第4話 三人称の告白
ヤンキーがお嬢様の別人格を生み出した?
それは何のために?
「ほら、見た目だってどう考えてもあの子に寄ってるでしょう。私が最初の金雀枝大和だったらこんな奇抜な髪色にしないって」
あはは、と無邪気に笑う金雀枝先輩。笑う仕草まで上品だ。
なるほど。言われてみれば確かにそうだ。でも益々わからない。世間に縛られない自由で強いヤンキーに悩みなんてなさそうだし、わざわざ正反対の大人しい別人格だなんて。
まさかお嬢様になりたい変身願望というわけじゃあるまい。
「おや? なんか失礼なこと考えてるねぇ、ナオ君。あの子に告げ口しちゃおうかな~」
「や、やめてください。なんにも考えていないですって」
「あはは、冗談だよ。それにあの子だって理由なく暴力振るう様な悪い子じゃないよ。確かに口は悪いし直ぐに人を睨みつけるけれど」
「それだけで充分に怖かったんですが・・・」
「それはナオ君がもごもごしてるからだよ。あの子はハッキリしない男の子はタイプじゃないからね。好かれたいならもっとシャキッとしなきゃ」
「いや、別に好かれたいわけでは・・・あれ?」
「なぁに」
こてん、と首を傾げる。外側に無造作に広がった赤色が身体に合わせて一方向に流れていく様がなんだか綺麗だ。
「記憶は共有されているんですか?」
お嬢様の金雀枝先輩の口ぶりは、さっきまでの僕とヤンキーの金雀枝先輩との会話を見ていたみたいだ。
「もちろん。私はあの子の一部だからね。大体の事は私に共有される。あの子の考えている事も、見たものも、感じたものも、なんだってわかるよ」
「金雀枝先輩は普段は金雀枝先輩の・・・えっと、さっきの粗暴、じゃなくて豪快なほうの金雀枝先輩の・・・」
うぅ。聞きたいことがあるのにどっちも金雀枝先輩だから混乱してくる。
「ありゃ、どっちかわかんなくなってきちゃうね」
「すみません」
「ナオ君が謝る事じゃないじゃん。でも呼び方が一緒だと困るね。あの子の事は大和って呼んであげてよ」
「えぇ、そんな、名前でなんて・・・」
しかもヤンキーの方。殴られる未来しか見えないです。
「元々金雀枝って苗字があんまり好きじゃないんだ。いつも家の名前が付きまとうような感じがして。だから名前で呼んであげたらあの子も喜ぶよ」
「本当ですか・・・?」
副人格が言うのだから間違いはなさそうだけど、やっぱりどうも信じがたい。
それに―――
「お家の名前で呼ばれるのが嫌なのは、あなたも同じなのでは?」
副人格の先輩がヤンキー先輩の記憶や感覚を共有しているというなら、苗字に対する複雑な思いも同じなんじゃないだろうか。何気ない気付きから言った僕の疑問に、先輩は意外そうな顔をして目を見開いていた。
「どうして驚いた顔をしてるんですか?」
「あぁ、いや。なんていうか。私の方が気遣われることってあんましないから、驚いちゃったよ」
そういうものなのだろうか、よくわからない。特に僕にとっては学校中が知っているらしい金雀枝先輩の噂も耳慣れないのでどっちが本物だとかいう感覚がないのだ。
「すみません、わかったような口をきいて」
「ううん。寧ろ嬉しい。そうだ! せっかくだし、ナオ君が私にあだ名を付けてよ」
「あ、あだ名ですか」
「そうそう。できれば『ヤマト』の方から取って欲しいなぁ」
急に言われても困る。僕はあだ名をつけ合うような親しい友達がいた経験がほとんどないからだ。
確か小学校の頃はたいていの場合名前の頭文字をとって語尾に適当な文字をつけていた。例えばやっちゃんとか、やまちんとか。いや、でも先輩にそれはない。似合わないな。
やーさん? いや、それだとヤンキー以上にヤバい組織の人間みたいだ。
「可愛いのがいいなー?」
可愛い? 可愛いってなんだ。やまっぴ? やまぽん? やまっち?
