クエスト9/イン・ザ・バスルーム



「ああ、もしかしてお風呂入れ始めたばっかり? なら背中でも流して上げるわ」


「い、いや理子ッ!? オレまだ良いって言ってねぇぞッ!?」


「アンタに拒否権なんてありませーん、――ま、背中だけなんだから大人しく洗われなさいって」


「…………それじゃあ、オレがお前の背中を洗うとでも?」


 凹の形をしている風呂椅子に、アキラは背中を押され座らされ。


「ええ、背中だけよ」


「……お前、嫌がったじゃないか。なのに――」


「…………少し、恥ずかしかっただけよ。それを含めてゆっくり話そうと思ったの」


「そう、か……、そうかぁ……」


「ええ、そうよ」


 嫌われた訳ではない、その事実がアキラの心を瞬時に上向きにした。

 そして同時に期待してしまう、何かこう、そういう感じになるのかと。

 しかし。


(いやでもやっぱヤベーだろッ!! 何で一緒にお風呂なんだよ!! しかも洗いっこするんだよッ!! は? 何? オレ試されてる? 何か試されてんのかッ!?)


(ううううううううっ、い、勢いでいっちゃったけど!! 何か近くで背中見てるだけなのにメッチャ恥ずいんだけどっ!?)


 羞恥心で手が止まりそうになる、だが止まる訳にはいかない。

 理子はアキラの前にあるスポンジとボディーソープを取ろうと、身を乗り出して手を伸ばす。

 横からは取れない、彼の目の前には鏡があるのだ。


(いや鏡に写るのを避けたいのは分かるけどさあああああああああああッ!! おっぱい直当てはしちゃいけねぇだろルール違反にも程があるだろうがッ!!)


 どうして冷静で居られるか、どうしてシャワーと鏡はセットになっているのか。

 世界の理不尽さを彼は恨んだが、そんな事より背中の感触に意識が持って行かれる。

 正直な話、股間のスタンドアップを防ぐので精一杯だ。


「…………こうやってみると、アンタって普通に男らしい体してるのね」


「ふ、普通って何だよ……」


「何? その上擦った声、もしかして痛かった?」


「い、いやぁ!! お前、オレの背中を洗うの上手いよな!! 心地良いって言うか?? うーんオレは幸せ者だなぁ!!」


 普通に洗われるだけなら、まだ動揺は少なかっただろう。

 だが、その大きさ故にどうしても当たる彼女の胸。

 何故か、背中の傷痕をなぞる指先。


(理子にヘンな意図はないって分かるけどさぁ!! もうちょっと青少年の股間を思いやってくれねぇかなぁッ!!)


(昔はわたしの方が背が高かったのに……いつの間にかこんなに追い越されちゃったわね)


(なんで今、そんな色っぽく溜息ついたんだッ!? わかんねぇッ、女心わかんねぇよぉッ!!)


(ばーか、ばーか、アキラのばーか)


 ここで衝動に流されてしまえば十中八九、先程の二の舞だ。

 アキラは半泣きになって、色んな物を必死に堪えて。

 ――優しくスポンジで洗われる感覚が、妙にくすぐったい。


「……ま、こんなもんね。髪も洗ってあげようか?」


「そこまでやったら、お前が風邪を引くかもしれないだろ。次はお前の番だ」


「それもそっか、――ならお願い」


 平然を装ったつもりで、思いっきり顔を反らしながらアキラは椅子を理子に譲る。

 彼の様子を彼女は指摘しなかった、交代する瞬間。

 眼前に彼の彼がぶらりと揺れたのを、思いっきり直視してしまったからだ。


(キャアアアアアアアアアアっ!? うわっ、わああああああああああっ!? は? え? なんでアソコもあんなに成長してんのよ!! 普通に考えたら成長してるだろうけどっ!! うわあああああん、見ちゃった、ばっちり見ちゃったああああああああ!!)


(しまったッ!! この位置はダメじゃねーかッ!! 鏡があるから理子の体の前が視界に入るっていうかさぁ!! 手と腕で隠してるのがさあああああああああ!! 隠しきれてないっつーか溢れてるっていうかッ!!)


