クエスト21/セックスさせてくださいお願いします!!



 アキラが手にしていたのは、とあるボードゲームだった。

 幽霊が描かれたパッケージで、商品名が英語で記されてある。


「――――っ!? あ、アンタそれはまさかっ!?」


「そうだぜ理子……お前なら分かるよなぁ、金欠で買えないって嘆いてた、お前がスゲー欲しがってたアレだ」


「………………ガイスター、くっ、それも交換ラインナップにあったなんて!!」


「ふッ、甘いな理子!! これは天使のオッサンに頼んで通常の十倍のポイントで取り寄せて貰った物だぜ!! しかも持ち帰りOKだ!!」


 不敵に笑うアキラに、理子は臍を噛んだ。

 先手を打たれた、今度は正真正銘の予想外の方向から。

 だが始まってしまえば、この先の展開予想など良くも悪くも簡単だ。


「…………欲しいって言ってもくれないんでしょうねアンタは」


「そうだ…………最初に言った筈だぜ理子、これは交渉だと」


「アキラの望みは?」


「分かってるだろ?」


 彼はそう言うと、膝を床に着けそして。


「お願いします!! 金玉がもう限界なんですお前の魅力に勃起しっぱなしで辛いんです!! セックスさせてください理子様!! お願いします!! 先っちょだけで良いから!! な? な? お願いします!!」


「ストレート過ぎるのよバカ!! 土下座すんな!! ううっ、憧れのガイスター……、でも貰ってしまえばセックス……それは何か負けた気がするわっ!!」


「いやお前の勝ちだから、お前の完全勝利だから、言わば貢いできた男にご褒美あげるだけだから、な? セックスさせてくれええええええええ!!」


「うえぇ……、ちょっと必死過ぎないアンタ??」


 余りに必死な様子に、理子としてはちょっと引いてしまう。

 己の体が男に、特にアキラにとって魅力的に写っているのは自覚している。

 だからこそ禁止令を出したのだ、だが、今の彼は予想以上にギリギリな感じで。


「お前に理解できるか? 超絶美味いご馳走の味を覚えてしまって、さあ腹一杯食って良いぞって時に取り上げられた気持ちが……!!」


「わたしを食事に例えるのが気にくわないので却下」


「ごめん、失言だった!! けど聞くけどな、――お前はどうなんだよ、オレとセックスしたくないのかよ!! ちなみにノーって言われると泣くぞ?? ああん?? 良いのか? みっともなく泣くぞ??」


 既に半泣きであるアキラに、理子は地獄より深いため息を吐き出して。

 確かに一方的に否というのはフェアではない、何より言葉にしなかったから部屋に来るまで幼馴染みのままだったのだ。

 彼女は苦笑をこぼすと、彼の頭をよしよしと撫でる。


「バカね、わたしもアンタとセックスしたいわよ。もっとアキラと一緒に居たい、だから……こうして誰にも邪魔されずに二人っきりて居たいって気持ちも多少は理解するわ」


「理子!! お前は世界一良い女だ~~ッ!!」


「でもね、それとこれとは別。断りもなくそうしたのは怒ってるし、何より……恋人といえど物で体を許す安い女じゃないわ。――ねぇアキラ? アンタが言う世界一良い女って、玩具と引き替えに抱かれる女かしら?」


「それは……」


 もっともな話だった、アキラには食い下がる言葉が出てこない。

 出てくるはずがない、もし言葉で食い下がるというなら理子が世界一良い女という己の言葉を、評価を嘘にする事だからだ。

 それは己にとって、何より彼女にとって侮辱である。


(――ならどうする、大人しく引き下がって何か変わるのか?)


 やり方が間違っていた、それを否定する事はできない。

 己の性欲に、愛に負けた、それも否定できない。

 その結果が今なのだ、プロポーズを断られ挙げ句の果てに物で釣ろうとし失敗。


(言葉に……しなかったんだな、理子の意志を無視してた)


 だから、今からする事はシンプルだ。

 アキラは立ち上がると、彼女を抱きしめて。


「うわっぷっ!? ちょっとアキラっ!?」


「――オレが間違ってた、だから正直に言う」


「な、何よ……、色仕掛けなんか通用しないんだからね……っ」


「セックスしたい、何よりも愛おしいお前とセックスして愛し合いたい、お前を……感じていたい、気持ちよくさせたい」


「っ!? す、ストレート過ぎるのよばかっ!!」


 とくん、と甘い痛みを出してしまった心臓が恨めしい。

 己はこんなに簡単な女であったかと、理子は自問自答しかけてしまう。

 流されてはいけない、付き合い立てだし昨夜は控えめに言って悪くなかったが。


「ダメ、か……? なぁお願いだ、オレの女神……どうかオレにお前を愛する権利を与えてくれ、頷くだけでも良いんだ、なぁ……」


「――――ううっ、流されない、流されないんだからね~~っ」


「いいさ、お前の許可が出るまでオレは辛抱する、お前がセックスしても良いって思えるまで我慢して……、耳元で愛を囁き続けるし指とか舐めるし足だって舐める、安心しろ……あくまでそれだけだ」


「どこに安心する要素があるのよっ!! どう見てもエロい行為が混じってるじゃない!! ああもうっ、離せっ、離れろったら!!」


 アキラの抱擁から力付くで脱出した理子は、顔を真っ赤に染め、ふーっ、と荒い吐息と共に彼を睨む。

 己の体を守るように自分自身を抱きしめ、いつでも逃げ回れるように距離をとる。

 ――その姿が、彼の劣情を誘うとも知らずに。


「ぐおおおおおおおおおッ、なんだテメェ!! エロい事するんじゃねぇッ!! 股間が痛いほどエロいじゃねぇかああああああああああ!!」


「なんでいきなりソッチに振り切れるのよバーカ!! 知らないわよエロいとかエロくないとか!! もう!! もう少しあの調子で迫ってくるんなら、仕方ないなぁって思えたのにっ!!」


