討伐対象:機械型魔性

 デウス・X・マキナ。祓魔師エクソシスト専用訓練場。


 魔性を見立てた光球が、空中を飛んで逃げ回る。

 追い掛けるシルヴェストール・エルネスティーヌの抜いた黎剣が一掃。放たれた50体の魔性(仮)を、わずか3分弱で狩り尽くした。

 同年代の近接系祓魔師エクソシストの中でも、トップクラスのタイムだ。


「おー、シルヴィはやぁい」


 上階から様子を見ていたミシェル・Bブック・ノートルダムは、と用紙を丸めながら食べる。

 描かれていた巨大な鮫を平らげたミシェルは、ただ立っているだけだった虎徹へと駆け寄り、脚に抱き着いた。


「虎徹、良かったね! シルヴィが組んでくれて!」

「……そうだな」


 だが今のところ、彼女が組んでくれたメリットはない。

 強いて言えば、組んでくれた事で上から文句を言われなくなった事くらいか。ミシェルの事も口外しないと約束してくれたので、本当に都合が良かった。


 しかしやはりそれくらい。

 戦闘は自分一人で事足りる。変に出しゃばる様子もない彼女には、いちいち釘を刺しておく必要もないので手間もない。


 組んでくれた事には感謝しているが、それは面倒事を回避させてくれた事に関してであって、戦闘面ではほとんど評価していなかった。

 実際、彼女が魔性と戦って狩っているところを、見ていないからだ。無論、それは虎徹が彼女に一切任せないからなのだが。


「来ていたのですか」


 トレーニングの汗を拭いながら来たシルヴィへと、ミシェルはと抱き着く。

 シルヴィ含めて初見の人は勘違いするが、ミシェルは誰にだってそうする訳ではない。寧ろ人見知りな方であり、抱擁は絶対的信頼の証であった。


「ミシェルが来たがったからな」

「そうでしょうね。あなたは私の訓練になど、興味を示さないでしょう」

「直接手合わせをした。あれで充分だ」

「そう言う人ですよね、あなたは」


 そう言うシルヴィは、もう半ば呆れ気味。

 ペアを組んでひと月程度しか経っていないが、シルヴィはもう、虎徹の性格を把握し始めていた。


「今度の遠征。十二天将、白虎はどうなさるおつもりで?」


 今度の遠征は、前回の時と同様に大人数だ。

 無論、虎徹より年上で、実戦経験も豊富な人も多くいるだろう。前回の様に、勝手な行動を取ろうとする人も出て来る可能性もある。


 その場合、虎徹はどうするつもりなのか。

 予想はしていたけれど、聞いてみたかった。

 出来る事なら、予想通りではない返答が欲しかったのだが。


「餌が要望とあらば、放つ。それだけだ」

「でしょうね。ですが先に言っておきましょう。次の遠征、私が先に出しゃばります」

「……何ゆえに」

「あなたは、私が魔性と戦っているところに立ち合った事がないでしょう。なので一度くらい、意地を張りたくなったのです。十二天将あなたのペアであると言う私の実力を、示してみたいと。そう思っただけですよ」

「俺一人でやった方が早い」

「そうでしょう。ですが、譲りませんよ、今回は。私とて祓魔師エクソシストの一人。あなたのような肩書こそないですが、ずっと後ろで守って貰うために組織に加入した訳ではないのですよ」


 元々無口な虎徹だが、この時押し黙ったのは、普通に反論の言葉が思い付かなかったからだ。


 前回出しゃばって死んで逝った者達と同じ行動原理。

 だと言うのに、予め許可を取りに来たかと思えば意外と頑なで、絶対に出ると聞かない姿勢。

 プライドが高いのか腰が低いのか、よくわからない。だから言葉が出て来ない。


 対決を挑んで来た時もそうだったが、張り合うのではなく、並び立つために向かって来る姿勢が、虎徹には上手く理解出来なかった。


 そんな虎徹へ、シルヴィはわざとらしく姿勢を低くし、上目遣いで見上げた。


「しっかり、見ていて下さい。ね?」

「……わかった」

(これが大人の魅力……!)