 本当にもう、どうすれば良いというのだ。

 鏡もそうだが、アキラの目には理子の背中が艶めかしく写り。

 今からそれに触れないといけないのだ、勿論スポンジ越しであるが、何故かいけない事をしているような興奮を覚えた。


(くッ、無心になれ…………いや水に濡れた肩とか背中とかってリアルで見るとエロ過ぎるとか誰か教えてくれよッ!! なんでこんなに華奢なんだよ!! こうさぁ!! 守って上げたい感じだけど奥底に強さが見えるようなさぁッ、ガキの頃は何にも思わなかったのにさぁッ!!)


 ごくりと唾を飲み込み、アキラは歯を食いしばって彼女の背中を洗う。

 ここは地獄だ、天国に見せかけた地獄である。

 だってそうだ、前を向けば背中、視線を少し上に外せば鏡越しに前が、下を向けば臀部が。


(なんでコイツはさぁ、こんなに女らしくなってんだよマジで…………)


(ううっ、さっきは気づかなかったけど……これ、前見えてるっ、鏡に写ってる……見えちゃった? 色んなモノ、もしかして見えちゃったの!?)


(今はこの背中を洗う事だけに集中するんだ、そう、邪念なんて振り払えっ!!)


(なんかスッゴい見てるぅっ!? 鬼の様にガン見してるっ!? も、もしかして――アンタって背中フェチだったのっ!?)


 彼女は急浮上する疑惑に困惑しながら、無言のままで。

 何とも言えぬ雰囲気の中で、理子の背中はアキラの手で磨かれて。

 泡を流し終わった後、二人は一緒に湯船に浸かった。


(うぐぐッ、理子が前を向いてて助かった様な、残念な様な…………でもそれはそれとして、なんかうなじがエロい!!)


(ひゃうっ!? …………う゛~~、お、お尻になんか堅いのがあたってるぅ……。それにアキラってば心なしか鼻息荒いし……)


 押さえ切れぬ興奮と、お湯の暖かさ。

 お互いの体温が混じり合う感覚、鼓動の音さえも一緒になる錯覚を二人は覚え。


「……」「……」


 無言、何から話せばいい、何を言えばいい。

 言葉は考えていた筈なのに、不思議と出てこない。


(あー……、なんか落ち着くなぁ……、でも後ろからとはいえ抱き抱える形になってるからエロい気分が止まらねぇ、つーかさ、おっぱいってマジで浮くんだなぁ……)


 巨乳は水に浮くとは本当の話であったか、とアキラが関心する中。

 理子と言えば、突き刺さる視線にくらくらと目眩ににた何かを感じて。


(うぎゃおおおおおおおおおおっ、み、見ないでよっ、なんでそんなに見てんのよ変態っ!! これだから男は~~~~っ!! こんな状況で見るなって言う方がどうかしてるけども!! ああもうっ、どうかしてるのよっ、わたしもっ!! 欲望まみれの視線が気持ち良いなんて――――っ!!)


 どうして幼い頃は、あんなに無邪気に一緒に入浴できていたのか。

 今となっては不思議でしかないし、背面全体に感じる男の体の堅さは、気恥ずかしさと頼もしさしかない。

 早く、早く何かを言わなければ、今度こそ言葉がないまま雰囲気に流されてしまうかもしれない。


「……」「……」


 けれども無言は続く、お互いの吐息だけが浴室に響きわたる。

 しかし一方で、興奮や混乱は少しずつ落ち着いていって。


(――――嗚呼、ダメだ、これはマジでダメだ、だってさ、…………こんなにも理子とこうしているのが心地良いなんて)


(何か言わなきゃって思うのに…………、不思議、こんなに静かな気持ちになれるなんて)


 とくん、とくん、早鐘を打っていた鼓動が穏やかになる。

 アキラは彼女の腹部に手を回し軽く抱きしめ、理子は彼に心おきなくもたれ掛かる。

 無言は続き、けれど焦りも不快さも無い。


(…………思えば、ここに来てから一番リラックスしてる気がするぜ)


