第5話 「背表紙」

  


 足早に移動し、受付に到着した。受付には、2人の白髪混じりのおじいさんが出入り口の両端に座っていた。白と黒のチェス盤のような床の上に黒に近い茶色の椅子とテーブルが置いてある。そこに座る老人は門番のように見えた。


  



 「すみません。こちらの番号の本は蔵書されていますか?」

アリスは、メモに書かれた文字をおじいさんに見せる。おじいさんは、ゆっくりとメモを手に取りじっくりと眺める。

「この番号の本は…。確か…。ちょっと待っててね…。」

おじいさんは、もう1人の受付に一声かけると図書館の外に出て行ってしまった。



 どれくらい待っただろうか。しばらくして、おじいさんがほこりにまみれた古い本を持ってきた。

「この本だね…」





『ビーグル号航海記』




  この本は、「進化論」を確立したダーウィンの本である。当時。22歳のダーウィンは、イギリスの軍艦ビーグル号に同乗し、世界一周を果たす。イギリスの南西部に位置するプリマスを出港し、5年間かけて南アメリカ沿岸、太平洋諸島、ニュージーランド、オーストラリアを周航した。ダーウィンはこの航海の間に各地の動植物や地質を観察、調査し、標本を収集を行い、航海記として記されている。


  



 この古い本を手に取り、小声でアリスはおじいさんに語りかける。

「この本をお借りしたいのですが…」

おじいさんも小さな体を曲げて、声をひそめて問いに答える。

「本当はまずいんだけど…この紙に住所と名前、こことここを書いて、あと身分証明書だけ確認させてね…」

「ありがとうございます!」

そういうとアリスは、身分証明書と必要事項を記入した。男女平等という言葉もあるが、この時ばかりはこの不平等さに感謝しなければならない気がした。




 図書館を後にし、北に少し歩くとキングスカレッジチャペルという教会がある。そこを通り過ぎようとした時、アリスは何か思い付いたのか。急に立ち止まった。

「どこか座れる場所はないかしら」

朝降っていた雨はやんでいるが、木々や芝生には水滴がついている。未だにどんよりとした雲が水滴に映っている。

「教会の中なら座れるんじゃないか?」

そう声をかけるとアリスは走って教会の中に入って行った。




 キングスカレッジチャペルの天井は非常に高い。床から天井まで五階分であろうかという高さがある。天井は白くアーチ状になっている。両サイドにはスタンドグラスの窓が曇りでも鮮やかに輝いている。椅子は、直角になっており座る部分は深紅、椅子の木材はツヤはあるが落ち着いた茶色だ。たくさんの人がいるが、座る場所がいくつか空いている。

慌てて席を座る姿は不自然ではあったが、その姿に気がつく人も少ない。


また、慌ててノートを取り出す。急いでいても必ず手に手袋をはめる。そうするとメモを取り出し、また文字を書き始めた。最後の一文字を書き終えると私にそのメモを見せてくれた。




Back cover (背表紙)




 そして、アリスは先程借りた『ビーグル号航海記』を取り出した。背表紙を優しくトントンとたたくと、本らしからぬ音がした。その後、指で軽く押していた。私に、その本を無言で渡す。私も指で軽く背表紙をおしてみた。少し硬い…。






どうやら背表紙に何か入っているようだ。




  


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