クエスト11/乙女心を理解せよ



 時は、深夜まで巻き戻る。

 隣で理子がくかーと気持ちよく寝息をたてている中。

 アキラはむくりと起き上がり、ベッドからこっそり降りてタブレット片手にソファーへ座る。


(足りねぇ……嗚呼、全然足りねぇなぁ…………乙女心の理解度がよォ!!)


 この部屋に来てから、理子の魅力に押されっぱなしであり。

 また彼女の心だって、良くも悪くも読み切れなくなっている。

 今まで、そんな事はなかったのに。


(まぁ、そういう色気のある関係でも無かったもんな)


 つくづく天使のオッサンの言葉が刺さる、アキラと理子は高確率で結ばれない。

 本当にその通りだ、そして今、幼馴染みとしての関係から脱出しようと足掻いている。

 だからこそ、学ばなくてはならない。


(オレは――――少女マンガを読んで乙女心を勉強する!!)


 それこそが、理子に対抗する唯一の手段にして。

 己を律する、一番の近道であると信じて。


(主人公に感情移入して女心を学び、ヒーローの振る舞いから女の扱いと口説き方を学ぶ)


 そう、決して。


(オレが楽しみたいんじゃない、これは勉強なんだ、必要不可欠な出費だ、だから)


 タブレットを操作して、アキラは読みたかった新刊と、金額的に手が届かなかった長編シリーズ、お気に入りの数々などを、躊躇など少しも見せずに幾つも購入して。

 ならば次の瞬間、ドサドサと大量の少女マンガが出現。


(時間はたっぷりある、ならここは――『三日月を探して』か『獅子王陛下の花嫁』……それとも、『皇家の紋章』、ふふふッ、パラダイスだぜ!!)


 彼は一心不乱にページをめくり、そして現在に至る。

 少女マンガに没頭するアキラを見て、理子は思わずため息。


(あっちゃ~~、可愛そうにアキラ、ストレスに耐えきれなかったのね……)


 こうなる事は希ではあったが、そう珍しい事ではない。

 何かに大失敗したとき、受験のストレス、理子の日々の喧嘩に負け続けた時なと。

 アキラは心を守るように、少女マンガという壁を作り没頭する。


「おーいアキラ、ねぇ聞いてる? 朝ごはんどーすんの?」


「………………あー、なんか適当に頼んどいて、オレ、今日はずっと読んでる」


「好きにすればって言いたいところだけど、日替わりクエストどーすんのよ」


「んー、任せた」


「…………ダメだこりゃ、――もう、アキラはわたしが居ないとダメなんだから」


 やれやれと苦笑を一つ、理子は床に落ちていたタブレットを拾う。

 今まで自覚していなかったが、どうにも。


(ダメなのはわたしもか、こんなアキラも守ってあげたいだなんて。ホント物好きねぇ……)


 鼻息混じりで、今日の日替わりクエストを確認すると。


『本日は手を繋いで累計12時間過ごしてください、食事やトイレなどの一時中断は認められますが、続行するとポイントボーナスがあります』


(…………あの天使、もしかして状況見て内容変えてない??)


 今日も、そして昨日までも。

 どうにも、二人の関係発展において都合の良い内容になっている気がする。

 だがタブレットも、そもそもこの部屋自体が件の天使が用意した物だ。


(多分、天使は天使らしく悪意はないんでしょうね)


 これ以上は考えても仕方のない事だ、理子はアキラの隣に座ると早速と言わんばかりに手を繋ぐ。


「ああ? どうしたいきなり、クエスト始めるのか?」


「累計12時間、手を繋げってさ。ま、折角だから一緒に読みましょ、――ああ、その前に朝ご飯ね」


「おっけ、読んでるから食わせてくれ」


「はいはい、こういう時のアンタっていつもそうね」


 彼女の口元が思わず緩んだ、ニマニマと変な笑みすら浮かんでくる。

 理子はサンドイッチを注文すると、少女マンガに没頭するアキラの口元に運ぶ。


「はい、あーん」


「ん、もぐもぐ、んぐんぐ……」


「はい、あーん」


「あむあむ、あむ?」


「はいはい、わたしの指まで噛むんじゃないてーの」


 思いもしなかった、こんな風に食べさせるのが嬉しいだなんて。

 鬱陶しく面倒だと思っていた筈だ、少なくとも今までは。

 けど、悪くない、こんな時間も悪くないと今なら思える。


(さて、一緒に読む事になるだろうし。わたしは何を読もうかな――――って!? これちょっとっ!?)


 食べながら物色していると、多くの少女マンガに紛れて肌色多めの品が。

 理子は思わずアキラの方を振り向いて、彼の視線が手元に手中している事を見ると。

 恐る恐る中を確認する、そうあくまで確認なのだこれは。


(うわっ、うわぁ~~~~……。アキラってこんなの好きなんだぁ……えぇ……、うわ、ちょっと幅広くないっ? 対応しきれないんですけどっ!?)


