無双の剣鬼

マイタケ

第1話

 「一、ニ、三、四……」


 一人の男が刀を振っていた。レザーの軽そうな装備を身に付け、まるで何かに取り憑かれたと思う程の気迫を纏い振るう剣には何処か気品すら感じるものであった。


 「百、一、ニ、三……」


 山の山頂、それも世界で一番と言われる標高と危険度を持つラウラリア山で日課である素振りをこの男は続けている。


 「千、一、ニ、三……」


 其処から見える景色はまさしく絶景、まさしく自然そのものであった。此処が神の住まう場所として神聖視され、一般人が入る事を禁止され千年が経ったのにも納得がいく。


 「二千、一、ニ、三……」


 それでも男は刀を振る。自分の仕事は此れなのだと云わんばかりにただただ上から下にの繰り返し。そして…


 「七、八、九、一万……っと。」


 素振りを初めて約二時間。一万回という驚異的な回数を持って男はようやく一息ついた。男の足下は自身の流した汗で水溜まりが出来ており、人の身で在りながら達成出来た事は信じられない程であった。しかし男はそんな自身の行った行動に感動も達成感もない様な雰囲気で水分を補給していた。


 「アルバート·レイスッ!」


 そんな中、この神聖な山には似つかわしくない程の大声でこの男、アルバート·レイスは勝ち気そう少女に名を叫ばれた。


 「ん?…ああ、リリアか…。」


 その声に反応し、何だよという様に少女、リリア·サウザンドラへと振り返って言った。


 「何がああ、リリアか…。よ!また、此処で剣を振るうなんて信じられないわよ!それに今日はアンタに依頼しようと思って朝から色々と手を回してたのに、何でログハウスに居ないのよ!」


 怒り気味にアルバートに告げる。だが、此処ではリリアの意見が正しい。そもそも此処は神聖な場所、言い換えるならば禁足地なのだ。いくら管理者や番人が居ないからといっても、おいそれとこの国の王族ですら十年に一度しか入らない場所でまるで自分の家の庭の様に扱うアルバートはただの異端者であるからだ。


 どれだけ此処に来るのが大変なのか分かっているでしょとリリアは自分の忠告と苦労を全く聞きやしないアルバートに青筋を立てて捲し立てる。まあ、彼女の労力は半端なモノではない。根本的にアウトなラインを彼は越えており、いくら魔法を使えて標高一万二千メートルあるこの山を登れるとはいえ、其処までして得られるものが相手の聞き流しとくれば仏だろうが拳を握りしめ殴るだろう。


 「またその事か…。何度も言うが俺は従う気はない。何故用もないのにそっちの都合でこっちが待ってなければいけないんだ。」


 ただの暴論であった。リリアの思考の中に残ったのは怒りのみであった。しかしその感情を抑え込みアルバートに自身の目的を言うほうが先決だと思い込んだ。


 「はあ、まあいいわ。それで今回の依頼だけど…」


 「ちょっと待て。」


 リリアの依頼、それを聞く前にアルバートは何かを探るために静寂を求めた。それに対してリリアは黙って従う。こういう時の彼は大抵の場合何かを引き起こす、故に従いそして何が起きても良いように準備する。


 この準備のためにリリアが自身の肉体に魔力を巡らせた時、それは訪れた。


 「グゥォォォッッ!!!」


 途轍もない咆哮、それと同時に姿を現したのはワイバーンであった。しかしそれは何もかもがであった。


 「何よ、あの大きさ…。」


 あの凄まじい咆哮に対して咄嗟に防音魔法を使っていたのが功を奏した。特段怯むことなく、硬直もせずに対面出来たのは幸運だった。


 (通常個体の三倍はあるわね。それよりもさっきのは危なかった…あの咆哮、まず間違いなく防音魔法がなければ聴覚と平衡感覚は持っていかれていた。でも、まさかヒビを入れられるなんてね。)


 リリアは少し驚いていた。普段の仕事柄こういうタイプの敵は何度か相手にしたことはあったがいくら規格外とはいえ、いくらほぼ不意打ちに近い形とはいえ、、通称イモータルの総大将の魔法にヒビを入れられたのだ。それもただの咆哮というある程度の生物なら普通のものでだ。しかし、眼前に居るそれは決して普通じゃない。間違いなく発見次第討伐を即時決定し、対処するような部類である。


 どう対処するか、リリアが考え始めた時アルバートは彼女の方に振り返る。


 「なあ、これが依頼か。」


 それは確認だった。まるで何事も無かったかのように何時もの平坦で感情が読めないある種機械的な声で問うていた。


 「いや、全く関係ないわよ。それにいくら規格外とはいえこっちでも処理は可能だからね。」


 どうやらリリアの目的は此れではないらしい。いや、恐らくは状況次第では後々の依頼に成るかも知れないが。


 「そうか。」


 ただ一言の返答をして前に顔を向ける。


 「なら、コイツ貰って良いか。」


 それはアルバートのお願いであったが、その実はただの決定事項だった。何故なら彼は既に自身の得物を手にしてワイバーンを睨み付けていたからだ。


 「はいはい、勝手にして。ただ、持って帰りたいから粉々にはしないで。」


 その様子に対して半ば呆れた感じでリリアは承諾した。こうなるとアルバートはテコでも自分の意見を曲げないという事を知っているからだ。それに、もう返答は無かった。あったとするなら、それは彼が使う技の名とその軌道だけだった。


