第15話 捜索と戦闘

 ORCAシステム管理局のバーチャルオフィスは、地上25階、地下5階建てのビルの形をしていた。ビルの周囲には現実世界の季節と連動して変化する緑豊かな公園が配置され、春らしい青々とした生命力のある「仮想の」木々が、ゆっくりと「仮想の」春風に揺れていた。耐震基準などの現実世界の様々な制限から解き放たれ、窓の面積がとても大きく取られたガラス張りのビルは、まるでガラスの直方体がそのままそびえたっているかのようにも見える。これでも政府の施設だけあって、バーチャルオフィスとしてはだいぶおとなしいデザインだ。

 ウィリーとユリネは、その地下3階にある市中センサーのコントロールルームにいた。このコントロールルームは、現実世界のORCAシステム管理局日本支部にあるコントロールルームのデジタルツイン、つまり仮想世界に再現された複製だ。現実世界のコントロールルームと相互に、かつリアルタイムに状況が反映され、同じ作業が行えるようになっている。普段はこのデジタルツインの方のコントロールルームに職員が常駐していることは無く、今もウィリーとユリネ以外は誰もいなかった。市中センサーの管理業務は基本的に現実世界のコントロールルームの方で行われていた。

「簡単にここまで来れちゃった……私いなくても良かったんじゃ?」

 ウィリーは初めて入ったコントロールルームを見回す。暗い室内の壁の一面に大きなディスプレイが複数並び、映し出す映像が室内を照らしている。操作パネルが設置された無人のコンソールが、静かに操作されるのを待っていた。

「いないと、この部屋の場所がわからなかった。いて良かった。」

 ユリネが首を横に振りながら言った。

 ここまでは実に簡単に来ることが出来た。というのも、今の二人は透明人間のようになっていたからだった。

「でも、ORCAシステムのレイヤー4をハッキング出来るなんて聞いてないよ。いつの間に?ウィムアルゼムィンスェ、もう夢が叶っているじゃない。」

『まだレイヤー4が精一杯だ。それに、やり方を確立したのはユリネだしな……悔しいが。』

 アルは現実世界にいたが、仮想世界のウィリーの視界をミラーリングし、ディスプレイ越しにモニターしていた。

 レイヤー4はORCAシステムのもっとも浅いレイヤーだ。管理者権限があれば、ホビーアバター設定を自由にいじったり、他人のアバター設定を上書きオーバーライド出来る。ウィリーとユリネは、通常は変更不可能になっているアバターの透過率設定を変更することで、姿が他人に見えない状態になっていた。おかげで、すれ違う管理局職員に見咎められることもなく、簡単にここまで来ることが出来た。ORCAシステム管理局職員であったウィリーとしては、少し複雑な気持ちだった。

「でも、最初にユリネちゃんの格好を見た時はびっくりしたよ。目立ちすぎだから、すぐ捕まると思った。」

『いいだろう?俺のおすすめだ。』

 仮想世界であるこの場では、ウィリーもユリネもホビーアバターの姿だ。ウィリーは仕事用の設定がそのまま読み込まれたため、少々野暮ったいパンツスタイルの管理局職員の制服姿だった。一方のユリネはといえば、顔や背格好は現実世界と同じだが、ぼんやりと青く光るラインの入った黒いタイトなスーツに、所々破れた緑色のマントを羽織り、さらに背中には鞘に収めた刀を斜めに背負っている、という姿だった。公共アバターと違って制限の無いホビーアバターとはいえ、かなり個性的な格好である。

「伝統的な電脳世界の戦士の衣装、と聞いた。」

「そ、そう……私はあまり詳しくないけど、そうなんだね……後で、もうちょっと可愛い服を買いに行こうね。」

「これも可愛いのに……?」

『さあ、無駄話をしてないで、ミカゲを探そう。本物とのデジタルツイン連携を切ったから、今こっちで操作してもバレない。パーツショップで俺と出てきたあたりから辿れば、行方が追えるはずだ。』

 ユリネがコンソールのパネルに近づき、操作を始めた。壁のディスプレイに映っていた雑多な映像が切り替わり、街の中心部の風景を映し出す。その中から細い裏通りの一画の映像を拡大し、現在から過去へと映像を巻き戻していった。店から出るアルと御影が映ったところで、ユリネは映像を止めた。市中センサーの映像はもともとアバターの位置精度向上用であるため、動画として見た場合、解像度はそこまで高くない。ステレオカメラとレーザーセンサーの組み合わせによる空間的な位置の把握が主目的なのだ。だが、知っている人間なら、映っているのがその人かどうか、は十分に分かるレベルの映像だった。

