第2話 イツメン

 家に帰った俺は、今日あった出来事を母親に話すことにした。母さんには嘘をつくとすぐバレるからな。ちなみに話すときはままじゃないよ?それに隠し事をする方が面倒くさいし。


「ただいまー」


「おかえりなさい。今日は早かったね」


「今日は別に健也と遊んでないしこんなもんだよ」


「あんた日葵ちゃんともちゃんと仲良くするのよ?お年頃なんだと思うけど、いったん離れちゃうとまた元に戻るのは大変よ」


「いやなんだよ。別にいつもどうりだよ」


 母さんのことだから俺が日葵と仲良くやっていることくらいわかっているだろうが、俺が最近日葵の名前を挙げていなかったことが原因だろう。人とのつながりを大切にする人なのだ。


「あらそう?まぁいいわ。ご飯出来てるから早く食べちゃってね」


「おう。いつもありがとうな」


 俺は素直に感謝の言葉を伝える。うちの母親は料理上手な上に掃除も洗濯も家事全般完璧にこなしてしまうスーパーウーマンだ。


 なぜ俺にはその血が通っていないのだろうか。遺伝子くんしっかりしてくれよ。


 ステージ仏壇の上にある写真の前で俺は手を合わせる。これを済ませたら早く料理の手伝いに向かおう。


 家族関係が良好なことは俺にとってかなりありがたい。だから今日の出来事も素直に母親に伝えた。


「ふぅん。それは不思議な子ねぇ」


「だろ?俺だっていまだに半信半疑だよ」


「そうね。その子ちょっと変わってるみたいだから気を付けなさいよ」


「大丈夫。俺が変な目で見られるだけで済むなら安い。でもまあ、もう会うことはないかもしれないけどな。なんか怒らせちゃったみたいだし。」


「考えるだけ無駄、と?」


「うーん。まあそういうことになるのかなぁ。そういう言い方はしたくないけど」


「話を聞く限りだとまた近いうちに会うかもしれないわね」


 そうか?と俺は怪訝な顔を浮かべながら少し楽しそうな母親の表情を眺めた。心話少し晴れたものの、また新たに曇らされてしまったのでプラマイゼロかもしれない。


 *


 翌日、俺は朝早くから神社に向かっていた。俺はこのために少し、少し早めに行くことにしていたのだ。昨日から少し気になっていることがあるのだが、俺はそれを直接本人に聞いてみることにした。


「おはよう。美鈴。早いな………っているわけないか」


 誰もいない境内で俺は一人かわす相手のいない挨拶をしているただの不審者となっていた。


 朝っぱらから高校生が神社にいるわけがないというのはよくよく考えなくともわかることであったが、やはり気になってしまい足を運ばざるにはいられなかったのだ。俺はせっかく上った階段を下りるために振り返ると下の方から駆け足で誰かが上ってくる足音と小刻みに行われる息継ぎが聞こえた。


「うあー。おはよー。あー疲れた。なんで先に言っちゃうかな。追いつくの大変だったんだよ」


「え?なんで日葵がここに?」


 目の前にいたのは息を切らした美鈴……ではなく日葵だった。


「なんではこっちのセリフだよもう!和也の家言ったらおばさんが神社に向かったっていうからあわてて追いかけてきて。ってなんで朝から神社なんていくの!?頭での打った?」


