続きのない物語集①

かーや・ぱっせ

4月の作品

出発


 “出発”


 この単語ですぐに思い浮かんだ景色はあっただろうか。……空、海、草原。皆広大な自然を思い浮かべるだろう。

 でも俺は違う。

 俺が真っ先に思い浮かぶのは真っ暗闇だ。前も、後ろも、左右も、何にもない漆黒の景色。そんな空間で、耳元に囁くような高音の電子音を聴くのが心地いいんだ。この時間が、これから起こるであろうイベントやエンカウントに、純粋な気持ちで想いを馳せられる。


 それからしばらくして、前方に、白文字のステータスメッセージが現れた。名前や生年月日等の個人情報を入力するよう促している。俺が必要な情報を入力すると、右手に矢印とメッセージが浮かんできた。“スライドしてください”だと。俺は右から左へ手を滑らせる。すると今度はこの世界に馴染む為の情報を入力する画面が現れた。ユーザーネームの入力から始まって、希望の拠点や職業の選択、それから……?



 “この世界で成し遂げたいことは?”



「決まってるだろ」


 俺の成し遂げたいことは――



 “白金・装甲士プラチナ・ジェネラルに勝って俺が世界最強になる!”



「待ってろよ。必ず俺が、お前を倒すぜ」


 入力が終わったところで、遠い場所から重い何かが軋む音がし、暗闇に光が差す。どうやらこの先への扉が開いたようだ。俺はふぅと息を吐き、光の方へ駆けた。潜り抜け、光に慣れた目に映ったのは。


「地平線まで広がった草原に、歴史を物語る寂れた遺跡の一部。天気は晴れか」


 息を吸って、この世界の空気を味わってみる。朝を迎えたばかりなのか、鼻から露の香りが抜けてゆく。

 それにしても、暗がりから広大な自然へと抜け出た時、人は何故開放感を覚えるのだろうか。そして何故、こんなにも胸が高まるのだろうか。


「そりゃあ、夢にまで見たこの世界に、年齢制限を超えてやっと来られたんだ。高まらないわけがねえよな……っしゃ! 早速最初の街に向けて出発だああああっ!」


 こうして俺の、この世界での物語が始まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る