「え、マジ??」


「………………悔しいけど、マジよ」


「――――お前の手にキスする権利だけはくれないか?」


「今更遅いわよばーかっ!! ばかばかばかアキラのば~~~~かっ!!」


 恥ずかしそうに悔しそうに罵る理子の前で、アキラはぐしゃっと膝から崩れ落ちた。

 己は本当に愚かだ、なんと愚かすぎて涙が出てくる。

 千載一隅のチャンスだった、今のはゴールを決められた絶好の機会だったのに。


「ぐううう、あああああ、ぐああああああああッ、おろろろろーーーーーん、おろろろーーん!!」


「ガチ泣きっ!? アンタどれだけセックスしたかったのよ!?」


「オレッ、オレは……オレはあああああああああ!! せ、せっく、セックスしたかったのにッ、うわああああああああん、理子とセックス、セックーーーースッ!!」


「うわぁ……うっわぁ……マジ? これマジなの? ええぇ…………??」


 わんわんと大声で泣きだすアキラに、理子はどん引きした。

 これが恋人か、こんなのが恋人なのか、長年幼馴染みとして一緒に居て初めてみる情けなさ過ぎる姿。


(で、でも……それだけ愛されてるってコト、よね?)


 彼の号泣姿を見ていると、心に不思議な気持ちが浮かび上がる。

 にぃ、と口元が歪む感覚、これはダメだ、いけない扉が開いてしまったかもしれないと。

 本当にどうかしてる、恋人のそんな光景に。


(わたしが居なきゃダメなんだからって、それダメンズの思考よねぇ……、嗚呼、でも何か分かっちゃう、アキラはわたしじゃなきゃ、わたしが居ないと生きていけないって、必要とされてるって思っちゃう)


 愛もあるだろう、だが性欲だ、性欲で彼は泣いてる筈なのに。


(そんなアキラが、愛おしいって、胸がきゅんきゅんするの……こんなの間違ってるって思うのに)


 抱きしめたい、よしよしと慰めてあげたい。

 理子の心に、そんな衝動が沸き上がって。

 否定しなければならない、ただでさえ異常な状況で、彼の不器用で異常とも言える愛をぶつけられているのに。


(でも……アキラがそうなら、わたしも少しぐらい、うん、少しだけ変になっても)


 不思議ではない、むしろこの状況においては正常な反応かもしれない。

 己への言い訳が積み上げられていってしまう、一つ、また一つと、仕方ないと。

 彼女はそれをストンと受け入れて、彼の前にしゃがみこむ。


「――――ね、アキラ……顔をあげてよ」


「理子ぉ……」


「ダメねぇ、アンタってホント、わたしが受け入れてあげないとダメなのねぇ」


「うううッ、理子ッ、理子……!!」


「アンタみたいに愛が重くてさ、わたししか見えないダメな男なんて、他の誰が喜んで受け入れるのよ」


「おおおおおッ、理子!!」


「はいはい、抱きつく前に立って……そう、手を引いてあげるから、ね? ベッドで愛してよ」


 アキラは首が千切れそうなぐらい何度も頷いて、素直に誘導されてベッドまで行く。

 理子は彼に微笑みかけると、ベッドに倒れて両腕を彼に伸ばした。


「おいで、ダメダメなアンタでも愛してあげる」


「――――理子」


 彼はTシャツを乱暴に脱ぎ捨てると、彼女に覆い被さって。

 本能のままに彼女の服を脱がそうとして、ピタっと止まる。


(………………あれッ!? 今のオレ、スゲー情けなくね?? 超哀れまれてる上にさ、慰めックスしようとしてね??)


 違う、何が違うかと言われば返答に困るが。

 待望のセックスではあるのだが、こう、男の沽券に関わる気がするのだ。

 もう少し言えば、このままセックスしてしまえば己の理子も駄目になってしまう気がして。


「……どうしたの? 脱がさないの?」


「………………あー、スマン、ちょっと今回のセックスはキャンセルで頼む」


「………………?? え? は? ちょっ、なんで服着直してるのよっ!? セックスするんじゃないのっ!?」


「いや駄目だろこんなの、うん、スマン、ちょっと頭冷やして明日また口説き直すわ、晩飯の後でガイスターを一緒に遊ぼうぜ」


 そう一方的に言うと、アキラはシャワーを浴びに行き。

 理子はベッドに取り残されたまま、ぷるぷると震える。


(な、なんなのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!)


 屈辱だ、折角こうして慈悲をかけてセックスに誘ったというのに。

 あれだけ望んでおきながら、キス一つせず止めるなんて。

 理子の心にふつふつと怒りが沸き上がる、どうしてくれよう、この怒りをどうすればいいのだ。


「――――わたしが、間違ってた」


 シャワーの音をBGMに、理子が座った目でアキラを睨む。

 彼がどういう気持ちで、どういう理由でセックスを断ったのか知らないが。


「売られた喧嘩は、買うわよアキラ…………っ!!」


 彼女は拳を握りしめ、ベッドから降りる。

 これは喧嘩だ、いつもと同じ喧嘩で、恋人になってから初めての本格的な喧嘩。


「ボコボコにしてやる」


 彼が愛によって迷走するなら、己は愛により殴って道を正すのだと。

 理子はそれはとても獰猛な笑みを浮かべ、彼がシャワーから出るのを待った。


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