(なんか久々に、ゆっくりしてる気分……)


 湯に浸かるという行為が、お互いの体温を混じり合わせる一体感を呼び、静寂が心を鎮めていく。

 とても落ち着いている一時、心地よい暖かさに全てが溶けていくような感覚。

 やがて、――暖かな静寂を先に破ったのはアキラだった。


「さっきはごめん」


「いいの、こっちも悪かったわ……ごめん」


「でも、先に暴走したのはこっちだ」


「それを言うなら、わたしだって暴走してたのよ。……だって、アンタとならって思ったのに。セックスするのがあんなに恥ずかしいだなんて……思わなかったのよ」


 少しぶっきらぼうな声色に、その指し示す内容にアキラは嗚呼、と小さく声を漏らした。

 そこには安堵があった、嬉しさがあった、だってそうだ。


(理子は……オレを拒絶したんじゃなかったんだ……)


 身勝手な欲望を受け入れても良いと、もしかしたら彼の気持ちですら伝わっていたのかもしれなくて。

 それは、何より嬉しい事だ。


「ごめん理子、オレはお前を守ろうって、でも……お前が誰かに盗られるぐらいならって……バカだな、お前の気持ちを何も考えてなかった、天使のオッサンが言ってた事は正しいんだって今なら納得できる」


 このままだと恋人にならず、独身で終わる。

 それはきっと、先程の様な事が起こってそのまますれ違ってしまうからだ。

 もし逃げ場があるならアキラは理子を避けてしまうだろう、だから今までも幼馴染みから抜け出せなくて。

 ――同じ事を、彼女も思う。


「謝らなきゃいけないのはわたしも、……ずっとね、大嫌いだったの、あの事故でアンタに守られてからずっと。死にかけた癖にヘラヘラ笑って、無事でよかったって笑ったアンタにわたしは何も出来なかった……今も何も返せていないのよ」


 本当に大嫌いな相手は、理子自身だった。

 それに気づかないフリをして、今日まで来てしまった。

 きっと己はこの部屋にこなければ、自分に向き合わずに幼馴染みという関係に甘んじていた。


「もう、アンタから一方的に守られるのは嫌なのよ。それに、どんな理由があってもアンタの気持ちを言葉にしてくれないと、――わたしの気持ちが言葉にならないと、セックスしたくない」


 好きとも、愛してるとも言わなかった。

 それにはまだ少しだけ、ほんの少しだけ早い気がして。


「ま、恥ずかしいってのもホントよ。自分がこんなにエロ耐性が低いって知らなかったのよ」


 自嘲する様に笑った理子が、アキラにとても愛おしく思えた。

 今なら素直になれる、心が口に出る。


「…………オレはさ、こんなに自分がお前を思ってるなんて知らなかったんだ。ガキの頃からの大嫌いをずっと引きずってさ、でも何も言わなくてもずっと側に居てくれるって無意識に思ってたんだ」


 きっと、大嫌いなんて言葉はあの事故の時に。

 理子を暴走した車から守って大怪我したあの時には既に、他の言葉に変わっていたのだ。

 その言葉は今に至るまでに思いを強めて、でも知らないフリをしていた。


「お前と幼馴染み以上の関係になるのが、……怖かったんだと思う、お前を守りたくて、傷つけるのが怖くて、でも一番は――――オレ自身が傷つきたくなかったんだ、理子に拒否されるのが怖かったんだ」


