第8話 豪華景品

 その女の子が目の前に立ちはだかった。

「ちょっと、ジャンケンして行かれませんか。豪華景品が当たります」

「それってタダなん?」

 思わず訊き返した。

「もちろんタダです。お金は一切戴きません。ちょっと遊んで行ってください」


 そこまで言うんならと、カラフルな風船で装飾されたアーチ型の入り口に足を踏み入れた。

 ひょっとして老人会のおばあと間違えはったんかしら。でも、タダって言うてはるし。


 会場内にはパイプ椅子が50脚ほど並べてあり、若い人の顔もチラホラ見えた。

「あっ、ウメ」

 うれしそうにウメのそばに駆け寄った。

「ウメも来ていたん?」


 一気に不安が払拭したかと思ったが、それに反してなぜかウメは気まずい表情でいる。ウメの向こう側の席に、カメとシーちゃんが座っていた。シーちゃんは俯いたきりで顔を上げない、カメにいたっては視線すら合わせない。


「あれ、3人でランチでも行って来たん? 誘うてほしかったな」

「あんた、はように帰ってしもうたし」

 何言うてん。仕事終わりに自転車置き場で一緒になったやん。いつもなら先に帰ったら電話してくるか、家にまで押しかけてくるやんか。


 ああ、そういうことか。

 今のウチはヒロセさん状態なんや。

 女の人の中には、絶えず敵がいなければならない人がおるって、何かの本に書いてあった。ウメ、あんたもそういうタイプの女やったの?


「じゃんけんに勝ったあ」

 ウメが喜びいさんでオーブントースターを抱えて戻って来た。

「これほんまにもろてええのやろか」

 満面の笑みを浮かべるウメに愛想笑いもでけへん。


 その後もポットを手にした人、ティッシュペーパーを抱えた老人、みんな楽しそうに笑っている。

 そんな会場の片隅から、怒鳴り散らす声が聞こえてきた。


「老人会のボランティアをしているのやない。タダで景品をあげてどうするんや。健康補助食品を売ってなんぼやろ。おまえの給料はどうするんや」

 上司と思われるスーツ姿のおっさんの前で、平身低頭、平謝りする女の子。

 ウチのナオとそう変わらへん歳のように見える。あないに怒られて可哀想に。


「もう帰るん?」

「うん」

 見てはいられへんかった。

 会場のあちこちで、ポットを返そうかとか、健康補助食品買うてあげようか、という囁きが聞こえてくるのをあとにした。


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