どれも先輩のイメージからは遠すぎる。ヤマさんだとうちの町内会にいるみんなから慕われている元大工のおじさんと同じあだ名だし、トヤマだと中部地方みたいだし。やま、とや、やまと・・・。
「ま・・・」
「ま?」
「マヤさん、で!」
大和から二文字とってマヤさん。うん、普通の女の子にある名前だしなんとなく清楚な感じがして先輩にも似合う。よし、これは無難でいいだろ。
「ど、どうでしょうかね?」
そっと先輩の顔色を伺ってみる。先輩は背が高いから常に見下ろされているような感じがしてなんだか緊張するな。
先輩はというと、口元をうねうねと小刻みに震わせてなんとも言えないカオをしていた。これは、どっちだ?
「えーっと、怒ってらっしゃる?」
恐る恐る尋ねると、先輩は右手で口元を隠してぶんぶんと激しく首を横に振った。
「ち、ちがうよ! 怒ってない! なんていうか・・・あんまり真剣に悩んでくれたのが嬉しくって。マヤ。うん、可愛いし普通っぽい。気に入ったよ」
気に入ったと言いつつ何故口元を隠しているのかはよくわからないが、とりあえず逆鱗に触れることはなかったみたいだ。
「で、ではこれからはマヤさんって呼びますね」
「自分の名前があるなんて新鮮で、なんか気恥ずかしいなぁ」
気恥ずかしいポイントがよくわからないが、割と喜んでくれたみたいだ。
「あの子はこういうの疎いからね。小さい女の子がよくやるぬいぐるみに名前つけるのとかもしたことないし。可愛がっていた犬の名前なんて犬助だよ」
「それはまぁ、シンプルなお名前ですね」
「でしょ? だからナオ君に名前つけてもらって嬉しい」
仕草はどことなくお嬢様っぽいけど、こうして素直に笑っている先輩はごく普通の女の子にしか見えなくて、とても可愛い。副人格と言われると特殊な存在のように思えてしまうけど、マヤさんも一人の女の子なのかもしれないな。
「いやぁ、私達の秘密をバラしたのはキミが初めてだからね。色々と新鮮な経験ができて楽しいよ」
そうか、学校のみんなはお嬢様の金雀枝先輩の事を知らないのか。まぁこっちの先輩を知っていたら赤鬼なんて呼ばないよな。そもそも二重人格なんて無暗に人に知られたくないことだろうし。
「あれ? だったら何故僕に教えちゃったんですか」
マヤさんが屋上に帰ってこなければ、僕にとっても金雀枝先輩はただのヤンキーのままだったのに。どうして自分から正体をバラすようなことをしたのだろう。
「隠しているんですよね。二重人格のことは」
そんなつもりは毛頭ないし、噂話ができるような友達は涼羽しかいないけど、僕がこのことを言いふらす可能性だってある。
「・・・それは、キミに賭けて見たくなったから」
「賭け?」
ふと、マヤさんが真剣な顔つきになる。
段々と沈む準備を始めた太陽と雑音の減った校庭の声がより緊迫感を高め、僕は喉を鳴らしてつばを飲み込んだ。
「急にこんなことを言ってごめんね」
マヤさんはすらりとした細い指先の生えた両手で僕の手を包み、改めて僕の目をじっくりと見詰めた。途端、一陣の風が自由気ままに先輩の長い髪を浚う。
熟成されてそのまま忘れ去られてしまった赤ワインみたいに、深くて暗くて悲しい色をした髪が風に煽られて、四方八方へ好き好きに乱れる。
荒々しく粗雑な印象と、繊細で傷つきやすい印象を同時に与えるちぐはぐなその姿は、正反対の二人を内包してしまった先輩のアンバランスさを暗に示しているように思えた。
ひとしきり暴れた風がやむ。乱れた髪をくい、と首をゆすって払い再び先輩の瞳が僕を捉えた。
「私、金雀枝大和の恋人になって欲しいの」
生まれて初めてされた女性からの告白は、酷く他人ごとのようだった。
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