第27話 私が支えてあげないと……

「鳴子、どこだああああああああ——ッ!」


 シャノアールのドアを蹴破るなり、大声を上げる優。

 店内は通常営業。客は驚きの表情を上げるどころか、これはパフォーマンスかとばかりに平然とした態度で過ごしている。


「あっ、あの……カリスマさんの命令です、おかえりください!」


 従業員のメイドが帰れと言うが、優は引き下がらない。


「鳴子がいるだろ、どこだ、教えろ!」

「め、鳴子さん……? い、いやそんな人は……」


 メイドの態度に、優は眼を鋭く光らせた。

 どこかぎこちない態度と弱々しい声。自身の無さと後ろめたさから現れる言動に、着目せざるを得なかった。


「そうか、ここにいるんだな……乱暴だが、通させてもらう!」


 立ち塞がるメイドを払いのけ、優は厨房へと入り込む——が、いない。

 となれば、事務所、備え付けの倉庫……次々に奥へと入っていく。

 すると、『STAFF ONLY』と書かれた扉が目の前に現れた。

 扉越しから、がやがやと人の声がする。ここだと踏んだ優は中へと入った。


「鳴子、ここか……はっ⁉」


 硝煙の立ち昇り、甘い匂いが充満している。

 香しい雰囲気を醸し出すピンクのネオン、ライトアップされたステージ。

 中にはアウトローな格好と、人相の悪い連中がたむろしている場所であった。


「なんだァ~てめえ~?」


 見慣れぬ相手の登場に、驚くのは自然の流れではないだろうか。

 しかし冷静な様子、皆が毅然とした態度で視線を向ける。

 突然の来訪者——殴り込みをかけにきた男に。


「俺の、メイドはどこだあああああああああああ——ッ!」

「こいつ……ッ、抑えろッ!」


 怒声による合図で各々が優を囲う。

 優は素早い身のこなしで敵を躱し、あちこちに視線を向けていた。


「あいつは……どこだ……!」


 鳴子を探しているのだろう、必ずここにいるに違いない。

 その見当は当たり、奥のテーブルにて彼女を見つけた。


「め、鳴子!」


 ——しかし、その彼女はメイドをしておらず、ただの私服姿の女の子。

 それが客の煙草の火を点けたり、荷物を運んだりと——ただの接待を行っていた。

 普段見ていた彼女とは違い、無表情で全く楽しくなさそう。まるで、全て相手に合わせて動く人形のような、都合の良いだけの存在。

 加えて、先ほど優が目にした〝例の薬〟を相手に手渡しているではないか。


「な、何やってんだよ……」


 それに気を取られた優は押さえつけられた。

 多勢に無勢、数人がかりではひとたまりもなかったのだ。


「やめてっ!」


 暴動に気付き、ようやく鳴子が躍り出てくる。

 数人の男たちに身体を拘束されても口は自由。優は彼女に挑発するように尋ねた。


「なに、みっともない格好してんだよ……お前はメイドだろ……」


 とても不満げな様子。

 それは当然だ。どう見ても悪い連中のたまり場で、飾りとばかりに棒立ちする一人の女として成り下がっているのだから。

 まるで、見栄と名誉の為に、金持ちに媚を売るような浅ましい女にも見えなくもない。


「いいえ、ワタシはもうメイドなんかじゃありません」


 あんなに活き活きとした眼で働いていたのに、今は何を思って従事しているのか。

 考えれば考えるほどに、優の口は饒舌になる。


「羽振りの良い仕事があるみたいだな、すごく楽しくなさそうに見えるぜ」

「な、何を言いたいんですか!」


 それはまるで、親に駄々をこねる反抗期少女のように反発した。

 優は、頭の固い父親のように注意した。


「今やってる仕事やめろよ、お前のやってる仕事はただの運び屋だ。一般人を装って、麻薬を……非正規に仕入れたモノを運ぶ危ない仕事なんだ!」

「そんなの……知っています!」


 そう訴えかけるも、鳴子は溜め息を付いた。


「これがダメな事くらい知ってます。だって、私はもう子どもじゃないんですっ!」

「なーに大人ぶってんだ、親から言われた事に傷付く奴が一人前の大人になれるかよ!」

「そういう優さんこそ、働きもしないで毎日メイド喫茶で遊んでばかり……どっちが子どもですか!」

「けど、俺は責任を取れる!」

「そんなでたらめを……」

「辛い事情なんて知らねえが、お前は流されて生きてる甘ちゃんだろうがッ!」