『よし、見つけたな。』

 公共アバターの御影とアルが拡大表示される。パンチパーマにサングラスの御影と、小太りで頭にバンダナ、チェックのシャツのアル、という組み合わせは間違いようがない。ウィリーは御影の心が読み取れないかと目を凝らしてみたものの、映像の中の御影の表情はよくわからなかった。

『確か、ここから少し歩いたところで、アイツがトイレに行くとか言い出したんだ。』

 ユリネが映像を進めると、二人は歩いて画面の外に消えて行った。別のカメラに切り代わり、今度は画面奥から手前側に歩いてくる二人が映し出された。そして、途中で立ち止まったと思うと、御影がクルリと向きを変えて駆けだし画面の外に消え、アルだけが取り残された。

「もう、なんですぐ追いかけなかったの?先輩は退院したばかりで体力無いから、きっとすぐ追いつけたよ。」

 映像は、路地を駆ける御影を捉えた別のカメラの視点に切り替わる。

『……すぐ戻ってくると思ったんだよ。』

「まあ、でもこの調子ならすぐにわかりそうだね。」

 だが、コンソールを操作していたユリネが困った顔で振り返った。

「路地裏に行ったあと、カメラの死角に入った。」

「えっ?」

 複数のカメラからの映像が同時にディスプレイに並ぶ。どの映像にも御影の姿は無かった。

『まいったな……アイツ、わざと?いや、誰かが死角になる場所を指定したのか……?』

 ORCAシステムの市中センサーには死角がある。そもそも人がほとんど行かない場所にまでセンサーをくまなく配置する意味は少ない。脳のインプラント経由で使用者の視覚情報からもある程度の情報が取れるので、市中センサーは必須ではないのだ。例え市中センサーが全く無くとも、自分が目を開けていて、かつ自分を見る他人が一人以上いれば、精度は落ちるもののORCAシステムの公共アバター表示は機能する。

「ねえ、こうなったら、先輩が行きそうな所を片っ端から見てみようよ!先輩が知っている場所は限られるよ。」

『なるほど……例えば?』

「もともとの待ち合わせ場所だったカフェとか、病院の近くの公園とか……ああ、あと病院自体も怪しいかも。」

「あとは、ウィリェシアヴィシウスェの家の跡地とかか?よし、ユリネ、探してみてくれ。』

「今出す。」

 ウィリー達が挙げた候補の場所が、コントロールルームのディスプレイに並べて表示された。早送りの映像に目を凝らすが、御影らしき人影は見つからない。

「うーん……シロキさんに会って、アバターを変えたのかな?」

『俺をだまして、隠れてか?なぜそんな必要があるんだ?なあ、シロキってのは本当にただのデザイナーなのか?』

「わからないよ……シロキさんも結構目立つ人だと思うんだけど、今のところ見つからないね。」

『……時間が無いぞ!くそっ!どこにいったんだ!まさかもう捕まって……』

「ちょっと!私たちイルカがあきらめちゃダメだよ……あれ、そういえば病院の映像が無いね。院内にはセンサーはないだろうけど、周りにはあるよね?」

「病院周辺はセキュリティレベルが高い。」

 ユリネが振り返って言った。

『ああ、通院歴の把握に繋がるからか。見られるように出来るか?ユリネ?』

「出来なくないけど……少し時間かかる。」

「ねえ、私のORCAシステム管理局職員のIDを使えば見られたりしない?」

「それには、上級管理官以上の権限が必要。」

『というと、企業で言えば部長クラスか。ウィリェシアヴィシウスェはまだそこまで出世してないだろうから……いや……待てよ……権限は無くてもアクセス時の挙動は正規のものだから……』

「出世してなくて悪かったねぇ。何をぶつぶつ言っているの?」

『ユリネ、ウィリェシアヴィシウスェの管理局IDに動作ログの送信機能を付けて、ユリネと俺の所にログを送るように出来るか?読み込ませた時の挙動から突破口を見つけよう。権限不足で解除出来なくても、認証プロセスの動きが分かれば、解析時間が短縮出来るんじゃないか?』

「わかった。」

 仮想世界でIDを提示する際は、半透明のカードのようなオブジェクトとして具現化される。ウィリーが具現化したカードを受け取ったユリネは、空間から細い工具のようなものを取り出し、カードをいじり始めた。工具は、仮想世界で具現化されたユリネ自作のハッキングツールだ。

