クエスト8/マインド・メイズ



(マジでオレ何やってんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?)


 冷たいシャワーを浴びながら、頭を抱えてアキラは盛大に悶えた。

 だってそうだろう、くだらない復讐なんて考えた挙げ句に無言で押し倒そうとして。

 泣きながらビンタされて拒絶されたとか、一生残る黒歴史だし何より。


(どうしようッ、あああああああッ、マジでどうしよう!! 謝んなきゃならねぇけどさぁッ!! スッゲー顔を会わせ辛いんだけどぉッ!! どんな顔して謝るんだよッ、今すぐ家に帰りてぇよおおおおおおおおおおお、オレはとんだ勘違い野郎じゃねぇかよおおおおおおおおおおお!!)


 穴があったら入りたいというレベルじゃない、何となく受け入れてくれるもんだよ思っていた。

 理子だって己の事を、何だかんだ言って憎からず思っているのだと。

 そう思って、幼馴染みを越えた関係へと一歩踏み出した先がこれだ。


(そりゃあさあ、色んな感情に流されたとはいえさぁ、オレが全面的に悪いんだけどもッ!! 謝る前にこっちが罪悪感と羞恥心で死ぬッ!! なんでオレは勘違いしてしまったんだッ!!)


 頬の痛みは残っている、あの衝撃を、涙目になった理子の表情が目に焼き付いて離れない。

 これからどうすれば良いのだ、セックスしないと出られないのに。

 そのセックスに至る前に、本気で拒まれてしまった。


(…………あ゛ーー、そーいや飯の為にポイント稼がないとダメだったんだ。ぬおおおおお、でもそうすると理子と色んな距離が近くなりそうな感じになるしいいいいいいい!!)


 今のアキラは自分が一番怖い、さっきの様に何かを踏み間違えた瞬間。

 理子を押し倒して、無理強いしてしまうかもしれない。

 守りたい相手を、傷つけてしまうかもしれない。


(理子に…………嫌われたよなぁ、絶対…………ああああああああああッ、オレはこの先、どうやって生きていけば良いんだあああああああああああッ!!)


 時は既に遅し、覆水盆に返らず、後で悔いると書くから後悔なのだ。

 アキラは理子に嫌われた、幼馴染みとしての縁さえ切られる事をしてしまった。

 ――詰んでいるのでは、と冷たいシャワーを浴びたまま動けず。


(きゃーーーっ、い、今のそういう雰囲気だったわよねっ!? 大人の階段昇る的な!! うあああああああああああっ、なんでビンタなんかしちゃったのよおおおおおおおおおおおおっ!!)


 一方で理子も、絶賛後悔中。

 だってそうだ、この部屋から出るには必要な事であったし。

 何より、口ではともかく憎からず思っている相手だ。


(惜しかった……で、良かったのかしら……ううっ、で、でもアキラだって悪いんだからっ!! あ、あんな無理矢理っぽく……、こう、せめて好きだとか、愛してるとか、一言あれば…………、いやいやいやっ!! そんな言葉一つで抱かれるほどチョロい女じゃないんだからね!!)


 思わず拒否してしまったのは、言葉が無かったから。

 それは確かであるが、それ以上に。


(うう……こ、こんなに初体験が緊張するなんて知らなかったわよぉ……)


 つまりは、そうである。

 こんな部屋に来なくとも、いつかはそうなってたかもしれない。

 いつかは、誰かとセックスしていた筈だ。


(…………でも、アキラじゃないと…………アキラが良いの、うん、アキラだけ、わたしは……)


 理子の脳裏に、天使のオッサンの言葉が呼び起こされる。

 彼と己は恋人にならずに終える確率が高い、何を、どんな根拠をもって。

 確かに天使という存在は常識を遙かに越えたモノで、この部屋こそがその証である。


(…………何となく、そうなるかもって。納得しちゃったのよ)


 自覚がある、己が素直な性格では無い事を。

 知っている、こちらから望まないとアキラは手を出してこないと。

 思っていた、幼馴染みの気楽な関係がずっと続けばいいと。


(だから、理由があるなら、そういう関係になってもしかたないって…………ううっ、でもでもでもぉ!!)


 知らなかった、己が。


(えっちなコトにこんなに耐性がないとかさぁっ!! そんなの知らなかったわよ!! どうして恥ずかしいのよっ、ううっ、望んでるのに恥ずかしくてしかたないじゃないのっ!!)


 だからきっと、言葉が欲しいとムードが欲しいと思ってしまったのだろう。

 素直じゃなくて、性的なことに耐性が薄い自分が。

 彼と、幼馴染み以上の関係になる為に。


(どうすれば良いってのよ…………、ちょっと強引にさえただけで押し倒されちゃうのに、いざってなると恥ずかしくて何か怖くて拒否しちゃうのに)


 顔を上げて、シャワー室に顔を向ける。

 するとそこには、水に濡れ続けている彼の裸体があった。

 背中を向けているが故に顔は見れない、でも。


(…………傷)


 大きく醜く、そして大切な傷。

 彼が生き残った証であり、理子が助けられた証。

 大切な大切な、彼女だけの絆。


(わたしは……アキラに何が出来るの?)


 長い付き合いだ、この部屋に来てからお互いに意識しあっているのなんて敏感に気づいている。

 彼が己に幼馴染み以上の、男女の好意を、そしてこの体に欲情しているのは理解している。

 それを、必死に我慢しようとしている事も。


(…………なんで、アンタは我慢してるのよ)


 確かに理子は拒否をした、だがその後でキスでもされたら流される事を受け入れたと思う。

 全てが終わってから文句を言って、次の関係に進めたかもしれない。

 でも、そうならなかった。


(わたしが、アンタに対して出来るコト……)


 何かしなければ、否、してあげたい。

 思いのままに欲望をぶつけても良い、このセックスしないと出れない部屋の中で。

 それでも、理子を守ろうとしているアキラに。


(――――うしっ、取りあえず謝る!! 話はそれからよ!!)


 きっと己は、全てを知った気でいたのだ。

 長い付き合いだから、何でも知っているなんて思い上がっていた。


(わたしはまだ、アキラを知らないの)


 そして、きっと。


(アキラにも……わたしを知って貰うわ)


 それは、彼も同じだと思うから。

 理子はベッドから降りると。勢いよくダボTシャツと短パンを脱ぎ捨て全裸になる。

 向かう先は、シャワー室。


(女は度胸!! 当たって砕けろよ!!)


 ひたひたと迫る足音に気づかぬまま、アキラはシャワーに打たれ続けて。


(謝らなねぇと……そうだ、オレはちゃんと謝らないといけねぇんだ)


 いつまでもウダウダしていられない、どんなに不格好でも頭を下げなければ始まらない。


(…………その前に、少し暖まって謝罪の言葉を考えとこう)


 アキラがシャワーを冷水から温水に切り替え、湯船を満たすスイッチを押したその時だった。


「はっ、入るわよアキラ!!」


「――――ギャッ!? お、おまッ、お前なにしてんのッ!? か、隠して、隠しせよバカ野郎!!」


 声に振り向くと全裸の理子が、慌てて目を閉じて後ろを向くと。


「ギャって何よ、ギャって、そんなにわたしの体が見たくないワケ? さっきは無言で犯そうとした癖に?」


「そ、そそそそそッ、それに関しては後で謝るからッ、出て行けよッ、何で入ってきたんだよッ!!」


「何でって、――――わたしもさ、ちょっと謝りたいと思ったのよ。だから…………久しぶりにさ、昔みたいに一緒にお風呂に入らない?」


 理子の言葉に、アキラは思わず硬直した。

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