「……ッ!」


 客観的に見れば、無職のクズに無茶苦茶な事を言われている。

 しかし、鳴子にとっては正論だった。罪を犯した時に責任を取るのは誰であるか、母親だ。警察の世話になれば、どのような反応をされるだろうか。


 そう、家庭の事情を言い訳に、悪に手を染めた事実を再確認してしまう。

 考えれば考えるほどに、鳴子はどうしたら良いか分からなくなっていく。


「じゃあ、どうすればよかったんですか! 無職で何もできない貴方に、貴方がっ! 私を救ってくれるって言うんですか!」

「それはッ——」


「——その通りだよ鳴子ちゃん」


 鳴子を唆すべく現れたのは、カリスマであった。


「全く迷惑行為しかしないヤツだね君は……僕のビジネスの邪魔をするなんて」

「店に保管していた麻薬の事か」


 意外だったのか、カリスマは目を丸くし「ほう」と述べた後、口元を緩めた。


「そうさ、君が馬鹿騒ぎを起こしまくるから、警察や保健所が巡回しに来るかもしれない……アレが見つかったらどうするつもりだい」

「でも、認知されていない薬だろ」

「ほう、よく知っているじゃないか。でも僕はね、念には念を入れたいんだ」


 冷ややかに優を見下すカリスマは高らかに笑う。

 その態度は気に食わなく、一番に許せない事があった。


「だからって、運び屋に鳴子を使うなんて!」


 推しのメイドが良いように使われたのだ。麻薬を所持、濫用に加え、それに関係した人間は罪を背負うのだ。人生を棒に振りかねないほどの危険な行為。

 絶対に許してはならない——だが、カリスマなりの正論を持っているようだ。


「お金に困っているから仕事を斡旋しているんだよ、それの何が悪い?」


 全く反省の色を見せないカリスマの意図が分からず、優は彼の主張を聞き入った。


「上の人間というものは、部下に仕事を振らなければならない。だが、仕事がなければどうする、仕事は勝手に降ってくるものではない……であるからに、僕は仕事を作り出し、彼女に与えて対価を与えた。それのどこが悪い?」


 小難しい事を話している。それだけは学のない優でも分かった。恐らく、経営者として正しい事をしている。


 ——雇った人間を守る為なのかもしれない。

 そう考えるも、優は自分の意見は決して曲げようとしなかった。


「汚い大人が……人の足元を見て笑う姿が気に食わねえ……ッ!」

「けれど真理さ、社会的立場の弱い者が働き、強い者が働かせる。資本主義男の賜物さ」


 滑稽だとばかりに笑うカリスマ。

 その仕事のやり方が、鳴子にとっては拠り所になる……なってしまうのだろう。社会経験の少ない鳴子には何も反論は出来なかった——けれど、優には出来るのだ。


「ふざ、けるなよ……ッ!」


 優は自分を押さえつけている数人を押し上げ、立ち上がった。


「ただの一人の人間風情が、世の中何でも知った風なクチしやがって……ッ!」

「そういう君はただの落ちぶれ者さ、ゴミには人一人救う事はできやしない」

「そんな事はないぃぃ——ッ!」


 男たちの隙間から手を出し、ビシリと中指を立てて言った。


「俺は——メイド喫茶を開く為に全てを投げ売った‼」


 そのワケの分からぬ発言に、カリスマは鼻息を鳴らす。


「全てを投げ売る? 何もない君が……?」


 その失笑に対し、彼は鼻を鳴らして自信満々に答えた。


「全てって言ったら全てだ!」

「全て……? ははっ、愚か者ほど無知である事を理解していない」

「だからなんだ、俺の話を聞くのが怖いのか!」


 カリスマは、優の主張全てに失笑してしまう。

 釣られるように、周囲の暴漢たちも笑っていた。


「ふふ、はははっ……いいだろう、君の話を聞いてやろう! せいぜい楽しませてくれ……んん?」


 一瞬、不快な間隔に陥った。突然、黒板に爪を立てる不協和音を聞いた時のような、奇妙な感覚。背筋の身の毛がよだつ思いを、皆が受け取った。


「なんだ、今の感覚は……」


 今、状況の優位にあるのはカリスマ側である。一体何が起ころうと、自分たちに何の影響もない。それを再確認している間に、優は発した。


「——俺は、俺の持ち得る全てを投げ売った!」

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