第9話 国のはしっこへ
「エリックくんの実家ってここから近いの?」
私はさっき淹れた朝の紅茶を飲みながらエリックくんにそう尋ねた。
エドガーくんも銀くんも既に出ていて、コルネさんは夜番だったので寝ている。
必死に紅茶を冷ましていたエリックくんが紅茶からこちらに視線を移した。どうやら猫舌らしい。
「実はめちゃくちゃ遠いです」
「えっ」
実はめちゃくちゃ遠いの!?
目を丸くした私を見てエリックくんは気まずそうに頬を掻いた。
どう説明したものかと思考を巡らせている様子だ。
「あー…ここって町外れで人が少ない場所ですけど、1時間も歩けば街だし首都じゃないですか…つまり国の中心でしょう?僕の実家は田舎田舎のど田舎で。同じ国ではありますが国のはしーっこなんですよね」
「そうなんだ…?」
つまり、ここよりずっと辺鄙な場所ってこと?
国のはしっこか。この国は広いし、遠いかもしれない。
「そもそも魔術師の地位は低くく、比較的地位を確立した僕の母でさえ首都に入ることを禁じられていたんですよ。昔は。最近はそうでもないですが住みやすくはないですね」
エリックくんが不満足な口調で語ると紅茶をぐいっと飲んだ。
「魔術師は嫌われてるって本当なんだ……あ、嫌われてるって言い方良くないよね」
自分の失言にすぐ気付いて思わず口に手を当てた。
不快にさせたかなと思いつつエリックくんを見つめると、笑いかけてくれたのでホッとする。
「まあ本当のことなので今更気にしませんよ。魔術師は魔族と交わった血筋だとか、魔界から来た人間とは別種の人間だなんて散々言われてきましたから」
「そうなんだ…」
私もその手の話は聞いたことがある。絵本でも魔術師や魔女は大抵悪者。
何故かと言えば魔物が悪さしかしないからに他ならない。
「大昔には魔女狩りなんてありましたねえ。まああれは異端であればなんでも殺す、実質国の力を誇示するための見せしめで、関係ない赤髪の一族が滅んだとか。違う国だし僕たちが生まれるずーっと前の話ですけどね」
魔女狩り、そんなものもあったんだ。
関係ない一族を滅ぼしちゃうってそんなことまでして国が強いって見せたかったのかなあ。
「ま、近年の研究で人間は生まれてすぐは神力も魔力も持ち合わせてると分かったのでざまーみろーって感じですけど」
エリックくんがフッと鼻で笑う。
魔力も神力も持つ人間は育つ過程でどちらかが消え去るらしい。
ただ普通なら残っても微力で一般市民がどちらを持ってるかなんて知りようがない。
特別に力が強い人だけが祓魔師だったり魔術師だったりする。
「まあそれでも昔の影響で魔術師の住処は国の端っこに寄りがちなんですよ。だから僕の家も無茶くそ遠いです」
エリックくんは椅子から立つとポケットから白いチョークを取り出した。
「でも魔術師には関係ないですけどね〜」
しゃがむと床にカリカリと魔法陣のようなものを描き込む。
というか、多分魔法陣だこれ。
「エリックくん…?」
「あ、これは転移したら消えるから大丈夫ですよ…!?」
思わず私も立ち上がって覗き込むとエリックくんが慌てて弁明した。
らくがきじゃないですぅ!と慌てているのは少し可愛かった。
「えっと、てんいって?」
「あ、転移魔法ですよ。一瞬で行きたい場所に移動出来ちゃう至極の魔法ですっ!」
「え、すごい」
私がそういうと、エリックくんはふふんと得意げにする。
まあ僕は最強の魔女の息子ですからねっとなかなかに得意げだ。
「さて、お姉さん、そろそろ行きましょう?時間は無駄に出来ませんしね」
エリックくんが魔法陣に入って私に手を伸ばす。
どうしよう。
そう思って少し躊躇っているとエリックくんが少し乱暴に私の手をぐいっと引っ張った。
「もう!時間は限られてるんですよお姉さん!」
勢いよく引っ張られたせいでエリックくんの顔が近くて思わずそっぽを向いてしまった。
「お姉さん?」
エリックくんが首を傾げる。綺麗な空色の瞳を縁取る可愛くて綺麗な金色のまつ毛がぱちぱちしていた。
「な、何でもない!何でもないの」
近くで見てもエリックくんの顔はとても整っていて、何だか少しドキッとしてしまった。
何でだろう。
弟みたいでかわいいなんて思ってはいたけれど、やっぱり普通に男の子なんだなって。
「とにかく、しっかり掴まってくださいね!…さて、いち、にの、さん」
エリックくんがカウントダウンをすると同時にピカッと魔法陣が光った。
「わっ!!!」
あまりの眩しさに思わず目を閉じる。
そして、次に目を開くとそこにはレトロなお屋敷と、長閑な草原が広がっていた。
悪魔に呪われた令嬢は祓魔師様に溺愛されました 《本題・祓魔の聖騎士》 加賀見 美怜 @ribon-lei-0916
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