6月の作品

紫陽花


 5月に入る前、高校時代の友達から「久しぶりにご飯でもどう?」って連絡が来た。お店はその時よく通っていたカフェにすぐ決まったけど、会う日付が、お互い大学やアルバイトで埋まってて決まらなくて。結果お互いの空き日は6月の半ば。この会う日を楽しみに、5月病にも負けず、途端に強くなる日差しにも負けず……。


「北鎌倉ー。北鎌倉ー。ご乗車ありがとうございます」


 高校卒業以来、来たことがなかった鎌倉の、紫陽花寺へ行きたくて、私は待ち合わせから一つ離れた駅で降りた。この時のために頑張って早起きして、本来より1時間早く家を出たの。

 この時期になると、湿った空気がまとわりついてきて、日が出ていないのに暑く感じてしまう。でも、これから行く場所は、そんな空気が似合う場所だから。その雰囲気を味わいたくて、私の足は段々と早くなってゆく。だから10分ぐらいかかる道があっという間に感じた。

 川のせせらぎを遠くで聞きながら歩いてゆくと、右手では段々と紫陽花が咲き乱れてきた。目の覚める鮮やかな群青色はいつ見ても息を飲んでしまう。それらを目で追っているうちに、私は瓦屋根の門の前に立っていた。この門をくぐれば、紫陽花寺へ続く階段が、たくさんの紫陽花と一緒に出迎えてくれる。この階段を上がりながら、これから会う友達といろんな話をしたことを思い出す。


 鎌倉について1ミリも知らなかった私を、その友達が、放課後や休日を使って教えてくれて。この場所を教えてくれたのもそう。


「しとしと降る雨が、紫陽花を着飾ってくんだよ」


 当時そう言われて、紫陽花を見てみたら、花弁や葉に付いた露がきらりと光って、まるで散りばめられたダイヤモンドに思えた。鎌倉が好きになったのも、陰湿な印象しかなかった雨が好きになったのもこの瞬間だった。


「今年もキレイに咲いたねー」

「そうだねー……って、え!?」

「やっほー。まさか同じこと考えてたなんてね」


 何気なく返事をしてしまったけど、今日会う予定の友達が私の隣に居たことに大声を上げてしまった。だけど友達は、さも始めから一緒に居たような出で立ちで紫陽花に目を向けている。この飄然とした態度は相変わらずだけど、それがいいところだと思う。


「会う日が6月ってなった時点ですぐこの紫陽花を思いついてさー。今日の朝、居ても立ってもいられなくてここまで走って来た」

「全然息切れしてないけど……」

「この紫陽花カラーを見てたらすーぐ落ち着いたよ? ささ、せっかく会ったんだから一緒にまわろー」


 こっちこっちと言いながら先を急ごうとする友達を私は追いかけた。


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