 早口でまくし立てる日葵に俺は気圧された。そして、その勢いのまま日葵は俺に詰め寄ってくる。


「そんなにびっくりすることかよ」


「するよ普通。今日何時に起きた?」


「6時半」


「馬鹿じゃん」


 呆れたように言う。まあ確かに自分でも馬鹿だと思う。ということを考えていたばかりだ。

 普段は遅刻ギリギリで迎えに来た日葵を待たせ叱られる日常を繰り返しているからな。頭を打ったと思われても仕方ないのだ。


「ああ、悪かったよ。あと頭は打ってない。変な薬も飲んでない。おかしいのは俺ではなく現実のほうだ」


「ごめんやっぱりあたしが悪かった。学校終わったらおばさんとよくお話ししよう」


 いやちょっと待て。なぜそうなる。


「とりあえず学校に行こう。もう時間ないよ!」


「うわ、マジか、もうこんな時間だ。急げ!」


 *


「おい!遅いぞ二人とも!俺を遅刻にさせる気か!」


「うるせぇ!健也。おまえ、俺たちを置いてもう走り出してるやつが何言ってんだよ!」


「そりゃそうだ!毎朝俺は時間に追われてんだぜ!どっかの誰かのせいでな!いつも二人でちんたら歩きやがってよお!なんで俺は毎朝走らなきゃいけねーんだ!」


 踏み出した体制から首から上をこちらに振り向けて、大声で文句を叫ぶ健也とちょっとユニークな挨拶を交わす。


 なぜか運動していないはずの額にはうっすらとにじむ汗が見える。あいつは野球部だ。きっと新陳代謝が良いのだろう。決して間違っても遅刻するか心配で脂汗が出ているというわけではないのだ。そうだ。きっとそうなのだ。


「今は喧嘩してる場合じゃないでしょ二人とも!今日は冗談抜きで遅刻するかもしれないよ!」


「ああ、はいはい。急げばいいんだろ!わかってるよ。もう少し早く来いよな!」


「へいへい。善処するって」


「うわ……こいつ絶対反省してねえ」


 なんやかんや言ってもこうして毎日律義に遅刻寸前まで待ってくれる健也はいいやつだ。まあ、そのおかげで二人とも偶然欠席だったときは遅刻確定演出だけどな。

 こうして健也と日葵と俺のイツメンは相も変わらずせわしなく登校するのだった。


 *


「おーい!お前ら席つけー。ホームルーム始めるぞー」


 ガララっと扉を開けると担任の先生は教卓に手をつきながら教室内を見渡す。


 まだ生徒がまばらに立ち話をしている中、生徒達は自分の机に向かい、鞄を下ろした。


「お前ら、もちろんわかっているだろうが再来週には定期考査があるからなー。知らなかったてヤツ、しっかりスケジュール管理しろよ。社会に出るとだなあ、…………」


「あーまた始まっちゃったね。清水のお説教。もっともなこと言ってるんだけど突然始まるよね。なんかスイッチは言ったみたいな」


 隣に座っている日葵がぐっと俺の方に体を傾けこそこそ話で話しかけてくる。


「わかる。タイミングが悪いよな。朝からこんな話誰も聞きたくない」


「至極当然でまことにごもっともな正論で耳が痛くなるような話だから余計ね」


「へー、よく聞いてんな。俺は右から左へ全部ぬけてってるけどな」


 俺をねぎらいつつ担任である清水をかばうような発言をする日葵にも感心している。


 そんな対応とは正反対に、


「知らなかったじゃすみません。すみませんじゃ済みません!ってか。ハハハハハ」


「とりあえずお前帰れ」


「あんだけ走って間にあったのにそりゃないぜ」


 俺の後ろの席からしょうもないダジャレを飛ばしてくる健也のせいで俺の心は一気に冷めてしまうのであった。


 俺ら二人の馬鹿みたいな会話くすくすと笑いながら日葵は横で楽しんでいた。


「なあ、日葵。今度一緒にテスト勉強しないか?どうせ健也も来るだろうし」


「え!?あ、うん。そうだね。あたしもちょうどそう言おうと思ってたんだ」


 俺の提案に日葵は一瞬驚いた顔をしたがすぐにいつも通りの顔に戻る。


「ん?どうかしたか?」


「いや、何でもないよ?まあでもまたこの二人に勉強を教えるのか………と」


「ちょっと待て。和也はともかく俺は勉強できるぞ」


「俺と5点差のお前が何言ってんだよ」


「おいそこ!うるさいぞ」


「あ、すいません」


「ドンマイ和也」


「はッ!これが5点のさよ。甘く見ないこった」


「チッ。釈然としねえ」

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