第3話

 部署に戻り、バケツ頭をひとまず応接室へ隔離した。離島の狭い建物だ、閉じ込めておける場所は少ない。ソファに座らせると、黒い合皮に白い砂がパラパラと散った。


 黒災対策委員の中央本部へ電話をかけるも、混みあっているのか一向に繋がらなかった。仕方なく、西日本支部へと電話をかける。



「はい、こちら黒災対策委員会西日本支部。あれ、ミクニやん! どしたん? そっちから電話かけてくるなんて珍しいなあ」



 代表のアカネさんが、俺は少し苦手だ。その早口になんだか圧を感じて焦ってしまう。



「いや……少し、報告したいことがありまして」



 俺はどう話したものか、と思いながら、島での出来事をはじめから説明した。アカネさんは時折オーバーなリアクションを入れながら俺の話を聞いている。最後まで話し終えると、アカネさんは小さなため息をついた。



「またなんか厄介なことになったなあ。とはいえ今こっちもてんやわんやで、そっちまで行ってる余裕もないし……。とりあえずしばらくそっちで預かっといてえな、研究対象ってことで!」



 アカネさんはあっけらかんと、一息にそう言ってのけた。



「報告書は本部の方に送っといて、私からシノさんの方に言うとくし! 大変やと思うけど、研究の予算も下ろすし、そっちの申請書もよろしく。あ、私もう行かなあかんわ。じゃあ、あとよろしくね!」



 俺が反論する余地もなく、アカネさんの方から電話が切られた。ツーツーという終了音がこんなにも絶望的に聞こえたことはない。隊員たちからの視線が痛かった。



「……あれは、しばらくこっちで面倒見ろとのことだ」



 えー!と抗議するナオヤの大声が耳に入る。どさりと椅子に腰かけると、途端に疲れが回って頭が重くなった。とにかく、報告書だけでも作成しなくては。



「ゴウ、あれへの研究費用が下りるから、申請書作っといてくれ」



「おう、それはいいが、大丈夫か?」



「……大丈夫だ」



 ここの隊長は俺だ。いくら未曾有の事態とはいえ、俺が参ってしまうわけにはいかない。パソコンを立ち上げていると、あれがいる部屋の方を気にしていたシグレが立ち上がった。



「私、あの子の様子見てきます」



 シグレは俺からの返事も待たずに事務所から出て行ってしまった。



「あーあ、あの子とか呼んで、感情移入しちゃってまあ」



 ナオヤが頬杖を突きながら、嫌味ったらしくそんな風に吐き捨てる。



「ナオヤ、お前シグレと交代しろ」



 そう言うと、ナオヤは露骨に嫌そうな顔をした。



「嫌ですよ。俺にあれの面倒見ろって言うんすか?」



「どうせしばらくここにいるんだ。慣れといて損はないだろ。それにシグレには始末書を書いてもらわなきゃならん」



 ナオヤは行きたくなさそうに頬を膨らませていたが、促すように視線を送れば、舌打ちをして席から立った。


 ゴウはそれを横目で見て、ほんの少し肩をすくめた。



「同情して感情移入しちゃうシグレちゃんもあれだか、必要以上に毛嫌いするナオヤもなあ」



「ゴウは、どうなんだ?」



 老眼鏡をかけながらパソコンに向かうゴウは、ほんの少し小首をかしげた。



「俺はもう、なるようにしかならねえと思ってるんで」



 そうか、と返事をして報告書に手を付ける。しばらくしてから、シグレが事務所に戻ってきた。



「あの、勝手に出て行って、すみませんでした」



 ナオヤに八つ当たりでもされたのか、シグレの表情はどんよりと曇っていた。今にも泣きだしそうな顔で席につく。目の前に座っていたゴウと目が合い、お互いに苦笑いをした。



「まあ、あんまり肩入れしすぎるな。あくまで研究対象だ。今はひとまず人工衛星の件の始末書を書いてくれ」



「はい……」



 今にも泣き出しそうな顔をしながら彼女はパソコンの電源を入れる。後頭部で結ばれた黒いポニーテールも、悲しんでいるようにうなだれて見えた。

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