第6話 僕とクラスメイト

 翌日の昼休みはあっという間に来てしまった。

 授業の間ずっと断り文句を考えていたけど結局これだという案は出なかったので、もう行き当たりばったりでなんとか乗り越えるしかない。昼休み開始のチャイムと同時に席を立って教室から出ようとしたら、珍しく声をかけられた。


「ねぇ、えーっと。藤波? だっけ」

 苗字がうろ覚えであることを隠そうとしないで僕に話しかけてきたのは、後ろの席の本田君だ。地毛っぽいこげ茶色のふわふわ頭と、平均的な身長、やや中性的だけど僕みたいな女顔ではなく綺麗な男性の顔付きをした非常に羨ましい人種だ。

 既にクラス内でも男女問わず多くの人と仲良くなっているようで、あと数週間もしたらスクールカースト上位に君臨しそうな男だ。そんな男が何の用事だろう。

「なに?」

 僕はこれから赤鬼と呼ばれる学校一のヤンキーに交際の御断りを入れなくてはいけないから忙しいのだけど。

「いきなり悪い! 今日数学家に置いてきちゃったんだけどさ」

 今日の五時限目は数学だ。確か前回の授業の時に宿題が提示されていた。教科書の問題をノートに解いていくといういたってシンプルな課題だったので僕は課題が出されたその日のうちに終わらせた筈だ。

 もしかして彼はノートを忘れたからと言い訳して、僕に宿題を写させて欲しいと言いたいのか。

 いや、友達が多いのにわざわざ僕に頼むなんてあり得ないかな。

「藤波って他のクラスに友達いるんだろ? 借りれたりしないかな・・・」

 なるほど。僕じゃなくて涼羽を期待して声をかけてきたのか。

「・・・涼羽も数学あるとは限らないし」

 クラスでは上手くやっていても、まだ他のクラスで友達を作っている人は少ない。もう少しすれば部活や委員会活動が活発になってクラス外の知り合いも増えるのだろうけれど。現時点では僕みたいに他クラスに同中の知り合いがいる人は貴重なのかもしれないな。

「聞いてみてくれない? ごめん、頼むよ!」

 一度の教科書忘れくらい勝ち組の君には関係ないんじゃない、と逆恨みの入った嫌味でも言いたかったけど僕が惨めになりそうなのでやめた。

「頼むよ、今日もその子と昼飯食べるんだろ? ついでに」


 ・・・は?

 なんでそんな事知ってるんだ。僕がいつも昼休み教室にいない事は当然既知の事実だろうけれど、その僕が別のクラスの女子とご飯を食べているからと知っているなんておかしいじゃないか。

 もしかして本田君、僕の跡をつけていたのか?

「あっ、いやいや。今のは言い方悪かったよな。ついでなんて言って、ごめん」

 僕が憎悪の顔を見せたからか、急にへりくだって謝りだした。そんなことに怒っているわけではないのに。

「その、藤波が三組の女子と付き合ってるの噂になってたからさ、それなら教科書くらい気軽に借りられるんじゃないかなー・・・って。悪い、失礼だよな」

「噂? 僕が?」

「噂って言っても別に別に悪い噂じゃないからな? 入学して直ぐなのに彼女出来るなんてすげぇじゃん、なんていうか・・・こう言ったら少し失礼かもしれないけど藤波ってあんまりチャラそうじゃないのに意外とやるんだなぁ、みたいな」

 そうか、高校生にもなると特別親しい男女は恋人に見えるものだよな。クラスで一人も友達がいない僕が堂々と毎日別の教室で女の子とご飯を食べていたら多少話題にもなるか。

 高校生の噂って本当に広まるのが早いみたいだ。僕達の場合は同じ中学出身の人がいないから友達同士だって否定する人もいないし。

「ただ同じ中学だから一緒にご飯食べてもらってるだけだよ、彼女じゃない」

 僕は別に構わないけれど、涼羽にとってはこんな噂迷惑になってしまうだろう。

「なんだ違うのか、てっきり彼女かと思ってたわ」

「でも今日は涼羽とご飯食べないから。じゃあね」

「えっ」


 僕は彼の隣を横切って歩き出す。その瞬間。

「おいおい、待てって」

 僕の左手首を掴まれた。


「―――触るなっ!!!!」


 バシッ、と勢いよく本田君の手を叩き、声を荒げる。さっきまで昼休みのざわめきに満たされていた教室は一瞬にして静まり返り、教室後方にその視線が向けられる。

「そ、そんなに怒らなくても・・・」


 怯えと困惑が混じった本田君のカオを見て、やってしまったと気付いた。周囲の人達からすれば僕がいきなり本田君を叩いたように見えているだろう。実際にそうだ、男の人に手首を掴まれただけなのに、動揺して思わず叩いてしまった。

 僕の中学時代の悪夢はこうやって高校時代の僕まで蝕んでいくんだ。男子は僕を性的な目で見ている。女子は僕を嫉妬の対象として見てしまう、恋愛なんてできない。そんなわけないのに、自意識過剰だってわかっているのに、僕の身体は悪意の無い接触すら強く否定する。


「・・・教科書、涼羽に聞いてみるから。じゃ」

 クラス中の注目を集めた僕は小さく震えた声でそれだけ言い放って、教室を出て行くのが精いっぱいだった。印象最悪だろうな、これから一年間、下手したら三年間ぼっちになるかもしれない。


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