 貴族令嬢のヒロインが、王子に無理矢理迫られているというTL系から。

 催眠アプリを使って美少女を陵辱するという男性向けエロマンガ等々。

 実に多種多様なエロマンガが、所々に紛れている。


「………………スケベ」


「ん? 何か言ったか?」


「いーえ、何にも。それより、わたしも食べ終わるから二人で読めそうなのチョイスしなさいよ」


「オッケ、後少しで最終巻読み終えるから五分ぐらい待ってろ」


「はいはい、ゆっくり読んでて良いわよ。食後のお茶飲んでるから」


 そうして二人は、仲良くマンガを読み。

 読み疲れたら手を繋いで昼寝し、夕食の時にはお互いに食べさせあい。

 今日の日替わりクエストを難なくクリアしたのであったが。


「ふぅ~~~~、今日は楽勝だったなぁ、気分転換にもなったし」


「ま、偶にはいいわよね。毎日こんなのだと飽きそうだけど」


「だなぁ…………ッ!?」


 その瞬間、アキラは気づいた。


(ヤッベえええええええええええ、エロ本混じってるじゃんッ!? 気づいたか? 気づいてないよなッ!? そうだと言ってくれ!!)


 正直な話、深夜テンションで思考が鈍っていたという理由もある。

 もう少し言えば、こんな状況で性欲が溜まっていてつい、という側面もある。

 だが、そんな言い訳が通用するのだろうか。


「ん? どったの変な顔して」


「い、いや何もッ!! ははッ、じゃあ寝るまでどうする? 何ならゲームに付き合うぞ!!」


「今日はマンガって気分だし、今からは各自好きなのを読みましょ」


「あ、ああッ!! そうしようぜ!!」


 セーフ、圧倒的セーフ。

 朝の段階でバレているとは知らず、アキラはほっと胸をなでおろす。

 そして、ベッドに寝ころんでマンガを読み始めた彼女を見て。


(…………ヤッベ、なんかムラムラして来たッ!?)


 だってそうだ、アキラとて健全な青少年。

 あれだけ性欲と恋愛感情を刺激するイベントがあって、更には押し倒しそうにもなって。


(いやこれは目に悪いだろ…………)


 ダボついたTシャツは裾がめくれ、背中がチラ見えしている。

 短パンは臀部の丸みをはっきりと伝えて、しかもフリフリと揺れている。

 当然、生足も同じであり。


(これ、角度によっては下着が見え…………ッ、ち、違うッ、オレは、オレはそんな――――ッ!!)


 ぶんぶんと頭を振って苦悩するアキラ、だが一度発生した煩悩が消えることなく。

 気を抜けば、襲いかかってしまいそうだ。


(オナニーだ、オナニーをするぞ、ここは恥を忍んで見ないように……いや今ならこっそりトイレで)


 だがラブホ使用のトイレは丸見えだ、下手をしなくても気づかれる可能性が高い。

 そして、何より臭いだ。

 こっそりシたとして、もし彼女がそれに気づいたなら。


(イカ臭くない、とか言われたらさあああああああああ!! 死ぬ!! オレの心が死ぬぅ!!)


 それだけは避けなければならない、だが性欲は発散させなければならない。

 ではどうすれば良いか、マンガの山の周りをウロウロする彼の目にある一冊の本が写る。


(――――女性上位ってのが微妙に趣味じゃないが、絵柄が好みなんだよなコレ……じゃねぇ、そんな事より…………うん? そういえばこの中に――)


 悪魔の様な発想が浮かぶ、これしかないとすら思う。

 冷静になれば違うかもしれない、だがもはや、これしかない様に思えるのだ。


(…………確か、コスプレグッズは買うと逆にポイント増えるんだったか)


 ならば何も問題は無い、アキラは下半身に支配されつつある頭でタブレットを操作。

 途端、机の上には箱が出現し。


「――うん? 何か買ったのアンタ?」


「安心してくれ、ポイントは増えた?」


「は? ポイントが増えた? 何をバカなコト――…………って!? 何買ったのマジでっ!?」


 マンガの世界に没頭していた理子の頭脳が、一気に現実に引き戻された。

 ポイントが増える、それは実にアダルティなグッズを買ったという事で。

 それはつまり、己に使われる可能性が高いのではないか。


(なんでそんな事になってんのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?)


 戦々恐々とする中、妙に晴れやかな表情をしたアキラは理子に。


「安心してくれ、――――ちょっとしたコスプレ衣装だ!!」


「安心出来ないわよ!! それで何するつもり――って、何で土下座っ!?」


 それはもう、惚れ惚れするような見事な土下座で。


「………………頼む、このネコ耳と尻尾を付けてくれ!! 後生だ! 頼む!! 一生のお願いだ!!」


「はあああああああああああああああっ!?」


 アキラは、理子にコスプレを懇願したのだった。


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