第2話 高層マンションで同棲生活

「体育倉庫で男女二人きり……こんな時間まで何をしていたんだね」


 怒りをにじませる口調で校長は、俺たちに問い詰めてきた。


「いや、その……俺たちは体育の授業で、担任に片付けを命じられて……それで、整理をしていたら閉じ込められたんですよ」


 正直に事情を話した。

 これが紛れもない事実だった。

 だけど、校長は語気を強めた。


「ふざけているのかね、キミは。そこの少女を連れ込み、いかがわしい行為をしていたのではないのかね」


「そ、そんなことしていませんよ!」


 キスはしそうになったけど、まだしていない。ギリギリセーフだ。


「天満くんの言う通りです! わたしと彼は倉庫に閉じ込められてしまっていたんです」


 ナイスフォロー、小桜。

 これでさすがの校長も信じてくれるよな? そう思いたかったが、校長は首を横に振った。



「残念だが、さっきキスをしようとしていた場面を目撃した。君たちはこの体育倉庫で人には言えないみだらな行為をしていたようだね。となると、退学も視野に入ってくる」



 た、退学だって!?

 んなアホな。

 小桜なんかまだ転校してきたばかりだぞ。いきなり退学? ふざけるな。


 だけど、こうなったのも俺のせいだ。

 俺が小桜を付き合わせたから。

 くそっ、このまま退学なのか。

 手汗を握っていると、親父が介入してくれた。



「まあまあ、校長先生。この二人は『結婚』しているんですよ? 多少のおいたは見逃してくれませんかねえ」


「「は!?」」



 俺も小桜も驚いた。

 親父のヤツ、いきなり何を言いだすんだよ。



「結婚? 何を言っているのです。学生同士が結婚など……」



 その瞬間、俺は背筋に電気が走り――脳がビリビリした。今、思い出した。現在の日本の法律は十六歳で結婚可能であると親父が今朝言っていた。

 だから、あんなことを口にしたんだろう。咄嗟とっさの嘘だけど、でも、可能なことだ。



 なら、親父の口車に乗ってやる。



「結婚しています!!」



 俺は、校長の耳に確実に入るように叫ぶようにして言った。言い切った。……やっべ、心臓が破裂しそうなほどバクバクしてやがる。でも、乗り切るためだ。



「き、君、何を言っているんだね」


「実は、俺と小桜は結婚しているんです! 苗字で呼び合っているのは、クラスメイトに勘付かれたくないからです。だから、その……正直いえば、キスだってえっちだって合法なんですよ。夫婦・・ですから!!」


「ほ、本当か?」



 校長先生は、親父に問い詰める。

 察した親父はウンウンとうなずく。


「ええ、校長先生。我が息子とその小桜さんは結婚しています。なので特別な関係ですし、その淫らな行為とかの以前の問題であり、二人は深く愛し合っているのです。それは、この私が確認済みです。そう、親公認・・・なんですよ」



 親父……ありがとう。

 それだけハッキリ言ってくれれば、この場を凌げるはずだ。俺は校長の顔色をうかがった。すると、校長は溜息を吐き納得した。



「……分かりました。お父さんの話が本当なら、倉庫で云々の話は水に流しましょう。では、本当に倉庫に閉じ込められていただけなんですね」


「そうです。だから、退学はナシですよ?」


「結婚が本当ならですけどね。もちろん、役所で確認させてもらいますよ」



 ――げッ!

 マジかよ。ということは、校長が確認するよりも先に『婚姻届け』を提出しなければならない。つまり、俺と小桜は本当に結婚しなきゃならないんだ。



 なんてこった……。


 小桜も勘付いているのか手足が震えていた。


 そりゃそうだよな。


 転校してきて早々結婚とか……そんな特大イベントに突入するだなんて思わなかっただろうな。俺もだけど。



 だけど、この最悪な状況を乗り切るには結婚しか方法はない。苦しい状況の中、小桜も一歩前へ出た。



「ど、どうぞ、ご確認下さい。わたしと彼は結婚していますし、問題ありません」

「そこまで言うなら本当でしょう。では、もう帰りなさい」


 どうやら、校長は信じてくれたようだ。


 すっかり夜になった学校を出て――親父の車に乗り込んだ。校長は最後まで疑っていたようで、校門前までついてきた。……あの眼差しは半信半疑どころじゃないぞ。まずいな、ちゃんと手続きしないと。



 親父の車で自宅へ向かった。



「遙、残念だが小桜ちゃんを説得してくれ」

「は? 親父、何を言っているんだ」

「後ろを見ろ」


 後ろを見ろと言われ、俺は振り向く。

 すると、校長の車が尾行していた。


 俺は思わず「うわっ!!」と驚く。ていうか、そこまで疑っているのか! 怖い、怖すぎる。ていうか、ついてくるなよ!


