クエスト6/ときめきぷらくてぃす
ベッドから降りた二人は、向かい合って。
「ところで、練習するにしても着替えようぜ。部屋の中は温度が保たれてるけど風邪引くかもだしな」
「え? 何そんな生ぬるいコト言ってるの?? このままするに決まってるじゃない」
「いや、だがな……」
「アンタはわたしに感謝すべくなのよ、だって――海デートが好きなんでしょ? 水着のままならそれっぽいし雰囲気出ると思わない?」
にまにまと笑う理子に、アキラは頭を抱えたい気持ちだった。
絶対にワザとやっている、雰囲気云々でいうなら彼女の町デートの格好でも良いではないか。
そうしないという事は。
(嫌がらせかチクショウ!! オレを惚れさせてマウント取る気だな!! オレがテメェみたいなヤツの色気に負けると思ってんのか!! 負けるかもしれない気がしてるんだよドチクショーーーーッ!!)
(ふふん、ま、土下座して頼み込むなら服を変えても良いけど。アンタはそうしないでしょ、勝った、勝ったわこの勝負!!)
(反則だろこの状況……、確かにコイツはウザったいし生意気だし横暴だし、でも思い返せば案外気遣い屋というか家庭的な面もあるし、そもそも何でそんなエロい体に育ってんですかねぇ!!)
(ま、アキラが告白しようとわたしは揺らがな――……んん? ああっ!? わたしも告白されるんじゃんこれっ!?)
さながらチキンレースの様になってきた告白練習に、二人は頬を赤くしながら睨みあい。
「…………どっちから先だ」
「わたしから、アンタは後よ」
「あッ、テメェ先手を取るつもりかよズリィぞ!!」
「はー?? レディファーストって言葉知らないの? ああ、それともわたしに告白されて、自分の告白の言葉が考えられないのね?」
「は? 言ったな? テメェこそオレの告白に本気になるんじゃねぇぞ、これは練習なんだからな」
「ええ、これは練習よ、本気になる筈なんてないんだから」
本気になってはいけない、嘘の、練習の告白なのだ。
だが愛の言葉を言われると、言うとなると緊張と期待が高まってくる。
どちらの心臓も、ばくばくと破裂しそうなぐらい高鳴って。
次の瞬間、理子は大きく深呼吸を一度、それから顔を上げて。
「アキラ……」
「ッ、お、おう……」
甘く名前が呼ばれた、視線が混じり合う。
不安に揺れて、潤んだ彼女の瞳から目が話せない。
(くッ、呑まれるな、落ち着け、落ち着くんだ……)
(――ふっ、第一段階効果アリ!! 雑誌で読んだ通りね!! 男って少しそれっぽくすればコロっと行くんだからチョロいチョロいっ!!)
(違うことを考えろ、そう例えば天使のオッサンについて、どんな球団が好きだとか阪神好きそうですねとか……ッ)
(でも油断しないわ、勝つためには――――、い、行くわよっ!! 女は度胸!!)
すると理子はアキラとの距離を、密着寸前まで近づけて。
彼の右手を己の心臓の上に押しつける、それは言い換えると巨乳に触れさせた事となり。
「り、理子さんッ!?」
「ね、分かるでしょ……わたしがドキドキしてるの。伝わってるよね」
「ひゃ、ひゃいッ!! 伝わってるから!!」
(オッケー、くくく、動揺してる動揺してるわたしも動揺してるってこれ恥ずかしさハンパないんだけどっ!?)
(や、柔らけええええええええええッ!? 思考が全部持って行かれるぅッ!? は? オレのこと好きなのかコイツ? 脈アリだったの? 実はオレの事が大好きだったの?? ――――じゃねぇよッ、卑怯すぎる勘違いしそうだよマジでさぁッ!!)
手のひらから伝わる彼女の心臓の鼓動、柔らかさ、密着したからか甘い匂いさえしている気がする。
もしかして、と。
本気でそうなのか、と。
本気でそう思いそうになる、だが忘れてはいけない。
(これは練習、練習なんだ……)
(いっ、言うの、言うのよっ!! 必殺の一撃を言うの! ううっ、練習なんだから、恥ずかしくなんて、ないんだから――――)
理子の瞳から目が離せない、思考は彼女の事ばかり。
喉がカラカラに乾く、息をするのすら忘れそうな緊張がアキラに襲いかかる。
彼女もまた、茹だった思考を必死に振り払い、歯を食いしばって卒倒しそうな意識を保ち。
「…………好き、本当は好きなのアキラ。アンタとこの先もずっと一緒にいたい、アンタとなら幸せになれるし、幸せにしたい、だから――――わたしと恋人になってください」
はい、オレも好きだ、愛してる、喉まで出掛かった言葉を必死に飲み込んで。
アキラは抱きしめたい気持ちを、必死になって堪えた。
これは嘘だ、練習の告白だ、だからこんな言葉なんて本当はなくて。
(嬉しいって、思いそうになるだろうがッ!!)
口を開けば、本気の愛を囁いてしまいそうになる。
理子の事を好きかどうかも分からないのに、心の衝動のままに愛してると言いそうになる。
苦しい、なんて苦しいのだろうか。
(ダメだ、今はッ、……今は、何も言えない)
「…………ね、ねえ、何か……、言いなさいよ、嘘、なんだから、好きなの、嘘だけど、恋人になりたいの、嘘だけど、…………抱きしめて欲しいの、嘘、だけど」
(だからッ、だからさぁ――――ッ!!)
