幕間 動き出す神々

閑話 勇者マグニ・雷神の子

 ミドガルドは肥沃な大地が広がり、温暖な気候に恵まれている。

 人々は平和な時を謳歌していた。

 この地を治めるのは神々の王オーディンの御子トールだ。

 必中の魔法の鎚ミョルニルを自在に操る雷神であり、軍神としても知られる勇猛果敢な男である。


 トールはオーディンの息子ではあるが神々の女王フリッグの子ではない。

 彼の母親は巨人族の娘だったと伝えられている。

 その名すらも意図的に削られたかのように伝わっていない。

 しかし、美しく、また勇壮な乙女であったことのみが伝わっている。


 それゆえか、トールは巨人族の気性を正しく受け継いでいた。

 苛烈で妥協を許さない厳しい戦士としての気性である。


 トールの妻は長く、美しい金色の髪で知られる暁の女神だ。

 二人の仲は決して、悪い訳ではなく、その仲睦まじさでも知られる夫婦だった。

 ところがトールはある過ちを犯した。

 父オーディンと同じく、巨人族の娘イェルンと愛を交わしてしまったのだ。


 これはトールと巨人族の娘イェルンの間に生まれた息子マグニの物語である。




 ミドガルドが面する南洋を遥か南へと行ったところに誰も名の知らぬ島があった。

 健脚な者であれば、一日で周囲を軽く、踏破が可能な程度の広さしかない小さな島だ。

 絶海の孤島とも言うべきこの島は無人島かと言えば、そういう訳でもない。

 ただし、その住人は人間ではなかった。


 亜人と呼ばれる獣人の部族と魔物が棲まう島なのだ。

 島にはたった一つだけのルールがあった。

 弱いものを守る。

 この簡単なルールを守るだけで島には平穏な時が流れていた。


 ルールを決めたのは獣人――魔物として知られるリザードマン――のリーダーであるセベクという男だ。

 厳めしい顔をしており、長い口吻からはみ出した牙が見えている。

 水辺の捕食者として知られる狂暴な生物に良く似ていた。

 身体もハーブを煮出したような深みのある緑色の角質化した鱗に覆われ、大柄で強靭な肉体は屈強な戦士そのものだった。

 実際、セベクはその体躯を生かした戦巧者であり、勇猛な男である。


 かつての彼は強さのみ、力のみを信じる荒くれ者だった。

 狭い島では常に血みどろの戦いが繰り広げられている。

 それはまるで戦わなければ、生きる価値がないと言わんばかりの荒んだ世界だったのだ。


 しかし、セベクの……そして、島の歴史を大きく変える運命的な出来事が起きた。

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