閑話 勇者マグニ・名も無き島のセベク

 島に小舟が流れ着いた。

 嵐の中を漂流したのか、ボロボロの外観は何とも酷い状態だ。

 船としての形を保ったまま、砂浜に漂着出来たのが奇跡と言っていいだろう。

 そして、この小舟を発見したのがセベクだったである。

 これは運命の悪戯だったのかもしれない。


「何だ、これは?」


 小舟を訝しみ、調べることにしたセベクが見つけたのは、おくるみに包まれた人間の赤ん坊だ。

 赤ん坊はこのような状況でも驚いたことに安らかな寝息を立てていた。

 その寝顔を見ていたセベクの中に今までになかった感情が芽生えたのはこの時である。


 戦鬼と呼ばれ、戦いの中で生きてきたセベクがなぜ、拾った人間の子を育てようと考えたのかは誰にも分からない。

 ただ、この時を境に名も無き孤島の空気が明らかに変わったのは間違いないだろう。

 これまで闘争に明け暮れていた島が一変した。

 慣れない乳飲み子の世話に奔走するうちにセベクだけではなく、周りの者達もいつしか、感化されていったのだ。




 宵闇の色に染められたような黒い髪と紅玉ルビーの瞳が伝説に謳われる漆黒のライオン黒獅子を連想させることから、島の拾い子はレオニードと名付けられた。

 レオニードは島に住む獣人や魔物に育てられた。

 不器用ながらも愛情深い彼らと接するうちに情が深い子に成長していったのだ。


 名も無き島の住人は孤島に取り残されたかのように独自の進化と発展を遂げた亜種と言うべき存在である。

 例として、世界各地に生息するゴブリンを挙げてみよう。

 島のゴブリン亜種は体格が一回り程は大きく、体色も緑ではなく青紫色に変化している。

 鋭い鉤爪や肩口から、棘のような突起物が生えており、より戦闘に特化した個体へと進化したと言うべきだろう。


 だが、島の住人はその恐ろし気な見た目とは裏腹に紳士的ともいえるほどに普段は穏やかに暮らしている。

 戦いに生きる者としての矜持に拘った誇り高き戦士であることが彼らの全てといっても過言ではない。

 彼らにとって、戦いは生き甲斐ではあるものの無駄な戦いはしないのだ。


 そんな彼らを束ねる立場にあるセベクから、無償の愛を注がれたレオニードは獅子の名に恥じぬ成長を見せていく。

 幼いながらも自分よりも遥かに大きな魔物が喧嘩をしているところに仲裁に入る姿に、どこか王者としての風格があると目を細め、見守るセベクの顔には父親としか思えない穏やかな表情が浮かんでいた。

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