第6話 フロスト・セーシェル


甘い匂いで目が覚めた。

着替えてリビングに向かう。


「………おはよう」


見るとコルネさんが朝食をテーブルに運んでいた。


「あ、おはよう。エルちゃん。朝ごはんはフレンチトーストだよ〜」


「えっ、作ってくれたの?」


テーブルに置かれたフレンチトーストを見る。

焼き加減が丁度よくて適度な焦げ目が美味しそうだ。


「うん。みんなのぶん毎日作るのは大変だから2人で分担しよ」


「……俺も手伝うが」


「わっ」


後ろから少し眠そうなギンくんが出てきた。

びっくりした。


「カガリくん料理できるの?」


「レシピを見れば。レシピ通りに作れば失敗しない」


「…ふ、2人ともありがとう」


「ああ」


「ふふ、うん」


一緒に暮らすからって二人が気を遣ってくれているのがすごい嬉しい。


「おっはようございまーすっ!♡」


後ろからエリックくんの声がしたな、と思ったら、ギュッと…えっ、ナチュラルに抱きつかれている!?


「わ、わわわ!???」


「朝から何をしている」


ギンくんがエリックくんの襟首を掴んで引き剥がす。助かった。


「ああん、もう、何ですー」


「何ですじゃない。それはセクハラ…いや、痴漢だ」


「僕は可愛いからセーフです!!!!」


あっ、自分で言っちゃうんだそれ。

昨日の私の気遣いは一体何だったのか…。

ギンくんがエリックくんをゴミを見るような目で見てる。


「ほら、ごはん食べちゃいなよ」


「あ、はい」


コルネさんに言われて反射的に返事をする。

席につくと、ギンくんもエリックくんも座って朝食を食べる。


「んー!美味しいですねコレ!コルネ先輩いいお嫁さんになれますよ!」


「せめてお婿さんがいいかなあ」


コルネさんがそう言って困った顔をする。


「…でも、本当においしい」


こんな美味しいフレンチトースト食べたことないかも…

そもそも人が作った料理を食べるなんてのが久しぶりだ。


「ふふ、ありがと」


「今日は俺とエリックは教会に行って来る」


「教会に?」


「フロスト神父さんに挨拶しようと思ってます。一応。挨拶だけして後は日用品買い足しですかねー」


そっか、2人とも昨日行ってないもんね…。


「私も一緒に行っていい?」


「もちろんですよ〜〜!やったー!カガリ先輩って仏頂面だから息が詰まるんですよね!」


エリックくんが両手を挙げて喜ぶ。いちいち動作が大きい。

さらっと文句を言われたギンくんはちょっとむっとしながらエリックくんをチラ見した。

ギンくんとエリックくんは仲が悪いわけではないけど相性は悪そう。


「ふふ、僕はエドと留守番してるね」


エドガーくんは昨日夜番だったので今は寝ているのだろう。


「何かあったら知らせますね!」


エリックくんがそう言うと、コルネさんはうんと言って微笑んだ。





「…一番近い、とは言っても随分遠いんだな」


教会の近くまで来たところでギンくんが呟いた。

その呟きに対し、エリックくんがため息をつく。


「街よりは近いですけどねえ…」


「街はもうちょっと歩くもんね」


「おや、こんにちは」


くすりと私が笑ったところで、教会の方から声がした。

そこに立っていたのは神父服の茶髪の天パの男性。

箒を手に教会の外を掃除している様子だった。


「あ、こんにちはー。この人がフロスト神父ですか?」


「あ、いや」


この人はフロスト神父の同僚だ。

私が否定する前にシンク神父が口を開いた。


「ああ、いえ。わたくしはシンク・ヴルーム。ここの神父ではありますが、フロスト神父ではありませんよ」


「シンク神父、ですか」


「ええ。わたくしはあまりエルさんとは親交がないのです。エルさんのことはお父様から様子を見るよう頼まれましたし、教会の人間としては放ってはおけませんが、フロスト神父にお任せしているので。ですがわたくしも話は聞いておりますよ。国立祓魔師育成学校から来たとか」