「出来た。」

「へぇ、早いね、ユリネちゃん。よし、それを読み込めば良いんだね!」

『……ちょっと待て。俺が提案しておいてなんなんだが、危険かも知れない。ウィリェシアヴィシウスェは指名手配中だろ?ここでIDを読み込めば、検知されて場所がバレるかも。』

 この時代、第三者が個人情報や位置情報を不正に取得することは厳しく制限されていたが、はその限りではない。IDの読み込みはシステムに記録が残るし、指名手配中のウィリーのIDは即検知、通報される恐れがあった。

「でも、他に手は無いんでしょ?」

『だが、病院にいるとも限らないし……』

「大丈夫、だって私は先輩の後見人のイルカなんだから!私が先輩を守らないといけないの。じゃあやるよ!」

 そう言うと、ウィリーはコントロールルームのコンソールにあったカードリーダーにIDを読み込ませた。すぐに、エラーメッセージがディスプレイに表示される。内容は予想通り、「あなたには参照権限がありません」、という内容だった。

『おいおい、接続経路は偽装しているとはいえもう少し警戒を……ユリネ、何か分かったか?』

「……」

 ユリネは、目の前に浮かぶウィンドウに集中していた。ウィリーのIDがセキュリティにアクセスした時のログが示された文字列を、無言で見つめている。およそ15秒後、ユリネが口を開いた。

「解除コードを組んだ、頭の中で。」

「はい?嘘でしょ……?」

『さすがだな。俺が解除コードを作ればたぶん……まあ、30分はかかるな。全く……さすがだよ。』

「危険。やっぱり読み込み時に外部にも情報を送信してる。」

『くっ、急ぐぞ。』

 頷いたユリネは、取り出したキーボードを猛烈な速度で叩き、解除コードを金色に輝くカードの形で仮想世界のオブジェクトとして具現化した。カードリーダーに金色のカードを通すと、正面のディスプレイにはあっけなく「認証OK」の文字が表示された。特に喜ぶ素振りも見せず、当然の結果という様子で黙々とユリネは次の作業に取りかかった。唖然とするウィリーの前で、病院周辺の映像がコントロールルームのディスプレイに表示される。

「本当に上手く行っちゃった……ユリネちゃんって本当に人間?」

『その疑問は尤もだが、後にしよう……秘密ばかりですまない、本当に。』

「どうしたの?らしく無いなぁ。あっ!そこで止めて!」

 早送りで流れていた映像の中に、ウィリーは気になる人間を見つけた。すらりとした長身に黒い髪、タイトなスーツをモデルのように着こなす姿は、映像越しでもまるでそこだけ明度を調整したように目立っていた。その姿は前に雑誌で見たことがあった。ユリネが映像の再生速度を落とし、拡大表示させる。

「間違いないよ。この人はシロキさんだ。隣に誰かいる?」

 映像には、シロキさんと同じくらいの背の高さの、ロングの黒髪をなびかせるスタイルの良い女性が映っていた。黒いジャケットに白いシャツという格好だったが、こちらの女性もシロキさんに負けない存在感を放っていた。

『まさか、ミカゲか?アバターを変えた?』

「そうだね。歩き方の癖が先輩に似てる…重心が少しだけ右に偏ってる。」

『お前、よくわかるな。あっ、また死角に!』

 病院の入口の前で、柱の陰に二人が隠れる。少しすると、そこから看護師の格好をした女性が一人出てきて、病院の中に入っていった。

「さっきの看護師さん、中身は先輩だよね?」

『よし、見つけたな!ユリネ、この映像の時間は?』

「今から30分前。その後、出てきた様子は無い。」

 別ウィンドウで映像の続きを素早く確認済みのユリネが答えた。

『俺は現地に行く!後は頼んだ!』

「痕跡は消しておく。」

「先輩を頼んだよ!」

 現実世界でディスプレイを見ていたアルは勢いよく立ち上がり、秘密基地の出入口へと駆けた。

 扉がゆっくり開く時間がもどかしい。帰ってきたら、開閉時間の設定をもっと速く変更しよう、そう思った。


                  ◆ ◆


 さて、キミが警察官だったとして、仮想世界で怪しいヤツを見つけたとしよう。

 例えば、指名手配中の犯人とか、まさに違法行為を実行中の現行犯っぽいヤツ、とかだ。そいつのID情報と位置情報を特定し、現実世界で捕まえられれば楽だが、今の時代、個人情報の一方的な取得は国際条約で禁止されている。

 面倒な時代になったものだ。

 ただし、警察には一種の裏技がある。警察関係者はORCAシステムのレイヤー4管理者権限を与えられている。これは主に仮想世界のホビーアバター設定に関する権限だ。

 そんな権限を持ってても、実際の犯罪捜査や逮捕には役に立たない?

