【Ex-冬015】裸エプロン野郎と錦上添花


屋根裏部屋の布にかけられた絵をじっと見つめる。

画材はほとんど処分され、何も残っていない。

自分の黒歴史をすべて葬ったつもりでいたようだ。


「……」


小川で泳いでいるこの人は、屋根裏部屋で新年を迎えることになった。

時間の流れがあるかどうかは分からない。

ただ、あのまま無視するのもどうかと思って、私は再び絵から布を取った。


あれ以来、祖父は何も語ろうとしない。

こっちは聞きたいことが山ほどあるというのに、何を聞いても無視される。

臭い物に蓋をするとは、このことをいうのだろうか。


「なんだ、騒々しいな」


何も話してくれないなら、この人に聞くしかあるまい。

エプロンを片手に晋太郎が出てきた。

風呂場から上がるような感覚で全裸で縁をまたいだ。


「あけましておめでとうございます」


「ん、年が明けたのか? まあ、いいか。

君にこれを返そうと思っていたんだ。

外の物をセカイに持ち込んではいけないのをすっかり忘れていたよ」


「セカイ?」


「これのことだよ。錦上添花……だと私は思っているんだが」


晋太郎は絵に手を置いた。

美しい紅葉に囲まれた小川で女の人がひとり、泳いでいる。

自由に動けることについて、どう思っているのだろうか。


「ていうか、タイトルあったんですね」


「いや、浅羽晋太郎氏がつぶやいていたのを聞いていただけさ。

この絵を見てそう言っていたんだから、まちがいないはずだ」


彼はきれいに畳まれたエプロンを差し出した。

外の世界から物を持ち帰ってはいけない。

勝手に絵を変えることは許されないらしい。

掃除の時くらいしか使わないから、気にもしていなかった。


「浅羽晋太郎氏の作品はいくつか残っているはずだ。

興味があったら探してみるといい」


この絵について散々文句を言っていたくせに、その人についてずいぶんと信頼を置いているようだ。スマホでこの人の名前を調べると、正気の沙汰とは思えない作品がいくつも出てきた。


浅羽晋太郎は祖父と同期の画家だ。

当時の絵画コンクールを総なめし、展覧会などの依頼は絶えず、作品の値打ちは今も上がり続けている。その名を全国に轟かせている画家だ。


地獄を呼ぶ皇帝、狂気に選ばれし者、正気度試験官など、津々浦々で呼ばれていたあだ名は数えきれない。

とにかく、浅羽晋太郎は身に余るほどの才能と狂気で今も君臨し続けている。


華やかな人生の裏では、狂気に囚われた大天才は幻覚に悩まされていた。

危ない薬をやっていたわけではなく、体質によるものだった。

これまで見たものをすべてを描き写し続けた結果、彼は天才と呼ばれた。


地獄を描いた日々の中、正気と狂気の間をさまよっていた。

いくら賽を投げても満たされなかった。

現実と空想の区別がつかなくなった際、彼は発狂し表舞台から姿を消した。


「あんなバケモノがいたんじゃ、どうしても意識してしまうだろうな。

どんな絵を描いたとしても彼と比べられるのが目に見えている……」


静かにため息をついた。

同級生にこんなすごい人がいたんだったら、絵描きをやめても仕方がないかもしれない。話すことすら嫌になってしまうだろう。


「ところで、これの続きはいつになったら取り掛かってくれるのかね?

まさか、君がやってくれるのか?」


「……それについてなんですけど、何も話してくれないんです。

どうしたらいいかと思って、すごく困ってるんです」


「それならば、浅羽晋太郎氏を尋ねてみたらどうだろう。

彼なら何かいい助言をくれると思うが」


簡単に言ってくれるじゃないか。

何十年も前に失踪した画家を探すだなんて、ただの女子高生にできるわけがない。


「何せ彼は我々に自由を与えてくださった魔法使いでもあるからな。

構内に何か記録が残っているかもしれない」


馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものだ。

狂気に侵された天才はオカルト研究の最先端を走っていたのである。


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