第23話 僕と彼女の三角関係

「き、今日のお昼、本田君のグループと一緒に食べてもいいかな?」

 人というのは、多少修羅場を経験したからと言って簡単に変われるわけではない。昨晩何度も練習した簡単なセリフですらこの通り噛んでしまった。

「おう、いいよ。俺も藤波と仲良くしたかったんだ」

「あ、ありがとうっ!」

 僕のトラウマというのは当たり前だけど僕にしか見えていなくて、それが他者と比べてどうとか、この先似たような事が起こるかもしれないとか、理由をつけて現実から目を背けるのがいかに意味のないことかを知った。

 もちろん、まだ怖いなと思うことはあるし、不意打ちで触られたらまた過剰に反応をしてしまうとは思う。けれど、何もしていない人に対して怯えることがいかに相手を傷つけるのかを知った今、僕の壁は少しだけ崩れて、柔らかくなった。

「それでね、涼羽のことなんだけど・・・実は喧嘩しちゃって」

 本田君は涼羽と仲良くなりたくて僕に話しかけてくれたのに、その僕は涼羽と絶賛気まずい間柄だ。涼羽に紹介するという話もできそうにない。

「えぇっ!? あんなに仲良さそうだったのに大丈夫かよ、何して怒らせたんだ? 俺相談に乗ろうか」

「あれっ、えっと。本田君の事紹介できなくてごめんねって・・・」

「そんな事後回しでいいだろ。そうだ、今日は空き教室探して二人で昼飯喰おう。俺女兄弟多いから多分女心とか結構わかるし、話聞くよ」

「あ、うん・・・」

 多分いい人なんだろうなって思っていたけれど、本田君は僕が想像していたよりずっと優しい人だった。




「起立、気をつけ、礼!」

 きびきびとした日直の号令と共に、一年五組の生徒たちは散り散りに動き出す。

「じゃーな。藤波」

「またね、本田君」


 僕にも挨拶が出来るクラスメイトが出来たことにしんみりと喜びをかみしめつつ、先ほど昼休みの時に本田君に言われた事を思い出す。

『うわー、藤波ってば鈍感。涼羽ちゃん多分藤波のこと好きだよ』

 涼羽とのやり取りをやんわり相談したところ、滅茶苦茶がっかりした顔で本田君はそんな結論を出していた。

『恋愛に置く手だった藤波に好きな人ができて泣いちゃう理由なんて、一つしかないって』

いやいやまさか、とは思うけど本田君は失恋確定したと言わんばかりのどんよりとした様子で否定し辛かったのだ。


 涼羽は子供の頃からの幼馴染で、腐れ縁。でも、もし涼羽が僕の事を好いていてくれているとしたら、「友達だと思っていた人から突然向けられる好意」に怯えていた僕に気を遣って黙っているだろうな、と納得できる。

「例えそうだとしても、連絡がつかない以上真相は闇の中だし。そもそも僕には二人分の恋人が・・・」

「おーい、直央ちゃん」

 久しぶりに聞いた、よく聞きなれた声が教室の外から飛んできた。

「す、涼羽!」

 あれ以来僕のLINEを既読スルーし続けていた涼羽が僕の前に再び現れた。涼羽はぎこちなさそうに平然を装いながら五組の教室に入って来る。

「ひ、ひさしぶり、直央」

「うん。久しぶり」

「元気そうだね」

「うん」

 僕も僕で久しぶりの涼羽にどうやって接したら良いのかわからずに普段なら絶対にしないような雑談を繰り広げてしまう。

「あのさ、ごめんね」

 このまま天気の話にまで発展しそうな勢いだったが、涼羽が下手くそなニヤケ顔で切り出してきた。

「ごめんねっていうか、うん。ごめん」

「いや、僕は別に大丈夫だけど・・・」


「なんていうかさ、ボク・・・直央のこと好きだから」


「うん・・・うん!?」

「黙っててごめんね、直央が昔男友達に告白されて怖がってるの知ってたからさ、言ったら嫌われるかもなーって思って黙ってたの。それと今まで、直央があんまり友達作らなきゃ独り占めできるし、いつか付き合えるかもしれないと思って、わざと直央のこと甘やかしてたの」

「え、ちょっと待って、好きって・・・」

 まさかの本田君大的中。流石クラスの人気者は伝聞情報だけでわかってしまうのか、幼馴染の僕がずっと気付かなかったことなのに。

 涼羽があまりにさらっと自然に言うものだから、身構えていた僕の精神はすっころんでしまう。そんな風に目を回す僕に対して、涼羽はちょっと口をとがらせて追撃する。

「それなのに急に好きな人が出来たとか言うんだもん。ボクには恋愛が怖いみたいなこと言ってたくせにさ」

「あ、うん、ごめん」

「別にいいよ。まだ直央の片思いな上に相手はあの赤鬼先輩でしょ。まぁ、どうせ相手になんてされないじゃん? 失恋したところに付け込むのは効果的だってネットで読んだし、まだボクにもチャンスがあるわけだ。寧ろ告白したことでボクを女として意識していつか振り向いてくれたらなー・・・なんて」

「いや、えっと、その、ごめんなんだけど」

「いやいや、そう何度も振らなくていいって。直央に好きな人がいるのわかった上で告白したいって決めて来たんだから。決断するのに時間かかっちゃってごめんね。でも今は、直央はボクが告白したとしてもきっと友達でいてくれるって信じられたから」

