クエスト22/よしっ! ボコりましょ!!



「ぬおおおおおおおおおッ!? は、話せば分かるって教科書で習わなかったかッ!?」


「うっさいアホっ!! くのっ!! このっ!! ていっ、ていっ!! 一回ぐらい当たりなさいよアキラ!!」


「全力で殴って来てんのにワザワザ受けるかよッ!? つーか落ち着けッ、落ち付けってッ!!」


「安心しなさい、これ以上ないってぐらい冷静よっ!! 冷静に考えた結果殴ってんのよ!!」


 部屋に戻ったら途端、理子の襲撃にあったアキラはかれこれ五分ぐらい逃げっぱなしであった。

 話せば落ち着いてくれると思ったが、一向に彼女が拳を収める気配などなく。


(いや少しは理解できっけども!! オレだってセックス誘って始まった途端にやっぱ止めたって腑に落ちない案件だけどもさぁッ!!)


 ひょいひょいとパンチを避けながら、アキラには理子を説得に足る言葉を見つけられなかった。

 然もあらん、冷静に考えれば自分だって憤慨する。

 暴力までいかないが、問いつめたくなる。


「謝るからッ、オレがマジで悪かったから!! 一回止まってくれぇ!!」


「打つべしっ! 打つべしっ! 臓物を抉るように打つべしっ!!」


「蹴ってんじゃねーかッ!? うわッ?? 缶詰を投げるのは止めろぉッ!?」


「アンタがまともになるまでっ!! とりま殴る!!」


 キシャー、ウケケケと笑いながらアキラを追いかける理子、全力で動いているので体力など尽きそうなものだが。

 今の彼女は脳内物質がドバドバで、疲労感など吹き飛んでいる。

 あるのはただ、アキラへの愛だ。


(わたしは証明する――アンタの愛に負けないって!!)


 彼が本気になれば、理子なんてあっという間に押し倒されるだろう。

 だが、アキラは一度も反撃せずに。


「舐めてんのアンタっ!! ちょっとは反撃しなさいよ!!」


「お前を殴れる訳ねぇだろうがッ!! 例えお前に殺されたとしてもだ!! 絶対にテメェだけは傷つけない!!」


「それが気にくわないって言ってるのよ!! ズルいのよアキラは!! そうやって一方的に愛を押しつけて!! わたしの愛なんて受け取ってくれない!! 見てくれないんだから!!」


「――――ッ!? そ、それ……ぐはッ!? おっっごぉッ!? あがッ、ギブギブギブギブッ!! 参った、降参するから!!」


 動揺した一瞬、アキラの腹部に拳が入り後ろに倒れ込む。

 幸いにして背後はベッドであったが、そのまま馬乗りにされ、ばしばしと額やら頬やら叩かれて。

 流石に疲れていたのか、その打撃は軽かったものの。


(痛ぇ、ああ、体じゃねぇ、殴られる度に心が痛ぇんだ……)


 痛みの一つ一つに、彼女の悲しみが、怒りが伝わってくる気がする。

 どれだけ彼女を傷つけていたのか、何度も何度も突きつけられて。


「――――なん、で……ねぇ、何でよ……、どうしてアンタは反撃してこないのよ……、わたしと、喧嘩さえしたくないっての?」


「………………ぁ」


 いつの間にか拳は止んでいた、その代わりに彼の頬に大粒の水滴が落ちる。

 泣いているのだ、理子が。

 アキラは思わず彼女の涙を拭おうとして、その手を止めた。


(今のオレに……そんな資格があるのか?)


 けど、心に嘘はつけない。

 躊躇した手を動かして、彼女の頬を伝う涙を怖々と指ですくい取る。


「ごめん理子、口では喧嘩できる、でも子供の頃のように殴るなんて出来ない、お前を殴ってしまったら、お前の前に立つ事なんて出来なくなる」


「それじゃあわたしがガキって言うのっ!! ええそうよどーせガキよわたしはっ!! アンタの全てを受け止めたいのに受け止められないっ、恋人なのにアンタの暴走を止められない!! ねぇ……わたし達って、ホントに恋人なの?」


「~~~~ッ、恋人だッ、お前が悪いんじゃない、オレが悪いんだッ、ガキなのはオレだ!! 幼稚な独占欲を振り回して、お前を悲しませてる……、オレが、オレがガキなんだ……」


 自己嫌悪で傷ついた目をし、顔を背けるアキラに理子は、嗚呼と湿った声を出した。

 どうかしてる、本当にどうかしてる。

 悲しいのに、どこか嬉しいだなんて。


「……わたしは、そんな顔をさせたいワケじゃないのよ」


「ごめん……」


「アンタのそんな姿なんて、見たくないのよ」


「…………ごめん」


「見ちゃうと…………悲しくて、胸が苦しくて、でも――――嬉しくなる」


「はい?? ちょっと理子さん?? 理子??」


 思わぬ言葉に、アキラは強制的に正気へ戻された。

 今、彼女は何と言っただろうか。

 聞き間違いであればいい、だが現実は残酷で。


「アンタが目覚めさせたの、アキラが余りにもダメ過ぎるから、みっともない姿をする度に、……嗚呼、アンタはわたしが居ないと生きていけないんだって、優越感を感じちゃう、うん、アキラが身動きできないほどの重石になって、可哀想なアンタを抱きしめてあげたいって、そう思っちゃうの」


「…………――~~~~ッ!? なんか変なのに目覚めてるううううううううッ!?」


「ねぇアキラ? アンタはわたしがもっと殴れば、もっとダメな男になるの? わたしがアンタをレイプすれば、ダメダメな男になるの? ねぇアキラ――、アンタを骨の髄まで甘やかしたら、ダメになるの?」


 やっべ、超ヤバイ、どげんかせんといけん、アキラの脳内で警報ベルがけたたましく鳴る。


(オレがダメ過ぎて理子が変になったああああああああああああああッ!?)