 ところで、この山の山頂付近は天候というものが存在しない。より正確に言うならば高過ぎて気候の変動がないのだ。だから此処は必ず晴れであり、気温がその標高故に低い。あっても風が強く吹いたり吹かなかったりの程度しか変化しない。だから決してなんて事はありえないのだ。


 「一天一流、雷鬼。」


 名は体を表すとは本当なのだろう。アルバートはただ技を使っただけだが、それは正しく雷速でワイバーンの命を屠り、辺りには轟音が鳴った。断末魔を上げる時間も無く、頭を無くしたそれは静かに麓へと墜ちていった。それを彼は見届け、刀をしまい静寂が帰ってくる。


 「相変わらず出鱈目な剣技ね。さすが無双の剣鬼ってとこかしら。それに、アンタそんな出力があってまだ満足してないの。」


 この一連を見ていたリリアは問いかける。だがそれは当然だろう。人間という枠組みの中で一体だれが雷のごとき技を繰り出せるのだろうか。それも平然と、さも当たり前の様にしているアルバートは何故貪欲にも鍛練を積み重ねる必要があるだろうか、疑問に感じる。ただ分かることが有るならアルバートはまだまだ成長し、進化するのだろうというものだけしかない。


 「足りない。まだ足りてないさ。」


 空を見上げて呟く様に吐いた言葉は天に登って消えていった。


 「ふーん。まあいいや、それよりも今度こそ依頼よ。」


 「…ああ、あったなそんなものが。それで、一体なんだ。」


 言葉通りに思い出したかの様に、本来の目的をリリアは伝える。


 「貴公をアリスト王国立第一学校の教師に任命します。」


 「は?」


 その依頼を聞いて、アルバートは先程まであの規格外のワイバーンを討伐した本人とは全く思えない程に間抜けな顔をしていた。


 「本件は我がアリスト王国国王の勅命である。決して拒否などは出来ない。」


 「待て…」


 まだ、困惑から解放されていないアルバートを片手間にリリアは淡々と依頼を告げる。

 

 「ひいては剣鬼殿には一週間の準備期間を設け、その後に三年生のDクラスの担当とする。また…」


 「ちょっと待てと言ってるだろ。」


 止まる気のないリリアの説明を強引に止める。


 「何よ、まだ説明中でしょ。」


 何故かリリアは少し怒っていた。


 「説明の途中とかじゃない、なんだその依頼の内容は。何時もは何かしらの討伐とかだったろうが。それを急に…今日はエイプリルフールだったか。」


 「そんなわけ無いでしょ。というか最後まで聞きなさいな。理由が見えてくるし納得も出来るから。」


 意味がわからないといった様子のアルバートだったが、リリアのその言葉を聞き最後まで聞くようにした。


 「また期間は一年とする…以上よ。」


 「何も納得出来ないし、理解も追い付かないが弁明はあるか。」


 これは酷い。最後までアルバートは一言一句聞き逃さぬ様に話を聞いていたが、これでは只の煽りでしかない。


 「しょうがないじゃない。こう聞いていたんだもの、私はそれを伝えただけよ?それに勅命だから駄々こねたって行かなくちゃいけないから。」


 御愁傷様ねと完全にアルバートの事を煽り散らかすリリアであった。だが、彼は今それをツっこめる程余裕がなかった。当然である。彼は言ってしまえば只の傭兵、いくら自身の名が売れているからといっても限度というものがある。そもそも、今まで一人で数々の場面を乗り切ったことから基本的に仲間は居ない。つまりは、集団の中にいきなり入れられても何よをして良いか分からないのだ。ましてや戦場とは程遠い学校の教師なんてのは完全に未知の世界である。


 「…どうにかならないのか。」


 それは最後の頼みだった。恐らく場面が場面なら命乞いそのものであった。


 「さっきも言ったけどこれは勅命なの。だから無理よ。大人しく引き受けなさいな。」


 逃げ道は無かった。完全に潰されたのだった。


 「………わかった。受けようその依頼。」


 「了解したわ。」


 渋々と本当に渋々とその依頼を引き受けた。


 「ただ、分からない事が多すぎる。だから国王に会えるように手配しといてくれ。そっちで色々と聞きたいからな。」


 「まあ、当然かしらね。私も正直焼きが回ってるんじゃないかって思ったもの。」


 「リリア、お前此処じゃなかったら不敬罪だぞ。」


 「別に今更でしょう。それに、アンタの方がそう思ってたでしょ。あのくそジジイってね。」


 「誰だってそう思うだろ。」


 アルバートとリリアはそこで少し会話をし、翌日王国の城門前で待ち合わせを約束した。


 「それじゃまた明日。」


 「ああ、また明日。」


 体内に循環させた魔力を翼に具現化し、空を飛ぶ様にリリアは下山していった。勿論方向は王国ではなくワイバーンの落下地点である。


 「はあ…」


 一人アルバートは溜め息を吐く。


 (一体何の因果でこうなったんだろうな。)


 その胸中はただただ疑問のみであった。


 「まあ、良い。依頼が有るならこなすだけだ。」


 気持ちを切り替え、明日にあるだろう国王との謁見に向け下山の準備を行い始める。


 「何もなければ良いのだがな…」


 これから来る未来を考えて少しの不安を覚えた。それに反するように背にある眩い太陽は自分をそっと後押ししている様に思えた。


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