第12話 入隊式

「……よろしくお願いします」

「もちろんだ。改めて、君を歓迎しよう。壮馬君」


 壮馬が孝一の申し出を受けたことで、孝一はニコリと笑った。

 

「それでは、この後のことは後ろの二人に任せよう。二人とも、後はよろしく」

「わかったわ」

「了解」


 金髪美女と黒髪戦士が返事をする。

 そのまま二人は孝一の横にまで歩いてくる。


「どっちから先にやる?」

「俺が先だ。武器を手に入れてはしゃぐ前に、俺が先に上下関係を叩き込む」

「そう。まあ、私はどっちでもいいし、先を譲ってあげるわ」


 そんな会話をすると、金髪美女がその場を離れていく。

 代わりに黒髪戦士が壮馬の横まで歩いてきた。


「よし、立て。黒瀬壮馬」

「は、はぁ」


 壮馬は言われて立ち上がった。

 その瞬間に腹パンが炸裂する。


 「ッッッ⁉⁉⁉  ガハッ‼」


 思い切り腹を殴られた壮馬は大部屋の壁まで盛大に吹っ飛んだ。

 口から血が滴る。

 顔を上げると、結構な距離があったはずなのに、黒髪戦士が目の前に突っ立っていた。


「なってないな。黒瀬壮馬。貴様は今、誰の命令を受けた?」

「え、あ、え?」

「この俺の命令だ。いいか、これから貴様の上官はこの俺、遠藤武(えんどうたける)大尉だ。この名前をよく覚えて置け。そして、俺の命令は絶対だ。分かったらこう言え、『イェス・サー』とな」


 壮馬はまた殴られるのではないかと戦々恐々としながら、急いで返事をした。

 日ごろから師匠に鍛えられ、その上いじめられてきたため痛みに慣れている壮馬であっても、二度と殴られたくないと思うほどには、武の一撃は強烈だった。


「サー‼ イエス・サー‼」


 二度目の腹パンが炸裂する。


 (な、なんで……)


 そう思いながら壮馬は口からさらなる血を吐いた。

 武は腹を抱えてうずくまった壮馬の頭の上から回復薬(注:人体を高速で修復することができる薬。魔導技術で作られた。修復力は対象者の《融合》の適性値値に依存する)を大量にかける。


「命令は正確にこなせ。言われたことは一言一句違えることなくその意図を理解し、そして実行しろ。分かったらもう一度、さっきの命令通りやれ」

「けほっけほっ……イェス・サー‼」

「オーケーだ。貴様はこの瞬間、ようやくゴミ以下の役立たずからゴミレベルの役立たずへ昇格した。そんなゴミレベルの貴様にこれをやろう」


 そう言って、武は壮馬の目の前に、一枚のカードを放り投げた。

 

「受け取って目を通せ」


 その言葉を聞いて、壮馬は痛む腹を抱えて、急いでカードを手に取った。

 見てみると、そのカードはギルドカードであった。


村瀬隼人むらせはやと……?」

「それがお前の二つ目の名前だ。いいか、よく聞け。うちのボスが言ったように、これからお前には強力無比な力が与えられる。だが、その力はボスの秘匿技術によって作られたものだ。黒瀬壮馬とボスのつながりがバレたら、お前の妹が危険に晒される。それを避けるために、貴様が力を振るう時はその身分を使え。そして、黒瀬壮馬を名乗る時はボスとのつながりを匂わせる一切の言動を行うな。分かったら、ボスの配慮に泣いて感謝しろ」

「イエス・サー‼」


 壮馬は急いで返事をした。

 その様子に武は一つ頷くと、続けて話をした。


「俺の部隊に所属して活動している時は、貴様は村瀬隼人だ。さっきの話を理解したなら、なぜかわかるな?」

「ボスとの関係がバレないようにするためです‼」

「オーケー。ゴミレベルの役立たずにしてはよくやった。いいか、貴様はゴミだ。今の貴様はボスにとってゴミ程度の価値しかない。経験も実力もないのに秘匿技術を扱う迷惑極まりないゴミだ。そんなゴミである貴様が燃やされずに済む方法が一つだけある。それは俺の命令を正確に遂行し続けて、立派な兵士になることだ。」


 そこで、武は大きく息を吸い、そして思い切り怒鳴った。


「いいか‼ 貴様はこのことを忘れずに胸に刻め‼ ボスの役に立たないと判断されたら即刻燃やして計画の肥料にされると常に覚悟しろ‼ 貴様に問う‼ 貴様は何者だ‼」

「ゴミレベルの役立たずです‼」

「貴様の仕事は何だ‼」

「命令を正確に遂行して立派な兵士になることです‼」

「貴様の上官は誰だ‼」

「遠藤武大尉です‼」


 そこまで言って、武は一つ呼吸を整える。

 壮馬は、武の威圧感に圧倒されて、その身を緊張で強張らせていた。

 壮馬もつい先ほど、狩人としての風格が身についたが、武のそれは比べ物にならない。

 長い間、弱肉強食の世界を生き抜いた老獪な強者としての風格に壮馬は圧倒されていた。


「よろしい。貴様が正式に俺の部隊に加入することを認めよう。俺の部隊は荒事と汚れ仕事専門の部隊だ。そこに加入する貴様に、我が部隊の結束の証である敬礼の仕方を教えてやる。俺の後に続いて真似をしろ。これが我が部隊の敬礼だ。」


 そういって、武は右手の三本指を立てて、額に当てた。

 一見普通の敬礼であるが、それでもその敬礼に、壮馬は何か特別なものを感じた。

 壮馬は精一杯立派に見えるように敬礼をした。


「オーケーだ。貴様はこれで立派に我が隊の一員となった。貴様を歓迎しよう、村瀬隼人。

 これから貴様にはボスからのありがたいスキルメモリが貸与されるが、慢心することなくキリキリ働け。いいな?」

「イェス・サー‼」


 こうして壮馬の入隊式は無事終わった。

 このころには回復薬が効き始めて、壮馬の出血もかなり治まっていた。

 壮馬は無事、武に認められたことに安堵するとともに、油断したら本当に殺されるという武への畏怖を抱いた。

 

「タケちゃんって相変らず過激よね」

「このくらいは普通だ。軍じゃ全員に施す通過儀礼だぞ。それに今回のは大分手を抜いたが?」

「血反吐を吐くほど殴らなくてもいいんじゃないの?」

「これが俺のやり方だ。素人は文句を言うな」

「はいはい。分かったわよ」


 近づいてきた金髪美女が武と会話をする。

 そして、今度は壮馬に向かって金髪美女が口を開いた。


「それじゃ、次は私の番ね。壮馬君……いや、隼人君って呼んだ方がいいのかしら?」

「変装用のスキルを後で配布する。部隊での行動時と変装時のみ隼人と呼ぶようにすればいい」

「それもそうね。じゃあ、壮馬君。君に仕事用の武装を提供するから、私についてきてくれる?」

「イェス・サー‼」

「……私に対しては普通で良いわよ?」

「あ、えっと……はい。」


 ちょっと恥ずかしくなりながら、壮馬は金髪美女の後ろについていった。

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