昨日コルネさんとエドガーくんが来たからシンク神父もどうやら話には聞いていたみたいだ。

よろしくお願いしますね、とシンク神父は微笑んでいる。


「ええ、まあ。2人居るんですね」


「ええ。子供が多いので。代わりにシスターはおりませんが」


「あー…シスターが居ないんですね」


シンク神父は孤児を何人か保護している。

実はフロスト神父は最近雇われた人…なのか本部から派遣されたのか、その辺のシステムは私は教会に詳しくはないから分からないのだけど、ともかく最近来た人だ。

シンク神父はずっと前から…というか、お父さんがここの神父だったらしく跡を継いだ形らしい。


すると教会の中からドタバタと2人の子供が走って出てきた。


「こら、走ると転びますよ」


シンクが子供たちに声をかけた。


「ねーね、神父様おとうさま!ちょっとこっちきて欲しいの!」


「ちょっとだけだからお願い!」


男の子と女の子の二人組だ。

子供たちはシンク神父の両手をがっちりとつかんで引っ張っている。


「分かりました。行きますから。…フロスト神父なら裏の畑で水やりをしていますからそちらへ行ってください」


「あ、はい。ありがとうございます」


シンク神父は会釈すると行ってしまった。

その様子に感心したように呟いたのはエリックくんだ。


「人気者なんだなあ」


「慕われてるみたいだよ」


私はくすっと笑った。

シンク神父と子供たちを見ていると本当の親子みたいでほっこりする。


「あんな若いのにおとうさまって呼ばれてるのはフシギな感じですね」


うーむと唸りながらエリックくんがシンク神父の向かった方を見つめた。

なんとなくちらりとギンくんの方を見ると何か考えこんでいるような様子だ。


「…………………」


「銀くん?」


「…何でもない。行くぞ」


「?うん」


何でもない、と言うので特に気にしないことにした。

何か思うところがあったんだろうか。

裏庭に回るとシンク神父の言っていた通り、フロスト神父が水撒きをしていた。

フロスト神父は長い銀髪を靡かせて眼鏡の奥の銀色の瞳でこちらを見る。


「おや、エルさん……と、祓魔師学校の方ですね、こんにちは」


フロスト神父は二人の服装を見て判断した。

四人に聞いたところ着てるのはギンくんのはちょっと違うけど祓魔師学校の制服らしい。


「ギン・カガリです」


「あ、エリック・トイです!」


ギンくんが軽く会釈をするとエリックくんも元気に自己紹介をして会釈した。


「フロスト…ええと、フロスト・セーシェルです」


「ご近所さんになったので挨拶でもと思って来ました」


エリックくんがビシッと敬礼する。

その挨拶はなんか違うような。

フロスト神父も同じことを思ったのか、クスッと笑った。


「ええ、話は伺っています。エルさんのことは心配していたので四人も祓魔師の方が来ていただけるなんて安心ですね。それにあのクロード・ルイス・サリヴァンの子孫の子もいますしね」


フロスト神父はにこりと笑う。

さすがにエドガーくんのことは有名らしい。

畑の方を見るといつも思うけれど大きな畑だなと思った。子供たちも手伝うとはいえ、手入れは大変だろう。

エリックくんも私につられて畑を見た。


「でっかい畑ですね!」


「土地が広いので子供達と作物を育てています。仕事の大変さや食物のありがたみを今から学んで欲しいという先代の心遣いですよ」


「先代って…」


「シンク神父の父上様です。子供達には神父様おとうさまと呼ばれていましたね。会ったことはないですが…」


「ああ、なるほど〜〜」


エリックくんがぽんと手を叩く。

私も初めて聞いた話だけどおとうさまという呼び方も先代から受け継いだものだったんだ。


「作った作物は食べるんですか?」


「半分は。もう半分は売って収入にしています。子供達を養うのに必要ですしね、先代を支持してる貴族の方からの支援もありますけど…、君たちは生活費、大丈夫なんですか?」


フロスト神父が心配そうに首を傾げる。

そういえば食費とか雑費とか大丈夫なんだろうか、すっかり失念していた。

心配になってエリックくんの方を見る。


「学校から支給されるから大丈夫ですよ〜!まあ修学旅行費用みたいなもんで、親が学校通してって感じですけど」


「そうですか。なら良かった。何かあれば遠慮なく言ってくださいね」


フロスト神父と一緒に私もほっとした。

私にも実家の仕送りはあるけど微々たるものなので街でたまにものを売って稼いでギリギリだからだ。


「はい!ありがとうございます」


「ありがとうございます」


エリックくんの元気なお礼につられて私も思わずお礼を言ってしまった。

でもフロスト神父の気遣いがありがたいのは本当だ。


「買い物行くか…」


ギンくんが呟いた。

そうだ、あまり長居してしまうと買い物する時間がなくなってしまう。


「あ、そうだね」


「ふふ、行きましょう行きましょう!じゃあフロスト神父!また」


「ええ。また」


エリックくんにぐいっと手を引かれて教会を離れて行った。

ギンくんがこらと言うが大丈夫と私は答えた。


…教会からだいぶ離れた私たちにはフロスト神父の呟きなど聞こえることはない。


「………、さて、どうしましょうかね…」

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