 どうすればいい、ここから何が出来る、この先どうなるかが全く分からない。

 アキラは焦りに焦るが、口がパクパクと動くだけで言葉が出てこず。


「んふーー、ダメねぇアンタは……何も言えないの? よしよし、じゃあこれから……そうねぇ、さっきの続きといこうかしら、――んしょっと」


「ぁ、~~~~ッ!? ぬ、脱ぐんじゃねぇよ!? は? 何しようとしてんのお前ッ!?」


「何ってセックスだけど? アンタが同意しないなら逆レイプになるけど?」


「ちょっとして欲しかったシチュだけど、この状況じゃ嬉しくねぇよッ!?」


 にたぁと笑いTシャツを脱いだ理子は、そのままブラも外し。

 となると、上半身裸で短パンという非常にフェティッシュな格好となる。

 それは必然的に下から見るアキラにとって、流されても良いんじゃね? と思ってしまう程に魅力的だ。


(――――だけどなぁ、違う、それは違うんだよッ!!)


 唇を噛みしめて、血の涙を流す勢いで目を見開き。

 アキラは理子の両肩を掴んで押し返す、同時に起き上がり視線の高さを合わせると。


「違う、それは違ぇんだよ理子……」


「――――それは、また勝手にわたしを守ろうと?」


 そうであるなら許さない、無理矢理にでもセックスすると彼女は冷え冷えとした空気を出して。

 しかし、それで揺るぐアキラではない。

 譲れないモノがあるのだ、男として。


「違う、…………逆レは趣味じゃない、押し倒されるなら超エロい下着とネコ耳で、大人の玩具を用意した上で、未開封のコンドームを口で加えて欲しいんだ――――ッ!!」


「……………………はい?」


「ああ、聞こえなかったか? おっぱいを強調させながらデカケツをエロく振ってだな……」


「どーしてそうなるのよ!! そこはオレがしっかりするからとか!! セックスさせて欲しいって懇願するのが筋ってもんでしょーがっ!!」


 ぎゃーすと火を噴く勢いで理子は怒り出す、だがアキラとて言いたいことはあるのだ。


「ウルセェ!! テメェがダメなオレを受け入れるならなぁ――――もっとダメになってやるよ!! オレはお前に愛されたいんだよ!! そりゃあ、まともな関係の方が良いってお前には綺麗でいてほしいって思うけどなぁ!! セックス出来なくて脳味噌に精子詰まってるんだよコッチは!! 思う存分好きなシチュでセックスさせてくれ!! 出来れば避妊して!! そしたら冷静になるから!! ちゃんとまともになるからッ!!」


「あ、アンタってヤツはああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 逆ギレにも程があるし、何より図々し過ぎる、ダメ人間の極みとも言える要求だ。

 いったい恋人を、愛しい彼女を、長年連れ添った幼馴染みでもはや内縁の妻で若妻同然の存在を、何だと思っているのか。


(――――ダメだ、わたしが間違ってた……)


 殴って本音を晒しながら喧嘩なんて、アキラの大きすぎる理子への愛への前には無力だった。

 逆レして甘やかして、ダメになる方に導けば逆にまともになると思ったが、むしろダメな面を引き出してしまった。

 どうする、何が出来る、彼の愛は巨大で重くて、理子一人では振り回されてしまう。


(…………………………わたし、一人?)


 ズガン、と何かが音を立てて繋がった気がした。

 彼女の思考がズンズンと進み始める、ぼやけた像が焦点を結ぶ。

 彼女一人では無力かもしれない、だが今この状況下では一度だけ使える手段があって。


(嗚呼、そうね、残ってたわね、――天使のオッサンへのお願いが)


(あ、なんかヤベェ、さっきとは違う意味でヤバくないッ!?)


(あはっ、あはははははっ、足りなかった、わたしには『覚悟』が足りなかったっ!!)


(くそッ、嫌な予感しかしねぇッ!! でも――オレに何が出来る??)


 何が出来るか分からなくても、今は行動しなければ。

 口を開いて言葉を紡いで、何としてでも止めるのだ。

 アキラがそう決めた瞬間だった、理子は天井を見上げて。


「天使のオッサン、見てるんでしょう!!」


「お、おい理子ッ!?」


「自己目標達成の『お願い』を使うわっ、出てきなさい――――っ!!」


 慌てて彼が彼女の口を塞ごうとするも、既に時は遅し。

 体はピクリとも動かず、耳は聞き覚えのある声を捉えて。


「お、理子はんも使うのですな『お願い』をっ!! ええでっしゃろ!! 何でも言ってくれてエエで!! オッサンが叶えたるさかい!!」


 実に楽しそうに、天使のオッサンは出てきたのであった。


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