 幼馴染みという関係は心地よくて、友達以上で、時に恋人同然で、でも恋人でも家族でもない。

 そんなぬるま湯の浸かっていたままなら、傷つかないと思って。

 だから今も、好きとも愛してるとも言えない。


「…………結局さ、わたしもアンタも臆病だったのよ」


「このままで良いって、本気でそう思ってた。……オレもお前も」


「これはきっと、正しく天使がくれたチャンスなのね。……わたし達が幼馴染みという枠を踏み越えるかどうかの」


 なら、お互いが抱える問題点は。


「…………オレは臆病で、お前は恥ずかしい」


「そう、だからセックスしようとしても上手くいかない」


「じゃあどうする? セックスしないまま限界まで耐えてみるか?」


「思ってもないコト言わないの、――これはわたしとアンタの問題なんだから、一緒に慣れて行きましょ新しい関係へとさ」


「慣れるって、どうするんだよ。……オレの気持ちはきっと重いぞ?」


「そんなの分かってるわよ、居もしないわたしの男を幻視して嫉妬するぐらいだもの」


 ふぅ、と理子は微笑んだ。

 彼との関係を、踏み出す決意を込めて。


「それも含めて慣れるのよ、わたしもアンタも。だから……わたしの恥ずかしさも一緒に慣れなさい、一緒に考えて乗り越えるの」


「…………理子――――っ」


 アキラは思わず涙がこぼれそうになった、受け入れて、一緒に歩いてくれる。

 だから、決心した。

 思いは同じ、幼馴染みという関係から一歩踏み出す為に。


「絶対にオレから言うから、それまで待っててくれ理子、オレは絶対……お前の気持ちを無視して襲わない、セックスなんてしない、幼馴染み以上の関係でお前と一緒に居たいから――――ッ!!」


「アキラ…………うん、わたしも、待ってるから、だからセックスしない、アンタが守ってくれるようにわたしも守るから」


 今、二人の気持ちは結ばれた。

 恋人としてではない、でも幼馴染み以上の関係として結ばれた。

 目には見えない気持ちが、心が、暖かくなる。


(ああ、何か少しもったいない気がしてきたわ、こうして一緒にお風呂入ってるだけなんて……)


(うわああああああああああああ、幸せええええええええええええええええッ!! オレ!! 超幸せだぜ!! あー、この世にこんな幸せがあるのか? これ恋人になったら幸せすぎて死ぬんじゃねぇかオレ??)


(うーん、何をしようかしら。今度は髪を洗いっこする? 違う気がするわ、そうねぇ、思い出に残りそうな何か、そう、ならまだしてないコトで、セックスにならないコトは――――)


(こうしてるだけで超幸せ……、のぼせる寸前までこうしてる……ああ、理子が良い女すぎてオレの心が爆発するぜぇ……!!)


 アキラが幸せを満喫しているその時であった、理子は振り返ると彼の首に腕を回し。


「――――んっ、えへへ~~」


「……………………んんんッ!? お、お前今ッ!?」


「キス……しちゃった、ね、ね、今日はキスしましょうよ、唇はナシ、アンタ暴走しそうだからね。でも――慣れる為にもさ、色んな所をキスしてみない?」


「~~~~ッ!? 理子ッ!? き、ききききキスッ!?」


 脳味噌が一気にピンク色に染まる、ガチンと体が固くなる。

 キス、キスして良いと、しかも向こうもキスするつもりで。

 アキラは答えを口に出す前に、真っ赤な顔で歯を食いしばり。


「ん、――…………いいぜ、キスすっぞ。でも風呂あがって服着てからにしねぇか? 今すぐだと、その……なんだ? 暴走しちまうから」


「…………暴走? っ!? う、うんっ!! そ、そうねっ!? 暴走しちゃダメだもんね!! わたし先に上がるからっ!!」


 キスされた前髪を両手で押さえながら、下半身にあたるアキラの特に固い部分に理子は動揺し。

 何に対して真っ赤になっているのかはともあれ、耳まで羞恥の色に染めて慌てて出て行く。

 彼はしばらくの間、立ち上がる事も出来ず。


「…………くそッ、もう大嫌いなんて言えないじゃねーか、こうなったらキスマークつけてやる」


 その後、二人はお互いの服で隠れない部分にキスマークを残す遊びをして。

 寝る時はベッドの中で抱き合って、朝まで熟睡した。


 ――――セックスしないと出れない部屋・四日目。

 起床した二人がタブレットで保有ポイントを確認すると、そこには。


「………………は? いやちょっと待った、なんでこんなにポイント入ってるんだ??」


「一気に1000ポイントっ!? えっ!? いったい何でっ!?」


 昨日の倍以上のポイントに、仲良く首を傾げたのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る