第39話 抱き合って寝落ち

 しばらくして『チャーシューめん』が出てきた。


 メインのチャーシューが四~五枚、青ネギ、海苔のり、もやしが綺麗に盛り付けられている。


「食欲そそる良い匂い。それに、チャーシューが特大サイズ」

「これがラーメンなんだ。美味しそう……」


 神秘的なモノでも見るように“ぼうっ”とラーメンを見つめる遥。そうか、遥はお嬢様だから、こういう場所も初めてなのか。


「遥、もしかして初めて?」

「うん。ラーメン屋は人生で初めて」

「へえ、やっぱりそうなんだ。それじゃ、いただくか」

「うん、いただきますっ」


 手を合わせ、割り箸を割る。

 だが、まずはスープだ。

 レンゲを取ってトロッとしたスープをすくう。それを口へ運ぶ。


 ――んまぁ。


 美味い、美味すぎる。

 これは替え玉もいけちゃうヤツだな。


 遥も同じようにスープを味わっていた。



「どうだ?」

「な……なにこれ、すごく美味しい!」



 どうやら遥の舌にも合ったようだな。


 さて、いよいよ麺だ。

 細麺だが、どうだろうか。

 すすって味わっていく。



「うまっ! 麺の硬さを“ハリガネ”にしたおかげが、見事な塩梅あんばいだ」

「うんうん、絶品だね。お肉が柔らかい」


 早くもチャーシューを口にする遥。満足気に、そして幸せそうに味わっていた。やっば……この笑顔を見れるだけで俺はお腹いっぱいになっちゃうよ。


 すると、隣で黙々と替え玉を食う会長ヒカリがボソッと言った。


「良かったね、遙くん」

「そういうヒカリは、替え玉とか」

「だって、美味しいから」

「確かに何杯でもいけちゃうな」

「でもね、食べた分は動かないと……太るっ」


 あー、やっぱり気にしているんだな。とはいえ、ヒカリは見る限り超スリムなスレンダー体型。ぜんぜん太っている感じには見えない。


「食後は、歩いたりしてるの?」

「これでも努力はしているのさぁ。まあ、近所のジムに通っているんだけどね」

「そうなのか」

「うん。これで中学校の頃はデブってたからね。恥ずかしい話だけど」


「今が細すぎて全然想像つかないな」


「ありがと。でも、気にしていないと直ぐリバウンドしちゃうから」



 なるほど、会長は俺たちの見えないところで相当努力をしているようだな。意外すぎる。


 そうして食事を進め――完食。

 見事に平らげた。


 俺も遥もスープまで飲み切ってしまった。



「ごちそうさまでした」

「おう、遥。美味かったな」

「最高だったよ~! ラーメンってこんなに美味しいんだね。会長がひとりで来る理由も分かった」



 そんなヒカリの支払いも俺が済ませた。この前、爆弾騒ぎの時にはかなり助けられて貰ったし、丁度良い恩返しが出来た。


「ありがとね、遙くん」


 礼を言うヒカリは、少し照れ臭そうにしていた。


「いや、この前の恩を返したいから」

「気にすることないのに。それじゃ、邪魔者は早々に立ち去りますか。ウォーキングしたいし」


「分かった。それじゃ、また明日」

「うん。遥さんも、またね~」



 手を振って別れた。

 遥も「おやすみなさい~」と挨拶をして、ヒカリの姿が消えるまで見送った。それから、俺の腕に飛びついてきた。



「遙くんっ」

「は、遥……ここ外だぞ」

「いいじゃん。ラブラブしながらマンションへ帰ろ」

「そ、そうだな。ああ、そうしよう」


 再び夜の街を歩いていく。

 飲食店以外の店は、ほとんど閉まっているけど、それでもネオンが広がっている。ゴールデンタイム独特の空気が俺の中の高揚感を押し上げる。


 遥と二人きりで夜道を歩く。

 なんてことのないシチュエーションだけど――でも、それが逆に良い。



 * * *



 マンションへ帰り、いつも通りの生活が始まった。

 風呂に入り少し経てばリビングでまったり。今日はえ置き型ゲーム機“すいっち”で全国の駅を巡るゲームをした。


「まさか、遥がゲームを持っていたとは」

「お爺ちゃんが毎月色々送ってくるんだ。このゲームは、先月貰ったの」


 さすが大手企業『ヤッホー』の娘。

 そもそも、こんな40階にあるマンションに一人で住んでいるのも凄い。一緒に同居している俺もなんだか凄い。


 しかし、ゲームばかりもしていられない。



「なあ、遥。もうすぐ期末テストがあるよな」

「……う」


「少しは勉強もしないとな」

「うぅ……」



 青い顔をして嫌な汗を掻く遥さん。あれ、なんか様子がおかしい。



「遥、どうした」

「うん。わたしって転校が多かったし……それに、今の学校も転校してきたばかりだから、そのぉ、勉強が苦手なの」


「えっ、マジ? 運動神経は抜群なのに?」

「運動はね。でも勉強は赤点はないと思うけど、ちょっと自信ないかな。うん、心配かも」



 コントローラーを弱々しく握る遥。ついでにゲームの状況だが、貧乏神に取りつかれて借金まみれになってしまった。まるで、これからの遥の未来を暗示しているような――不吉すぎるっ!



「分かった。勉強なら俺が教えてやる」

「遙くんが? 本当に!?」

「ああ、無事に夏休みを迎えたいだろ」

「うん、一緒にどこか行きたい」


「ハネムーンもまだだからな。そうだな、長野とか北海道もいいな。――だけど、次の目的地はハワイかな」


 目的地、それはゲームの話だった。

 そうか『ハワイ』か。


 ハワイといえば、カップルの聖地でもある。芸能人とか金持ちは向こうでよく結婚式を挙げているよなあ。



「赤点取るわけにはいかないね」

「だな。よし、明日から勉強を教えていくよ」

「やった! よろしくね、遙くん先生」


 ゲームの勝者は俺。

 百億円の総資産を手に入れ、大富豪に成り上がった。美人な奥さんも迎え、子宝にも恵まれるという人生の勝ち組となってハッピーエンド。


 遥は、大量の借金を背負って敗退。


 なんだか、リアルとゲームが逆転した感じになったな。


「任せなさい。これでも俺は勉強はそこそこ出来るんだ」

「うん、遙くんに教えてもらえるとか、それだけで嬉しい」


 コントローラーをテーブルに置き、遥は俺の方へ身を寄せてくる。


「今日はもう寝よっか」

「うん、一緒に寝ようね」


 と、遥は俺に抱いて欲しそうに手を広げた。


「仕方ないな。ほら」

「ん~、遙くんの“ぎゅ~”って抱いてくれるから好き~」


 遥も割と甘えん坊なところがあり、厚い抱擁ほうようを交わす。これが最高に幸せな瞬間。


 気づけば体温が心地よくなって、ソファへ落ちていく。まぶたが重くなって、俺は遥と抱き合ったまま眠ってしまっていた……。

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