第6話 病的なまでに不健康な心

「うーん…」


軽く体を動かしてみる。

ほぼ軽傷ではあるとは言え、体が少し疲れている。

こういう時は少しだけ休んで、回復を狙うのが吉である。

未だ振動しているデバイス。確認してみれば自らの入札額が『5000万』を越えていた。


「(後で最高入札額適合者図鑑でも見るか)」


『ヴンダーカンマー学園』には毎年発行されている本がある。

それは『最高入札額適合者図鑑』であり、月間、年間、歴代、の順番で適合者の入札額が記されている。


無論、久島五十五は自らの入札額がかなり良い所まで行っているかもしれない…なんて考えはない。

基本的に無価値でも平気であった彼は適合者の入札額に対して無頓着であり、そういった授業の最中でも彼は話半分で聞いていた。

こんな時こそ、ちゃんと話を聞いていれば、と少しだけ後悔しながら、久島五十五は歩き出す。


因みに、デバイスで調べれば一発で分かる情報だ。

機械音痴な久島五十五には、デバイスの使い方も一苦労であった。

基本的に一般的な落札額は約1000万程、久島五十五の入札額は平均適合者が五体購入出来る程の価値であった。


保健室へと到着する。久島五十五は保健室へと入るが、その部屋には誰もいない。

病室には、暖かな空気と、体に漂着する蒸気が漏れている。

保健教諭は何処にもいない為に、久島五十五は適当に休む事にした。


「(あれ?先客か)」


そう思いながら久島五十五はベッドを見るとカーテンが敷かれている。

恐らくは誰かが寝込んでいるのだろう。そのまま通り過ぎようとして、カーテンから声が聞こえて来る。


「はぁ…はぁ…」


苦しそうな声だった。その声を聞いて、久島五十五は不意に聞き覚えのある声だと思った。

そしてカーテンの前から声を掛ける。


「もしかしてハル姉さん?」


そう言った。その声に反応すると、ベッドから体を起こしてカーテンを引く。

底には、栗色の髪をした女性が、髪を乱しながら目を潤ませていた。

額には熱冷まし用のシートが貼られていて、シャツは汗で濡れている。


「スズくん…はぁ…どうかしたの…だいじょうぶ?」


顔を真っ赤にしている、宮古ハルメンがそう言った。

大丈夫かと聞きたくなるのはこちらの方だ。

極めて病弱な肉体を持つ宮古ハルメンに、久島五十五は心配そうに聞いた。


「体調、悪いんですか?」


何時もの事だ。

彼女はダンジョンとの相性が悪い。

毒素を分解する機能が弱く、ダンジョンへ向かい攻略作業を長時間行う事は出来ない。


「…ちょっと、だけ…うっ」


嗚咽。

異物が胃から吐き出される、我慢をしようとするが間に合わず、咄嗟に手で抑えるが、指の隙間から吐瀉物を撒き散らす。


「う、えっ…えぇ…っ」


地面に広がる彼女の吐瀉物、久島五十五は彼女の元に近づいて背中を撫でた。


「ハル姉さん、全部、出した方が良いですよ、後片付けは、俺がしますから」


「う…あっ…ごべ、ごべんねっ…うぇっ…」


涙を流しながら吐き続ける彼女に、久島五十五は付き添った。

久島五十五は宮古ハルメンの吐瀉物を手慣れた手つきで掃除していく宮古ハルメンはベッドに座ったままえずいていた。

羞恥心と久島五十五が自らの吐瀉物を掃除していく申し訳なさ自分のあられもない姿を見られて心が病んでいるようにも見える。


「ごめんなさい…ごめん、なさい…」


うわ言のように宮古ハルメンはそう呟いていた。


「別に謝るほどでもないですよ」


久島五十五はそう言って笑いながらバケツを持ってくる。


「服も脱いだ方がいいですね」


衣服に吐瀉物が付着しているとは言わなかった。

彼女は久島五十五に言われるがままだった涙を流して顔面をぐちゃぐちゃにしながらもシャツのボタンをひとつひとつ丁寧に外していく。

シャツを脱いでキャミソールを脱ぐ。

彼女の上着は流されて背中に手を回す。

彼女の胸を支えるブラジャーが外されては胸が上下に揺れたたわわに実った胸が下着という抑圧から解放されて膨大な胸部が揺れる。


「はぁ…はぁ…」


呼吸は荒くなっていた彼女は自らの胸を手で押さえていた久島五十五は彼女がなぜ下着を外したのかふと疑問に思ったが、彼女の吐瀉物が素肌にまで浸透したのだろうだから下着も濡れてしまったのだろう。

とりあえず久島五十五はそう思う事にした。


「濡れタオル持ってきますね」


そう言って久島五十五が彼女の衣服を受け取ると共にその場から離れようとする。

しかし、彼女は涙目になりながらただ首を左右に振っていた。


「どうかしましたか?」


久島五十五はそう言って彼女の様子を伺う。

彼女の表情はまるで夜を怖がる子供のようだった。


「お願い…、迷惑だと分かっているけど…一人は嫌なの、…ごめんなさい、私のそばに…、そばに、いて…」


これ以上彼の側にいても自らの失態を露見するしかない。

それでも彼女は久島五十五のそばにいて欲しいと願う。

彼女の涙に久島五十五は優しい目をした。


「大丈夫ですよ、すぐに戻ってきますから。新しい服を用意しないとそのままの姿じゃ体調が悪くなってしまいますからね」


そのままの姿で彼女を眠らすわけにもいかないので久島五十五は自らの上着を脱いで彼女の肩にかけた。


「10分で戻ってきますから、安心してください」


それだけの言葉を残して久島五十五はその場を後にする一人残された宮古ハルメンは咳をしながらベッドに横たわる。


心寂しい彼女は彼の上着を強く握って衣服の一部を自らの鼻に添える。

久島五十五の衣服からは久島五十五の残り香が香ってくるはずだった。


「(違う)」


宮古ハルメンは心の内で呟く。

久島五十五の匂いではない久島五十五の匂いは確かにあるだがその匂いに混ざる香水のような女の匂いが付着していた。

久島五十五がその上着を他の女子生徒に貸していたために匂いが付着していたのだ。


「(あの人のにおいがしない…他の人の臭いが混ざってる、スズくんは…他の人の、ものに…)」


そう思うだけで心が破裂しそうになる。

どうかこの疑惑を晴らして欲しい。


「(いや…いやッ、そんなの嫌…スズくんが、ずっと、私の事、想ってくれないと…私が、彼が居ないと駄目だって事を、ちゃんと、見せないと…もっと、もっと、駄目にならないと…)」


彼女は恥を覚える。

この先も失態を犯す。

そうすれば、久島五十五が振り向いて世話をしてくれるから。

だから彼女は、間違いを繰り返す。

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