 スキンシップ判定によるID交換機能を活用するのさ。

 仮想世界では、「お互いのアバターを3秒間接触させれば、ID情報を交換出来る」という仕様になっている。「お互いの同意の元でのID提示」と解釈した、便利機能だ。

 だから、見知らぬ他人に勝手に接触されないよう、アバターの当たり判定を変えられるようになっている。触られたくなかったら、体をすり抜けさせることが出来るということだ。

 だが、レイヤー4の管理者権限を持っていれば、他人のアバター設定を上書きオーバーライド出来る。

 ここまで言えばわかるだろう?

 怪しいやつの当たり判定設定を強制的にONで固定して、仮想世界上でアバターを捕まえて3秒以上触れば、そいつのIDと位置情報を取得できる、というわけだ。

 言ってみりゃ、仮想世界版の職務質問ってやつだ。ちなみに、このやり方はかなりグレーゾーンだ。パチンコの三点方式みたいな位置づけだから、まあ、気を付けてくれ。


                  ◆ ◆


 ユリネの刀が「死神」を真っ二つに両断すると、不気味な電子音の悲鳴と共にそれはノイズへと変わり、ボロボロと消え去った。休む暇を与えず、さらに3体の「死神」が枯れ木のような手を伸ばし、ユリネに迫る。

 バックステップ、翻るマント、金属の輝き。

 気が付いた時には「死神」の一体にナイフが突き刺さっていた。

 戦っているユリネの後を、ウィリーは訳もわからず追いかける――


 アルが病院に向かった後、ウィリーとユリネはバーチャルオフィスのコントロールルームから自分たちの痕跡を消し、ログアウトしようとした。だが、

「あれ?ログアウト出来ない?」

 ORCAシステムの操作パネルを呼び出し、いつものようにログアウトを選ぼうとしたウィリーは、ログアウトのアイコンがグレーアウトしているのに気が付く。選択しようとしても、『このエリアは、管理者により特定の操作が制限されています』というメッセージが表示されるだけだった。

「まずい。」

 いつも無表情なユリネが、珍しく汗をかいていた。実際は、ユリネの感情を読み取ったアバターが仮想の汗をかいたのだが――その時、バン!という音とともにコントロールルームの扉が勢いよく開かれた。システム職員か警察の突入を想像し、身構えたウィリーだったが、次の瞬間コントロールルーム内に飛び込んできたのは、そのどちらでも無い、異様なモノだった。

 一言で印象を言えば「死神」だった。ユラユラと宙を漂うそれには足が無く、ボロボロのマントのようなものを被った上半身には、その体よりも長くて細い二本の腕が生えており、まるで触手のように、力なく垂れ下がって揺らめいている。頭の部分を覆うフードの奥では、亡者のようなうつろな瞳が不気味に光っていた。マンガなどで見るステレオタイプな「死神」がピッタリの姿だった。

「な、なに?」

 すると、ウィリーの発した声に反応したのか、その「死神」の顔がギュルリと動き、ウィリーを見据えた。次の瞬間、その長く不気味な腕を大きく広げ、まるでハグを求めるようにウィリーの方に迫ってきた。

 理解が追いつかないまま、ウィリーは反射的にアバターの当たり判定をOFFにする。これは仮想世界内で望まない他人からのスキンシップ判定を防ぐための機能として備わっているものだ。当たり判定をOFFにすることで他人のアバターが自分のアバターに触ろうとしても、すり抜けてしまうようになる。この時代の仮想世界では、ごく当たり前の防衛行動だった。

 だが、「アバターの設定が管理者権限により上書きされました。」という表示と共に、当たり判定は再びONになってしまった。

 ガリガリの細長い腕が、ウィリーの左手をがっしりと掴む。

「え、え?ちょっと!離して!」

 つかまれていない右手で「死神」の腕を払いのけようとするが、なぜかウィリーの腕はすり抜けるばかりでこちらからは触れない。このままだと何か危険だ。目の前に迫る「死神」の顔が、心なしかニヤリと笑った気がした。

「やー!」

 聞き覚えのある声質の、聴き慣れないテンションの掛け声。ウィリーの腕をつかんでいた「死神」が壊れたスピーカーのような悲鳴を上げたと思うと、その細長い腕が途中から切断され、ポトリと床に落ちて消えた。

