第15話 未確認恋情

「・・・・なんかあったね?」


「へ!?」


「・・・肌が違う!!」


昼休みの食堂で亜季に捕まるなり、にじり寄られて佳織はヒールを踏み鳴らして距離を取る。


もちろん、話すつもりだったわよ!!


でもね、昨日の今日で・・・心の準備が・・・その・・・


視線を泳がせる佳織の顔をまじまじ見つめて、亜季がにやっと意地の悪い笑みを浮かべた。


「ふーん・・・そうなんだぁ」


「・・・なにがよ・・」


ちらっと視線を合わせたら、亜季が唇を持ち上げる。


「良かったじゃない」


全部お見通しらしい。


さすが亜季様だ。


伊達に佳織と7年も親友やっていない。


「・・・・・アリガト」


「樋口の粘り勝ちね」


「かな?」


「あんたには、あれくらいが丁度いいわよ。多少強引なのは否めないけど」


昨夜のやり取りを思い出して、佳織は重たい溜息をついた。


結局押し切られる形で、朝まであの部屋で過ごしてしまった。


甘ったるい鎖に繋がれてしまったいま、紘平の事がすでに恋しい。


「・・・・まぁね・・」


「なぁに?さっそく押し切られたの?」


「・・・ち・・違うけど・・」


「あんた、私に嘘吐いたって無駄よ」


「・・・・すいませんねェ」


「いいじゃない。2年も離れてたんだからさ。どれだけ時間があっても足りないんでしょうよ。あの男は」


「やめてよ・・・家に帰れなくなったら困る」


有り得そうで怖い。


「・・一番有り勝ちなパターンじゃない」


面白そうに亜季が笑った。


他人事だと思って!!!


嬉しいやら恥ずかしいやらでどんな顔をすれば良いのか分からない。


不貞腐れた微妙な表情の佳織を見つめて、亜季が良かったと改めて口にした。



★★★★★★


「すいませーん、辻さん」


カウンター越しに呼びかけられて、パソコンから向き直れば、そこに居たのは営業部の若手のイケメンホープ、大久保瞬が立っていた。


それも可愛い彼女ではなくて、佳織へのご指名だ。


怪訝に思いながら席を立つ。


瞬が彼女向けの甘ったるい笑みを浮かべて友世に手を振っている。


「可愛い彼女じゃなくて、私に用なの?」


「お疲れさまです。これ、預かってきたんですよ」


そう言って、彼は右手に持っていた何かを佳織の掌に落とした。


銀色の・・・見慣れた鍵。


なんで!?


咄嗟に握ってしまってから声を上げた。


「ちょ・・・これ・・・」


「ハイ、樋口さんから。絶対受け取らせて来いって言われてたんで・・じゃあ、失礼します」


ぺこっと頭を下げて、瞬がフロアを抜けていく。


颯爽とした後ろ姿に、女性社員のため息が聞こえてきそうだ。


・・って溜息ついてる場合じゃなくて!!!何なのよこれ!!!


「瞬、なんの用事だったんですか?」


おっとりした口調で友世が尋ねてくる。


「え・・・?あ・・・ああ・・書類をちょっと・・」


しどろもどろの言い訳を口にした挙動不審な佳織に、友世が首をかしげる。


「書類・・?・・・あ・・・佳織さん」


「な・・・なにかな?」


何かに気づいた様子の後輩の許へ向かうと、こっそり耳打ちされた。


「キーホルダー、見えてますよ?」


しっかり握りこんだつもりだったのに皮のキーホルダーが指の隙間から落ちていたらしい。


「え!!!」


「・・・上手く行ったんですね。おめでとうございます」


「・・・・・友世ー・・」


「今度、飲みに行きましょうね!!」


晴れやかな笑みを浮かべて、友世が良かったです!と微笑んだ。



★★★★★★



別に紘平を待ってたとか、期待してたとかそんなんじゃないですから!!!


至っていつも通りの休憩ですから!


場所が、二人しか知らない場所ってだけでそれ以外に意味なんてありませんから!!


だ・・だって14階は人多いし・・・


ついいつもの場所に足が向いてしまい、眠気覚ましのブラックコーヒーを飲んでほっと一息吐いたら、砂利を踏む足音が聞こえてきた。


「で?今日も来るよな」


なんで疑問形じゃないんだろう・・・決定事項?


顔上げるのも面倒くさくて、佳織は缶コーヒーを見つめたままで言い返す。


「今日も明日も明後日も帰るから」


「鍵受け取っただろ?」


「大久保君が来たら、受け取らなきゃしょうがないでしょ!!」


「・・・・だよなぁ」


「こんの・・・策士!」


キッと紘平を睨み返したら、近づいてきた彼が煙草を持っていない方の手で、佳織のコーヒーを持ち上げた。


「何を今さら・・・珍し・・ブラック?」


誰のせいだと思ってんのよ!!


「おかげで寝不足よ」


佳織の言葉を聞いて、楽しそうに眼を細めた紘平が煙草に火を付ける。


紫煙がゆっくり空に上って行く。


「そのうち慣れるって」


「慣れたくないわよ!大体、毎日外泊するわけにいかないでしょ。亜季のとこって言ったって限度があるし・・・」


「嫌だとか言いながら、色々考えたんだ?」


「!!」


墓穴を掘ったことに気付いて、慌てて口を閉ざす。


と、図ったみたいに唇が触れた。


本当に油断も隙も無い。


「近いうちに、おばさんに挨拶に行くから」


「・・・・は?」


「今後のこと、お前が不安にならないようにちゃんと話しよう」


・・・・強引だし、勝手だけど・・・こういうところは・・・好きだと思う・・・


素直に頷くのは悔しいから、精一杯の強がりで呟いた。


「考えとく・・」


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