群れを穿ち斬った。


「あなたも自身の技に名を与えてみては?」


 万魔降伏ばんまこうふく

 万魔調伏。


 これらは祝詞であって、技名ではない。

 臨で始まり前で終わる九字くじ護身法ごしんほうと同じ、訓練生の段階で教わる、自身の術をより強力にするための詠唱である。


 が、名を持つ事でより強大な力を発揮出来るはずの術に対して、虎徹は一切の名前を与えていなかった。

 愛着がない上に必要がない。虎徹の中ではすでに訓練が終了し、充分に相手を仕留められるレベルにまで至った今、わざわざ名前まで付ける意味が見出せずにいたのだった。


「必要性がない。今のままでも充分に戦える」

「確かにあなたの術は強力ですが……この先、より強力な敵と戦わなければならないかもしれないのですよ? それこそ、かの大王然り」

「……必要性が生じれば、考える」

「必要になったら教えて下さいね。虎徹は名付けのセンスが怪しいので」

「そうか」

「はい」


 名付けのセンスなど無くとも、虎徹は一切気にしない。

 戦闘に関与して来ない限り、何も考える事はない。

 少なくとも今は必要ない――戦えている限りは。敵を倒せている限りは。


 足元に広がる大量の死屍。

 崩れゆく屍から生じる塵が用紙に吸い込まれ、九相図くそうずのような絵が完成した。


「これで討伐は完了ですね」

「最大値のR級を予想していたが、O級程度しかいなかった。この程度に、十二天将を使わざるを得ないとは……今の組織は、著しい戦力不足か」

「そんな、不吉な事を言わないで下さい。それよりも、せっかく早めに仕事が終わったのですから、ここで昼食に致しましょう?」


   〈◉〉


 国境の概念が壊れた1000年前。世界は宝石の名を冠した九の領域に区分された。

 それらには未だ、多くの人々が住まっている。

 1000年前の約2割に留まる人々は、デウス・Xエクス・マキナの敷いた対魔性結界の中で、生活を続けていた。


 資料によると、当初は全人類を一か所に集めて暮らせばいいなどと宣った者もいたそうだが、結界が破られる可能性がある事。仮に襲われれば一網打尽にされかねない事を追及され、反論出来ずに否決されたらしい。


 虎徹、シルヴェストール――シルヴィはパールゴールドの人々が住まう区域へやって来た。


 結界から外へ出られる唯一の出入り口には、見るからに場数を踏んでいるだろう陰陽師と祓魔師エクソシストのペアが、門番が如く並んでいる。

 場数を踏んでいるが故に上下関係はしっかりしていて、相手が年下であろうとも、幹部の十二天将となれば一切の迷いなく敬礼した。


「掃討ご苦労様です、金刀比羅虎徹様。シルヴェストール・エルネスティーヌ様」

「ご苦労様です」


 と返すシルヴィは、隣を見て驚いた。

 頭の天辺からつま先まで、直刀が如く凛とした佇まいから繰り出される敬礼は、1000年前、最前線で魔性と対峙した軍の人々を思わせた。


「任務遂行中失礼します。十二天将、白虎。金刀比羅虎徹。この度は視察を兼ねて参りました。皆様方のご活躍、この身にしかと刻み込む次第であります」

「お、おう……それはそれは。ゆっくり、していくといい」


 皆を驚かせた敬礼を見せた虎徹は、人々の営みの中へ入っていく。

 かつて神が人間の協力を避けるため、意思疎通を難しくした言語の分割。人類は約500年の月日を費やし、これらを克服した。


 黒い肌。黒い髪。

 南アフリカ特有の肌、髪の質。

 そんな彼らが、自分達と同じ言語を普通に使っている。

 1000年前ならば違和感さえ生じただろう光景が、二人へと飛び込んで来る。


 尤も、虎徹には見えていないので、違和感など生じようもないが。


「賑やかですね」

「少し、賑やかに過ぎる」

「本部は人が少な過ぎるんです。虎徹は少し、人の中にいた方がいいですよ」

「そうか」

「そうです。さ、まずは食事しに行きましょう」

「俺には必要ない」

「そう言わず!」


 胃の九割を摘出し、食事をほとんど必要としない体とした虎徹に対して、シルヴィは見た目に寄らず大食いだった。

 王族の前では抑制していただろう食欲を爆発させた彼女は、華奢な体に次々と運ばれて来る料理を入れていく。細い体躯のどこに収まっているのか。全く変形しない体に大量の食べ物が入っていく光景は、周囲の注目を集めた。

 虎徹は見えてこそないが、咀嚼音含めた食事に関する音は拾っていたので、不思議には感じていたが、言及はしなかった。


 全く食べない男。大喰らいの女。

 正反対の二人は、周囲の色々な視線を集めて、集めたまま、店を出て行った。


「ふぅ。食べました」

「そのようだな」

「本当に食べないのですね」

「おまえは想像以上に食べるな」

「よく驚かれます。それこそ、訓練生時代には――」


 突然の事だった。


 虎徹がシルヴィの前に出て臨戦態勢に入ったのと、上空の結界に何かがぶつかったのは、まったくの同時だった。

 シルヴィは虎徹の行動にまず驚き、次に他の人々同様、結界にぶつかったを見上げて言葉を失う。


 あまりに巨大で強大。

 視界から入って来る情報が脳内で改竄されて、上手く認識出来ていない。

 まともに直視していたら死んでしまうと直感した防衛本能が、脳を使って自己防衛をしているかのように、認識する事を拒絶していた。


 せいぜいが、漆黒の塊。

 黒いもやが掛かった得体の知れない何か。

 そう見るのが精一杯で、それ以上は頭が左右に分離しそうな痛みを伴った。


「あれは、まさか……!」

「恐怖の大王……」


 咆哮、天地に轟く。

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