 ミシェルの中で、シルヴィは大人の女性判定された。


  ★  ★  ★  ★  ★


 元ヨーロッパ、レッドサファイア。

 奇しくも、シルヴィの故郷が今回の目的地。


 元はたくさんのブドウ畑が広がっていたという広大な土地には、果実の一つも実っていない。

 1000年も前の話なので見た事などあるはずもないが、かつては豊かな土地だったと聞かされると感じるものがあって、シルヴィはどこか寂しそうだった。


 人数は四組八人。


 魔性は、機械マシンと呼ばれている生物とはかけ離れた存在。

 無人でも作動し、人を殺す。そんな殺戮機械兵の総称で、階級は最低でもM。最高でW級に相当する。

 ただし、以前のメガロドンのような例外がないとは言い切れないが。


機械マシンには探知機ソナーが備わっている。それが奴らの目であり、鼻であり、耳だ。それらを速攻で封じる事で、勝率は大きく上がる」


 今回は先輩ばかりではなく、未だ訓練生の後輩もいた。

 というのも、今回は十二天将含め、祓魔師エクソシストの頂点たる十二星将の一人も来ていたので、実戦演習のような形だったのだ。


 十二星将は、12星座からなる黄道12宮を司る者達を言う。

 今回同行して来たのは、磨羯宮まかつきゅう。魔性の魔力を操るヤギを司る星の代行者。

 名を、モルドレッド。

 虎徹が十二天将になるまで、最年少での幹部昇進記録を保持していた、若き天才。

 ただ実際の歳は一つしか違っておらず、記録もたった二ヶ月程度の違いなのだが、当の本人は異常なくらいに気にしていた。


 要は、性格の持ち主である。


「まぁ要は急所ってのがあんだよ! そこをバッ! と見つけてズバッ! とやってズガーン! ってやればいけるいける!」

「モルドレッド様。それでは何も伝わらないかと」

「わかるだろ。勘で」


 相棒に吐息される。

 深い溜息の奥。自分達から離れたところで陰陽師らに指導する虎徹の説明は、モルドレッドの感覚の共有を誘うそれとは、まるで真逆。


「つまり魔性で言うところの急所、奴らの核を破壊する事が一番手っ取り早い。最終的には感覚で掴めるだろうが、最初は呪力の一番濃い部分を探って打て。核はそこか、近い場所にあるはずだ。まずは静止した状態でいい。力の流れを探れ」


 これ以上ないくらい理屈的。

 徹底した分析を根拠に説明する姿は、訓練生に初歩の初歩を教える訓練教員と重なるものを感じて、モルドレッドは懐かしむと同時に悔しがった。


 自分より上手く説明し、理解を得る虎徹。

 陰陽師と祓魔師エクソシストの垣根を超え、共に最年少で頂に立った者同士として、自分ばかり劣っている部分を見せるのは癪だ。

 差別以前に、モルドレッドは祓魔師エクソシストでも屈指の負けず嫌いだった。


「いいか! とにかく自分の勘を信じろ! 今までの訓練の成果を信じろ! 今までの訓練で培ってきた事全て、この一戦に叩き出せ! 相棒含めた陰陽師共に、一泡吹かせてやろうぜ!」

「隣は騒がしいが、競争する必要はない。ただ狩ればいい。以上だ」


 対極。


 全く相手にしない虎徹の姿勢が、モルドレッドに火を点ける。

 味方の祓魔師エクソシストに熱い言葉を掛けておいて、火が点いてしまった一番の負けず嫌いは、真っ先に敵へと向かって行った。


 相手は扇風機とヘリコプターとチェーンソーとが合体した、人型全身回転マシン。

 両腕のチェーンソーを回転させて斬り掛かって来る魔性に対して、モルドレッドは禍々しい祓力ふりょくを纏った漆黒剣で立ち向かう。

 曰く、魔女から生まれたとされる男の持つ剣は、組織では魔剣と呼ばれていた。

 魔性の刃にも劣らぬどころか、真正面からぶつかって力負けしない程の力を宿した剣で敵を両断。爆散させたモルドレッドは「どうだ」とばかりに視線を送っていたが、送られている方は完全に無視していた。


 万物切断。

 指先で描いた軌跡を辿った斬撃が、鉄の体を両断する。

 敵に向かって斬り掛かる勇ましいモルドレッドとはまた対極的な、スマートな戦闘スタイル。技と術という正反対の戦い方を比べる形で見せられた後輩らは、未だ若いからか、力任せに見えたからか、モルドレッドよりも虎徹に対して感嘆の声を漏らす。


 これに対して、モルドレッドは拗ねた子供の様に頬を膨らませて悔しがった。


 そんなモルドレッドに、彼女は負けじと続く。

 ただ皮肉かな。モルドレッドに看過され、背中を追い掛けた訳ではない。隣で戦う彼に追い付かんと、置いて行かれまいとひた走っていた。


「出しゃばらないのか」

「今、行きます!」


 シルヴェストールが踊る様に出る。

 襲い掛かって来た魔性の振り下ろすチェーンソーと衝突。火花を散らしながら押し切り、弾いて振り回す。

 態勢が崩れ、空中で自身を御し切れずに混乱する魔性の背後から、振り被って繰り出した斬撃が、魔性の頭部を打ち砕き、全身に亀裂を生じさせて破壊した。


 同型の三体がやられ、魔性は数で押して来る。

 ゴミ収集車と耕運機が合体したような機械仕掛けの猪が群れを成し、大地を耕すどころか、鋭利な蹄を突き立てながら突進して来る。

 質量ではまず敵わない。

 が、こちらは双方術師。単純な力比べを望む相手とは、それこそ畑が違う。


「虎徹、手を出さないで下さいね。ここからは……更に少々出しゃばらせて頂きます!」


 高らかに宣った彼女は、さながら百年の戦争を鎮めた聖女が如く、勇ましい背中を見せ付けながら、魔性の群れへと突っ込んで行く。

 ただし言葉とは裏腹に、彼女は自らの意思で、剣を手放した。


 単純な話だ。

 この場では要らない。それだけの事。


武装錬金ぶそうれんきん!!!」


 剣を捨て、己が身をも捨てた彼女を呑み込まんと、魔性の群れが肉薄。

 しかし、次の瞬間に呑まれたのは一体で数トンはあろうと言う鉄の巨躯。

 全身細切れにされた魔性が爆散し、次々に無へと還っていく光景を、他はただ見るしかない。


 ただ呆然と見ているだけでなく、性別も年齢も関係なく、陰陽師も祓魔師エクソシストも皆等しく、見惚れていた。

 我が身を投じた戦場を舞台に、鋼鉄の武装ドレスを纏って踊るシルヴェストールと言う女の背中に。


 この先、十二天将、白虎の相棒。戦乙女と呼ばれる事となる彼女の逸話は、この時より語られる事となるのであった。

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