「きゃあ!一体何? えっ、ユリネちゃん?」

 刀を構えたユリネが、片腕を切断されて後ずさった「死神」に、間髪入れず切りかかる。肩口から袈裟懸けに切り付けられた「死神」の姿が、ノイズと共に虚空に消え去った。

 振り向いたユリネは今までになく真剣で精悍な顔をしていた。 

「3秒つかまれた?」

「えっ?」

「アイツに3秒間触れられたら、危険。」

 確か、つかまれてすぐにユリネが腕を切り落としたので、1秒くらいだったはずだ。そう答えると、ユリネはOKと言って、刀を構え直す。コントロールルームの入口からは、さらに数体の「死神」が入ってきていた。


 ――そして、場面は戻る。

 倒しても次々現れる「死神」達をさばきながら、ウィリーとユリネはORCAシステム管理者バーチャルオフィスの外を目指して走っていた。

 ユリネが少し疲れた顔でウィリーの方をちらりと見る。

「別のエリアまで行けば、ログアウト出来るはず。」

「ねぇ、なんなの?あれ?」

「自動巡回プログラム。私たちを探してる。捕まれると情報を取られる。」

「……警察の持っているレイヤー4権限?人間以外のプログラムに権限を持たせるのは違法だったはず……ましてORCAシステム権限の無人行使なんて、大問題だよ!」

「正規の運用じゃない。仮想世界の闇。」

 そうこうしているうちにも、目の前の階段の踊り場には十数体はいそうな「死神」達が集まってきている。踊り場の隅で引っかかって蠢いていた「死神」達だったが、近づいてきたウィリー達の存在を感知し、一斉に不気味な瞳を輝かせながらこちらに向かってきた。

「うわー!どうせならもうちょっと可愛いデザインにしてよ!」 

 前へ走り出たユリネが華麗な前転で「死神」の腕をかわし、スキを逃さず切り付ける。切り付けられた「死神」は消え去るが、後ろからはさらに「死神」が迫る。

「数が多い。手伝って。」

「手伝うって、戦うってこと?だめだよ、なぜかこっちからは触れないの。なんでユリネちゃんは攻撃できるの?」

「こちらが触ろうとしても、上書きオーバーライドされて当たり判定を消される。私が上書きオーバーライドし返して、設定を固定する。」

 一体の「死神」の細長い腕がウィリーに迫ってきた。彼らに思考能力があるのかは分からないが、「反撃しないヤツ」から片づけることにしたのかも知れない。ユリネが言っている事を理解できたわけではなかったが、少なくともこのままだと「反撃しなかったヤツ」としてお荷物になるのは確実だ。

「もう、来ないでよ!」

 ウィリーは現実世界でのポッドを使った格闘術の要領で、ホビーアバターを動かしてハイキックを繰り出した。すると、今度は「死神」の体をすり抜けることはなく綺麗に蹴りが決まり、電子音の悲鳴と共に、バラバラになり派手に散らばった。

「うわ、エグイことになった!」

「……つよい。」

 仲間の惨状にひるむことはなく、「死神」達は次々と迫ってくる。細かい事は後にして、まずはこの状況を切り抜けるのが先だ。

「っていうか、プログラムって蹴ったら倒せるモノなの?」

「レイヤー4権限持ち同士なら戦える。あくまで物理法則が設定されたアバターの一種。データ削減と浮遊機能のために関節が脆いから、衝撃や斬撃で壊れて、機能不全を起こして消える。」

「そう…そうなんだね……何かよくわかんないけど、かかってこいやー!」

 なんだかどうでも良くなったウィリーは、力強くファイティングポーズを取った。


                  ◆ ◆


 一方その頃、御影は鹿追医師の部屋から「インテルフィン配列」と書かれたファイルを回収し、病院を脱出した所だった。だが、合流場所の地下駐車場で御影を待っていたのはシロキさん一人ではなかった。同じような黒いスーツに身を包んだ、体格の良い男が5人、シロキさんの周りを固める。後ろにはワンボックスカーが2台。

「良くやったよ、君は。さあ、そのファイルを渡すんだ。そして車に乗るんだ、一緒に。」

 その時、聞き覚えのある声が地下駐車場に反響した。

「ミカゲ!ようやく見つけたぞ、何やってるんだ!」

「アル……」

 御影、アル、シロキが、地下駐車場で対峙する。

 イルカと人間どちらを選ぶのか?という選択を、御影に迫るように。

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