マリーは焼却炉の稼働率が落ちてイライラする

 クラフとフレイアがタワーで蒸気機関計画を進める中、マリー・ブラックローズは自室で一人優雅に午後のティータイムを楽しんでいた。


 平民どもは毎日働いてお疲れ様ね。


 わたくしは午後のティータイムを楽しんでいるわ。


 この、のんびりとした時間も次の投資にインスピレーションを与えてくれる大事な時間。


 貧乏人どもは一生アリのように働き続けて、わたくしの為に富を増やし続けなさい。


「ただいま、戻りました」


「影、入りなさい」


 黒づくめの男が気配を消して部屋に入ってくる。


「アクア・マリンの行動を監視しましたが、ブラックローズ家やマリー様への悪口は一切言わず、ただ何かにおびえるようにそわそわと生活していました」


「そう、アクアへの監視はもう結構よ。下がりなさい」


 影が気配を消して闇に紛れるように消えた。


 アクア、わたくし達の悪評は広めていないようですわね。


 マリーはこうやって貴族や有力者を監視し、邪魔者を排除してきた。


 アクアは臆病者なおかげで死なずに済んだのだ。


 もし、うっかりマリーの悪口を言っていたら消されていた。


 コンコン!


「入りなさい」


 マリーの専属執事が部屋に入る。

「失礼します」


「要件は?」


「はい、焼却炉のゴミ処分が進まず、ごみが溢れかえっております。王家から注意も入りました」


「焼却炉のトラブルですの?」


「焼却炉そのもののトラブルはございません、ただ、炎魔術師が不足しているのです」


「脅してノルマを達成させなさい」


「すでにやっておりますが、離職者が後を絶ちません。特にフレイアを首にした時期と重なるように離職者が増え、求人も集まりません」


 焼却炉のゴミは魔物の死骸が多く、火をつければ燃えるようなゴミではないのだ。


 木材などの燃えるゴミは新しい建物を建てる時や家具の材料として再利用し、それも出来なければ薪として使用する為運ばれてくることは無い。


 マリーは徹底的に炎魔術師の給金を下げ、ノルマを増やす事で利益を上げてきたが、あまりにも厳しく、給金が低くなった為、離職者が後を絶たなかった。


 更に主力であるフレイアを首にした事で、そのノルマは一気に他の炎魔術師の肩にのしかかり、更に離職者の数を加速させ、悪評が立った事で新しい人材も集まらなくなった。


 離職した人材はクラフアイス王子が錬成した火炎球の動力源を供給する仕事に転じたが、火炎球への炎魔力の供給は焼却炉より給金が高かった。


 これにより新しい人材の確保を見込めなくなった。


 執事はフレイアを首にし、ノルマを厳しくしすぎた事が原因であると分かっていたが、露骨な指摘はしない。


 指摘する事で、殺される可能性がある為だ。


「焼却炉で出来た灰は、畑に蒔けば虫を遠ざけ、野菜を育てる栄養になるのですわ。このままでは肥料ビジネスに支障が出ますわね。立て直す案はあるのかしら?」


「フレイアを連れ戻す事は出来ませんか?」


「平民を連れ戻す事はしないのですわ。他の案はなにも無くて?」


「炎魔術師への待遇改善程度しか、思い浮かびません」


「ふ、何の知恵も無いのですわね。あなたは首ですわ」


 マリーはフレイアを連れ戻す案を拒否し、執事の出来る事を制限した。


 そればかりか自身には何の案も無いが、有効な案を提案できない執事を無能と罵って首にした。


「……はい。これまでお世話になりました」


「いいから早く下がるのですわ!」


 マリーは有能な執事を失った。


 まずいですわね。


 魔物の灰は、残った栄養と魔力で大地に活力を与え、虫を寄せ付けない万能肥料となる。


 ブラックローズの領地で使って良し、高く売りつけるも良しの良いビジネスだった。


 マリーは気づいていない。


 自身がフレイアを首にし、魔術師を締め付けたせいで招いた結果だという事を。


 そしてその行動のおかげで王家はフレイアを始め有能な炎魔術師を雇用し、力を拡大しつつあるが、マリーはその事に気づいていない。


 マリーは扇子を畳んで両手でへし折った。


 うまくいかない事があれば扇子をへし折る。

 これがマリーの癖であった。


 まあいいですわ。


 ブラックローズ家の収益の柱は何本もあります。


「1つうまくいかなくなった程度で傾くことはありませんわ」


 ブラックローズ家の経済力は他を圧倒していた。


 複数の収益源を持ち、その1つ1つが大きいのだ。


 だが、水面下で王家によってその柱を壊されつつある現状をマリーはまだ知らない。





 コンコン!


「今度はなんですの!」


「ブラックローズ家の当主が倒れました。恐らくもう長くないかと。急ぎ、ブラックローズの領地にお戻りください」


「…分かりましたわ」


 マリーは王都を去った。


 権力を握っていた当主が倒れた事で、盤石であったブラックローズ家の力に亀裂が入る。


 当主の交代と王家の蒸気機関計画、2つが同時に重なり、マリーは追い詰められていく。


 だがマリーはその事をまだ知らない。

 


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