思考が上手く働かない、嘘と好きを繰り返す彼女の言葉に脳味噌がグチャグチャにバグってしまう。
嘘、これは嘘で練習で、なら。
(オレも……嘘、そうだ、嘘って事なら)
何を言っても良いのではないか、そんな気すらしてくる。
この衝動だって、嘘だと言えば素直に言えるのかもしれない。
そうすれば、そうすれば理子は。
(――――オレの思いを受け入れてくれるのか? 嘘なら、抱きしめて良いのか?)
誰かに。
(渡さなくて良いのか、オレじゃない他のヤツに、理子を……)
どうしてこんな時に思い出してしまうのだろう、あの天使の言葉が妙に頭から消えてくれない。
二人は恋人になる事なく、独身のまま終わる。
でもそれは、彼女に恋人が出来ない事を意味しない。
(この先、……理子はオレ以外と恋人になって)
その可能性があるのだ、目の前の存在が、他の男の手に渡る可能性が、確かにあるのだ。
考えてしまって、心の中だけでも言葉にしてしまえば、何処からか醜い感情すら沸き上がってしまう。
(オレは……)
これは嘘だから、練習だから、でも。
どうして。
(何でオレは、理子を守ろうって――)
同意があるならば、彼女を抱いても良いはずだ、セックスしてこの部屋から出て行って良いはずだ。
そうしなかったのは、何故だろうか。
(オレはコイツの事が、大嫌い、だから……)
大嫌いだと、幼い頃からの惰性の言葉が今でも本気で言えるのだろうか。
――――気づくな、と。
頭の中の何かが、冷静な部分が囁く。
(ダメ、だ、ダメだダメだダメだ、オレは……理子を守らなきゃいけないんだッ)
例えそれが、自分自身からでも。
でも、これは嘘なのだ、これから言うのは練習だから、本当じゃないから。
だから。
「きゃっ!? え、ええっ!? いきなりどうしたのよっ!?」
「――好きだ、愛してる理子、お前を離したくない、誰にも渡したくないッ!!」
「っ!? ぁ、――――っ、く、苦しいってアキラ……」
「練習だから、これは嘘だから、だからさ、拒否しないでくれ、抱きしめさせてくれ……」
「………………う、うん、分かったから。だから少し力、緩めてよ……」
次の瞬間、確かに抱きしめる力は弱くなって。
でも代わりに、理子の耳み吐息がかかる。
「理子……オレの、オレだけの理子……、お前がさ、可愛いって本当はずっと思ってたんだ、愛してる、気づかないフリしてたんだ、好きで好きでさ、たまらないんだよ」
「ひゃうっ!? ううっ、耳、囁かないでぇ」
「誰にも渡したくない、ずっと側に居てくれ、あの事故の時にさ、お前を守れたってスッゲー嬉しかったんだ、でもお前は可愛いから他の男子とかによく見られてたし、けど急に態度を変えるのがさ、素直になるのが恥ずかしくて、そのまま大嫌いのままでいたんだ……」
「うぅ……れ、練習よね? 練習なのよね?」
「ああ、これは練習だから、だから――お願いだ、このまま後少しだけ、お前をこうして感じていたい」
「………………練習だもん、だから、少しだけよ」
「ありがとう、愛してる理子――」
ぎゅっと強く抱きしめられて、けれど彼女はそれを拒否する気がおきなかった。
練習だから、これは嘘なのだ、でもどうしようもなく嬉しくて、だから胸がきゅっと痛んで。
「アキラ…………」
「ありがとう、理子」
おずおずと両手を彼の後ろに回し、想いに答える様に抱きしめた。
まるで本当の告白のように、恋人のように、二人は抱きしめあって。
――――それと、観察していた者が一人。
(ふおおおおおおおおおおおっ!? エエやんけっ!! 尊いっ!! 尊みが爆発してるやんけっ!! 来たで来たでエネルギーがバンバン来てるでぇ!!)
正直な話、二人は初日に結ばれて出て行くと予想していた。
その後で、想いを深めあっていくのだろうと。
だがどうだろうか、この状況の中で二人は少しずつ進んで。
(こりゃあテコ入れせなアカンですな!! もっと尊みが溢れる方向へ!!)
天使のオッサンは使命感に燃えて。
一方で二人は、口数少なくとも恋人のような空気のまま一日を過ごし、仲良く手を繋いで寝た。
――セックスしないと出られない部屋、三日目。
「おはようさんですがなお二人さん!! 気持ちの良い朝で!! 食事の味はどうです? 中々エエでしょ、まぁともかく今日は他でもなく、オッサンからの一日限りの新ルールを伝えに来たでぇ!! ま、別にペナルティは無いんやけどな? でもポイント交換の品を用意するエネルギーの為にも協力したってや!!」
突然現れて、ハイテンションな天使のオッサンに二人は吃驚して何も言えず。
けれど手を繋いだままのアキラと理子に、オッサンは満足そうに微笑んで。
「今日は是非、お二人はお互いの愛称で呼び合ってくれると助かるんや! ほなまたな!!」
「…………えッ?」
「…………はぁっ!?」
「「愛称で呼ぶ??」」
彼らは同時に首を傾げると、目を丸くしてお互いを見つめ合った。
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