「そりゃ友達でいるよ、僕にとって涼羽は告白くらいで嫌いになれるような相手じゃないもの。でもね、それはもちろんなんだけどね、そうじゃなくて・・・」

「ん?」


 片想い期間は昨日で終わったんです。と僕が説明をする前に再び教室の入口から元気いっぱいに僕の名前を呼ぶ声が現れた。

「おーい、ナオ。一緒に帰ろうぜ!」

 リュックサックを背中ではなく肩で背負ったバリバリヤンキースタイルの大和さんが怯える一年に「おじゃましまーっす」と元気に挨拶しながら僕の目の前に登場した。

「・・・ん? 誰だよその女」

 驚くべきことに、この滅茶苦茶ガラの悪い赤髪の女性は僕の恋人なのだ。

「え、なんで金雀枝大和がここに?」

「は? ナオに会いに来たに決まってんだろ」

 僕の机の前で突如繰り広げられる戦い。まだクラスに残っていた何人かはルール無用のプロレス試合を見るみたいなハラハラした顔でこっちに注目している。

「あの、大和さん。彼女は僕の幼馴染の涼羽って言って・・・」

「ちょっと、直央!? な、なんで金雀枝大和のコト名前呼びしてるのさ!?」

「幼馴染だって!? おい女。まさかお前ナオのこと狙ってるんじゃないだろうな!」

 駄目だ、収拾がつかない! 助けて本田君!

「随分粗野な言い方ですね先輩。たった今直央に告白したところですけど、何か?」

「ここここっ、告白だぁ!? おい、ナオ、どういうことだ!」

 肩を掴まれてゆさゆさと脳みそを揺らされる僕。

「や、あの、どういう事かと言われましても」

「あたしという恋人がいるくせに何他の女に告白されてるんだ!! 浮気か! 浮気なのか!?」

「こここここっ、恋人だって!? ちょっと直央、まさか、赤鬼と付き合ってるの!?」

「あ、えー、はい」

 脳が揺れて思考が働かない。もう訳が分からない。


「そういうわけだ、幼馴染だかなんだか知らないがあたし達の邪魔をしないでくれよ」

 今度は思いっきり肩を組まれる。背の高い大和さんの健康的で大きな胸部がすごい頭に当たっていて一ミリも動かせないのだけど、これを言ったら殴られるだろうな。

「ぐぬぬぬぬ、ボクが悩んでいるうちにそんな所まで進展してただなんて!」

 涼羽も涼羽でくせっ毛をメラメラと燃え上がらせて悔しさに震えている。

「ふん。でも高校に入ったばかりのノリと勢いで作った彼女なんてどうせ長続きしないよ。夏休みまで続けばいい方じゃない?」

「おい、何縁起でもない事を! あたしとナオは将来を見据えた仲なんだ!」

 え、僕それ聞いてましたっけ。

「それに比べて? 僕はもうちーっさい頃からの付き合いだから縁が切れる可能性は無いわけよ。一時のハイで生まれた恋なんてあっという間に忘れられて、最終的にはお互いを知り尽くしてるサイキョー幼馴染のボクのところに来るんじゃないかな」

「言わせておけば勝手なことを! ナオはあたし達の全てを理解して受け入れてくれたんだ、二倍愛してくれるってな!」


 大和さん、マウントの為にマヤさんの存在を匂わせるのはやめてください。


「はぁ? そんなの高校生特有の頭お花畑な恋愛思考のやつだから。一生愛してるとか他に好きになる事はないとか、平気で言っちゃう生き物だから」

「ナオはそんな男じゃない!」

「先輩こそ純情な一年男子を弄ばないで!」

「あたし達の三角関係に入ってくんな部外者!!」

「何言ってんの。寧ろボクが略奪して・・・」

 はちゃめちゃにヒートアップする大和さんと涼羽。まさか大和さんが付き合うとこんなに好意をアピールしてくるタイプの女性だなんて思わなかった。


「や、大和さん、そろそろ帰りましょう。五十嵐さん待たせてるんじゃないですか?」

「今日はお前と帰りたいから電車だ!」

「じゃあボクも一緒に帰るよ。なんたって直央とボクは親同士の親交もあるご近所さんだからね! 帰る方向も同じだからなー、いやぁ、なんなら明日から毎日一緒に登校しちゃおうかな」

「なんだと! う、羨ましい。ナオ、家の近くに空き家はないのか。あたしもナオのご近所さんになりたい。なんならナオが家に居候すれば・・・」

「束縛する彼女サイテー。直央は地元愛が強いので無理でーす」


 とりあえず二人を離してこの場を治める作戦に失敗した僕は永遠と僕の頭上で言い合いをする二人に囲まれて、なんとそのまま僕の家まで送られる羽目になった。

 今度似たようなことがあった時のためにマヤさんに切り替える昔の写真を一枚預かっておこうかなとか、どうせなら大和さんの写真も持ちたいなとか考えながら、僕はこの不可思議な三角関係の始まりを渋々受け入れるのだった。


「直央、ボクならずっと守ってあげられるよ。傷つけたりしないよ」

「ナオ、あたしの専属執事として家に住めばいいんじゃないか? 安心しろ、お前の生活は全てあたしが面倒見る。あたしとあいつで金雀枝自動車を継げばいいと思うんだがどうだろう」

「ナオ君、せっかく恋人になったんだから私にはわがまま言っていいんだよ? あの子がしてあげられないようなお願いも聞いてあげられるから」


 そんな感じで、僕と二重人格な金雀枝大和さんとの交際がスタートした。

 涼羽も含めて、僕の事を凄く好いてくれているのは嬉しいのだけど一つだけ気になる点がある。


「僕、男らしくなりたいんですけど!?」

 僕の彼女達がかっこよすぎて、理想の自分に届くのは相当先の話になりそうだ。



Fin.

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二重人格ヤンキーの副人格に恋をした 寄紡チタン@ヤンデレンジャー投稿中 @usotukidaimajin

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