「小桜、アレ」

「え、後ろ? あっ、校長先生だ……」


 つまりあれだ、ちゃんと同じ家に戻っているか確認するつもりだ。だから、この場合……小桜を俺の家に招かないとアウト。


 結婚詐欺を疑われ――退学だ。


 それはまずい!!


 つまり、親父は俺に小桜を説得して自宅へ連れ込めと言っているんだ。


 ――って、俺が小桜を? それなんてナンパ! いや、だけど……あの“閉じ込め”で俺と小桜の信頼は深まっているはず。だから……!


「小桜、俺の家に泊まってくれないか! このままだと校長に疑われて即退学だぞ」

「えっ、ええ……! そ、そんな……急に言われても」


 動揺しまくる小桜は、目を白黒させまくった。パニックだ。という俺も、心臓が激しくバクバク高鳴っており、今にも心停止しそうな勢いだった。

 女の子に家に泊まってくれだなんて、こんなことを言う人生が俺にあろうとはな。


 だが、事態は非常に切迫している。

 これを乗り切らねば全てが水泡に帰す!


「家の人に連絡とか出来ないのか」

「実は……わたし一人暮らしなんだよね」

「ひ、一人暮らし? マジか」

「この先のマンション。だから両親の許可はいらないんだ」


「おぉ、なんて好都合な状況。なら、小桜……俺の家に泊まれ」


 だけど、小桜は首を横に振った。

 なぜだ……やっぱり、俺なんかでは相応しくないということなのか。結婚も望んでなんかいないよな。……ああ、俺が勝手に舞い上がりすぎていたのかも。


 唇を噛みしめていると、小桜は笑った。


「天満くんがわたしのマンションに来ればいいんだよ」


「――は?」


「だって、同棲しないと怪しまれるでしょ?」

「は? は? はああああああ!?」


 まったく予想だにしなかった提案に、俺は頭が真っ白になった。小桜は今、なんと言った?



『天満くんがわたしのマンションに来ればいいんだよ』



 俺が女子の……小桜のマンションに?

 その発想はなかった。

 いや、選択肢になかった――が、正しい。


 そもそも、俺は小桜が家族と一緒に住んでいると思っていた。けど、まさか一人で転校してきたなんて、そんな事情があったとはな。


「大丈夫。わたし、天満くんを信じてる」

「まだ体育倉庫で一緒に過ごした程度だぞ」

「十分理解し合えていると思う。それに、校長先生に疑われちゃうよ」


 なら……俺が選ぶべき道はひとつだ。


 そうだ、迷っている暇なんてないんだ。

 小桜の学生生活をぶち壊したくないし、俺はもっと小桜と同じ学生生活を送りたいと思っている。

 小桜ともっと話がしたいし、彼女の事をもっと知りたい。


「分かった。小桜のマンションへ向かおう。親父、今日は小桜の家に泊まる」

「そうか、なら向かうぞ」



 * * *



 小桜の案内でマンションに到着。

 駅前付近にある高層マンションだった。


「すげえ、高いな」

「うん。この40階にわたしの部屋があるんだ」


 40階って……なんてところに住んでいるんだ。小桜って金持ちの家なのか。もしかして、お嬢様? けど、失礼ながらどこかの令嬢って雰囲気でもないし、単に金持ちなのかもしれない。


「これは驚いたな。とにかく、親父、ありがとう」

「なぁに息子の一大事だったからな。私も母さんもお前には幸せになって欲しいのだよ」


 親父は昔から、そうだった。

 小学、中学と俺を全力でサポート。

 だけど、中学の時はウザくて仕方がなかったけど――今はありがたいとさえ思えている。今日だって本当に助かった。


「親父の方こそ体に気をつけてな」

「大丈夫だ。私は毎日、ジムに通うほどの健康オタクでな。じゃあ、小桜ちゃんも遙をよろしくな!」


「はい、天満くんと共に頑張ります」



 親父は、ニカッと笑い――車に乗り込み、去った。しかし、校長は最後までこちらを監視していた。しつけえ!


 このままマンションへ行かないと引き返してくれそうにないな。


「その、小桜。まだ校長が見ているから……手を繋いで行かないか」

「て、手をぉ!?」


 声が裏返る小桜。

 動揺しまくって俺から離れようとするが、それはまずいって。思わず、俺は小桜の手を引っ張っていた。……あ、離れようとするからっ!



「小桜……」

「……天満くん。うん、分かった」



 手続きこそまだ済んでいないけれど、俺たちは結婚したんだ。


 絶望的状況から乗り切る為だったとはいえ、結婚から始まる恋もあるんだ。こんな運命もあるんだなと俺は、心拍数を上昇させながら……小桜の小さな手をぎゅっと繋ぐ。


 小桜も指を絡め、わずかに微笑む。そこに緊張があったけど、たぶん、今はお互いがドキドキしている。


 ありえないよな。

 でも、これが現実だった。


 今はただ――がむしゃらに前へ進むしかない。

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