第5話 ファン

「おめでとう、強くなったじゃない、私の玩具を壊すだなんて」


自らの購入した適合者がやられているのに、彼女は嬉しそうに手を叩き拍手をしていた。


「…はぁ、レインドールさん、大人しく引いて下さいよ」


ネクタイを締め直す久島五十五。

シャツの襟を整えて、ネクタイをきっちりと締め直した後に少しだけ緩めた。


彼の行動を見逃さず、じっと見つめている宮古レインドールは、校舎へ向けて歩き出す。


「そうね、今日の所は、あなたの健闘を讃えて引いてあげるわ、けど…ねぇ?」


未だ、その場に腰を降ろす少女に向けて睨む宮古レインドール。


「今度、舐めた台詞吐いたら、この程度じゃ済まさないわあ」


その言葉だけ彼女に捨てる。びくりと体を震わせて、ゆっくりと頷く少女。

そして宮古レインドールは帰って行った。


「…はぁ、過激だな、レインドールさん」


「ご、ごめんなさ、っ、私…」


涙を流す女子生徒に、久島五十五は困ったように笑う。


「いいよ。…俺は気にしてない、そういう事を言うのも、人の勝手だからさ」


久島五十五は疲弊した表情を浮かべる。


「…まあ、分かってるからこそ、怒り難いから…こっちもごめんね」


そう、久島五十五は女子生徒に謝った。


ことの発展は、先程の女子生徒の発言だった。


『久島五十五って馬鹿だよねー、ここは自分の価値をアピールする場所なのに、オークションシステムすら使ってないなんてさー』


女子生徒グループによる談笑。

彼女たちにとっては体の良い、人を貶す事で共感性を得る会話でしかない。

だが…、恐らく、大多数は知らない。

宮古レインドールの沸点の低さ、何が地雷であるかどうかを。


『なんだか、苛立って仕方が無いの、だから、イジめてもよろしくて?』


宮古レインドールが女子生徒にそう語ると共に、先の惨状が広がった。


「(悪女、悪役、悪鬼に、悪魔…様々な言われもあるけれど、事実である事には変わりないわ)」


校舎から宿舎へ、宮古一族が買収した豪邸が如き宿舎へと参り、自らの自室に入る。


「(誰かを傷つける事に、自分は痛みを感じない。愉悦すら感じる、他者なんて所詮は私を愉しませるだけの道具なのだから)」


ベッドに直接腰を降ろし、リモコンで電気を付ける。

部屋の一面には、久島五十五の写真が張り付けられてあった。


「でもそれにしてもかっこぃいいぃいい!!久島くん今日もかっこよかったぁああああ!!!」


叫ぶと同時にベッドの横にある抱き枕(久島五十五の写真がプリントされた)を思い切り抱き締めながらベッドの上を転がる。


「早く、早くっ!動画、動画みないと、今日の久島くんの奮闘をっ!えいっ、ええぇいい!」


手を叩くと共に部屋の中に入って来る一人の女性。

おさげに刀を所持した女性がデバイスを持っていた。


「今日も良い動画撮れたかしら?早く、早く見させて頂戴っ!!」


頷くと共にデバイスを渡す。

動画を確認すると、校舎から映される久島五十五の姿があった。


「あぁあ!もうなにこれ、ネクタイ、ネクタイ外してる、これ卑怯!明らかに狙ってる、もうぅうう!推せるぅぅぅううう!!ちゃんと、音声も撮った?!」


女子が頷くと、音声ファイルをデバイスから開く。


「『この程度の人数じゃ、俺の意志ギアは歪まない』」


「あああああっ!ん決め台詞ぅう!!『俺のギアは〇〇ない』の変化球来たもぉお!!はあ、はあああっ!!」


近くに置かれたジップロックを開くと、中にある久島五十五のネクタイを嗅ぐ。

それをする事によって彼女は安静を取り戻す。精神安定剤の役割でもしているのだろうか。


「そこまで好きなのですか?」


「当たり前でしょぉおお!?世界でただ一人、この私が推してるくらい好きなのよぉお!?」


自分の基準がどれほどのものなのかは分からないが、とにかく、それ程好きと言う事なのだろう。


「それ程好きでしたら、何故わざわざ嫌われる様な真似を?」


宮古レインドールの行動、悪女は、明らかに久島五十五に嫌われる行為でしかない筈なのに、それでも彼女は悪女と言う立ち位置を崩さずに彼と接触している。


「はぁ…これだから素人は」


彼女には彼女なりの考えがあったらしい。


「私はもう、彼とは結ばれるとは思ってないし、思わないわ…彼の意志の強さ、気高さ、それは私とは相いれない、だからこそ美しいものがあるの、お分かり?」


「なう」


適当に頭を振る女子。

いわば、意志がはっきりとしている久島五十五が、悪女である自分に靡くとは思わないし、靡いてはならないと思っているのだ。


「だからこそ、私は悪女を徹して彼に接敵する、そうすれば…彼の人生に私と言う悪役が噛み合うの、まるで、歯車の様に…んふふ」


上手い事を言ったと思い、一人笑う宮古レインドールだった。


「あ」


そういえば、と思い出す女子。

ポケットからデバイスを取り出して彼女に見せる。

そこには、久島五十五の『オークション』が開催されている情報だった。


「え?うそ、オークション、彼が?!…え、えぇ…」


困惑している宮古レインドール。


「買う?」


と聞く女子に首を左右に振る。


「買うワケないじゃない…こんなの久島五十五じゃないわ…いや、もしかして、誰かに悪戯された?オークションを誰かに開かれた?そう、そうね、そうよ。間違いないわ、久島五十五は無価値だからこそ価値のある人物。そうに違いないわ」


独自で曲解して頷く宮古レインドール。

自らの理想像が、ズレていくのが嫌だったらしい。


現在の入札額『5000万』を越える。





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