第7話 入試の日に
涼羽にLINEを入れて、そのまま屋上へ向かう。
教室への出来事のモヤモヤと、事情も説明せずにいきなり昼休みを断った上で教科書を借りに行かないといけない涼羽への申し訳なさ、そして今から会いに行く先輩との会話を想像して胃がチクチクずきずきする。
それでも先輩との約束を無視するわけにはいかないので、昨日より重たく感じる屋上の扉をぐぐっと力を込めて押す。先輩は今日風邪でお休みだったらいいのにと不謹慎に願うも、その願いは空しく屋上の柵に寄りかかったスカジャン姿の女生徒が赤い髪を風になびかせて待っていた。
「遅い」
獲物を喰い殺す猛禽類のような鋭い眼差しに、僕の喉と胃がきゅっと縮まる。
「す、すすすみませっ」
マヤ先輩の方とは割と普通に話せたのに、やっぱりこっちの先輩は怖い。当たり前だ、ヤンキーだもの。
「こっち座れよ」
顔を見せるなと言ってきた僕が現れたことで急に顔面を殴られるかもしれないと心配したが、ちゃんと昨日の僕とマヤさんの会話を知っているようで、屋上の中でも日陰になっていて腰掛ける場所があるエリアに誘導してくれた。
風を防ぎつつも日陰で程よく涼しい場所に腰掛けると、大和先輩は手に持ったコンビニのビニール袋から焼きそばパンとコロッケパンと牛乳を取り出した。ビニール袋の形を見る限りはまだ中に何個か入っていそうだ。
ヤンキーってやたら焼きそばパン買ってこいって言うイメージあるけど、本当に好きなんだなぁ、とか大和先輩が女子にしては背が高い方なのは牛乳をよく飲むからなのかな、とかコンビニのレジ袋は有料だから僕はいつもエコバックを持ち歩いているのに先輩はお金持ちだからそんなの気にしないのかな、なんていう日常的な雑念で気を紛らわせながら、先輩の隣に座って膝の上にお弁当を広げた。
ちょっと距離が近いけど、屋上の地べたに座るのは行儀が悪いし反対側に座るとあまりに遠い。
「弁当か」
「は、はい。夕飯の残りと冷凍食品詰めているだけですけど・・・」
急に話しかけられて肩がビクッと跳ねる。いや、隣にいるんだから話しかけられるのは当たり前なのだけど、先輩は常にどすの利いた声で喋るから普通に声をかけられるだけでもなんだか怖い。先輩は僕のお弁当を物珍しそうにじっと見つめている。
「自分で作ってんのか」
「あ、はい。一応・・・両親が共働きで朝早いので」
昨晩の残り物と冷凍食品を詰め合わせて卵焼きを足しただけの僕の弁当は、良くも悪くも庶民的だから先輩には珍しいのかもしれない。僕が料理男子だったらここで「先輩の分も作ってきましょうか?」なんて言えるのだけど、自分で作ったメニューが卵焼きとおにぎりだけの弁当をどや顔で振る舞う勇気は無かった。
「そうか」
僕のお弁当に興味を失ったのか、バリバリバリと雑に袋を破き豪快に口を開けて焼きそばパンを頬張る大和先輩。ちらりと見えた八重歯が荒々しく、まるで生きた小動物を貪り食う獣みたいに恐ろしい。
「おい、お前」
あんなに大きな一口だったのに、しっかり口を空にした先輩が今度はあさっての方を見ながら話しかける。
「は、はい」
「・・・あいつと話したことは、忘れろ」
あいつ、って言うのは多分マヤさんの事。
「話したことっていうのは、その」
「全部だ」
二重人格のこと、マヤさんの名前のこと、なんでかわからないけど先輩を更生させたがっていること、そして告白の件。
「全部わすれろ、あいつの事も、私の事も」
恋人になる話を断るつもりで来ていた僕にとって、それは都合の良いお願いだった。
「色々お前に吹き込んではいたが、全部あいつの勘違いだ。もうお前には関係ない。連絡先も消せ」
二重人格でヤンキーのお嬢様。そんな先輩と関わるなんて対人スキルの低い僕には到底無理な話だ。向こうから無関係を提案してくれるなら、それが一番いい。
頭で出ている平穏で平凡な最適解とは裏腹に、僕は何故か入学試験の日に先輩に励まされた事を思い出してしまう。
***
僕がこの高校を選んだ理由は、中学時代の『友達』が絶対に進学しないだろうと思ったからだ。偏差値の高さと家からの遠さ、少なくとも僕に近しい人間は誰も受験しないだろうと判断した。幼馴染の涼羽も同じ高校を受験すると聞いた時は驚いたけど、僕にとっては嬉しい誤算だった。
だけど、入学試験当日。僕は受験票を持って歩く見覚えのある顔を目撃してしまった。
そいつは中一の頃同じクラスで、同じグループでよくつるんでいた友達の一人。
中一の夏休み、あいつの家でゲーム大会をしようと言う話になった時のことだ。約束していた他の友達が遅れてくるとかであいつの部屋で二人きりになった際、何をとち狂ったのか友達だった筈のあいつは僕にいきなり抱き着いてきた。
その頃の僕は、初対面の人に女子と間違われることはあっても男子から「そういう対象」として見られているとは想像出来ていなかったので、突然の出来事にただただ硬直して何も言えずに黙ってしまった。
僕が暴れたり反撃してこないことを都合よくとらえたのか、あいつは「いきなりごめん。自分でも変だと思うけど俺、藤波の事が好きだ」なんて悦に浸った告白を始めた。本当にごめんと思うなら突然抱き着いたりするだろうか、あり得ない。気持ち悪い、怖い。友達だって言ったのに。一緒にどんな女子が好きかって話したのに。
本当に本当に気持ち悪かった。怖くて怖くて怖くて、僕は泣きながらあいつの家を去った。
その一件以降、あいつは僕に何もしてくることはなかったし、表面上は今まで通り普通の友達として接してきた。それが僕には余計に怖くて、あんな意味不明な行為を突然してくる気持ち悪い奴も普通の男友達みたいに僕に接することが出来るんだと思うと、他の男子との接し方も段々とわからなくなってきた。ただ純粋に僕を男友達だと思ってくれている友達まで、怖くなった。
実際、それ以降も男の先輩に告白されたり、数少ない親友が裏で僕の事を抱けると噂してるなんて件もあって、今の僕になってしまったわけだけれど。
僕の人間不信&自意識過剰の元凶の一人が、この入学試験の会場にいた。
「なんでこんな・・・」
同じ高校の受験者についてはさりげなく情報を集めてはいた、けれど直前まで迷っている人や秘密主義の人もいたから確実とは言えなかった。誰か一人二人くらい同じ中学出身の人がいたとしてもそれは仕方ない、関わらなければいいと納得できていた。
「でも、あいつは嫌だ」
もう関わりが無いのに、あいつの顔を見るだけで僕はあの日の出来事をフラッシュバックさせてしまう。もしかしてまだ僕の事を好きなんじゃないか、だからこの高校にいるのか、なんて事さえ考えて、僕はふらふらと受験会場である教室から離れて行ってしまった。
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