第11話 決断



「まあ、そんなに警戒しないでくれ。……座りなさい」


 グランドマスターと名乗った孝一は、異空間からテーブルと椅子を取り出すと、片手で持ちあげてそれを並べた。

 二人分の席が出来上がると、その一方に孝一が座る。

 壮馬も内心警戒しながら、もう一方の椅子に腰かけた。


「さて、色々聞きたいこともあると思うが、いきなり本題を話すのはつまらないだろう。まずはここがどこなのかということから説明しようか」

 

 孝一は一つ言葉を区切ると、この施設の説明を始めた。

 

「ここがどこなのかを説明するためには、私の家のことを少し話さなければならない」

「進藤……《円卓会議》の一席を担う藤守家の分家……でしたっけ?」

「その通り。よく勉強しているね」


 《円卓会議》とは、正式名称で《日本中央議会》という。

 日本の行政機関であり、12人の1級市民が参加することからアーサー王伝説になぞらえて、《円卓会議》の俗称が定着した。

 この議会に参加する者達が、各省庁の大臣や副大臣といった行政機関を担うことになり、それらを束ねる《議長》の職は1級市民から選ばれる。


 ちなみに、その1級市民の身分を相続し続けている12の家のことを「議会に参加する者」の意味で《議族》と呼ぶ。

 藤守家もまた、《議族》であり、進藤家はその分家という立ち位置なのだ。

 ちなみに黒須家も藤守家と同様に《議族》であり、円卓会議に参加している。その点、黒瀬家と進藤家は「議族の分家」という意味で、似た者同士と言えなくもない。


「進藤家は議族の分家だ。だから、それ相応の力を持っている。経済力とか政治力とかそういったものではなく、純粋な力を持っているんだ」

「……まあ、議族の分家出身者は皆高い適性値を持っていると思いますが」

「確かにそうだがそれだけではない。進藤家は高い技術力を持っていると言いたいんだ」

「……なるほど」


 議族という立場は、経済力や政治力だけでは務まらない。

 純粋な力や技術力、すなわち武力も備える必要がある。

 なぜなら、この世界においては治安を維持することが難しいからだ。


 迷宮犯罪が多発してしまっている今日の現状からも分かるように、世界の治安はあまりいいものとは言えない。

 そんな世界では、自らの命の保障は自分でしなければならない。

 特に要人である議族出身者は命を狙われやすいため、自ら動かせる部隊を保有し、自らも武装して、身を固める必要が出てくるのだ。


 その時、自分を含めた護衛達が弱かったら話にならない。

 だから、議族は多くの場合、強力な適性値を持つ者を一族に加えて多くの子供を作り(注:適性値は高確率で遺伝する)、その子供たちを鍛えることで強力な部隊を作る。

 そして、同じ理由で、スキルに関する技術は秘匿し、極秘裏に研究するのが当たり前だ。

 そうして議族は50年の間、力を蓄え家の地位を保ってきたのである。


「ここは元々、そんな高い技術力を持っていた進藤家が保有する魔導研究施設の一つなんだ。といっても、実際にやることは本家の研究で必要となる細々とした実験を行うことだけだった。私の代になるまではね」

「今は何の施設なんですか?」

「今も魔導研究施設だよ。ただし、やっているのは藤守家から盗んだ技術の解析だ」

「ッ⁉」


 この時、壮馬はこの男のやろうとしていることが、何かとんでもないことなのだということを理解した。

 本家の誇る秘匿技術を盗む。それは一種のクーデターだ。

 もしもそれが成功した場合、進藤家は藤守家に並ぶ実力を獲得することも可能になる。

 あるいはそれが不可能でも、藤守の議族としての実力は格段に下がってしまう。

 分家が本家に取って代わる。それが可能なほどには藤守の秘匿する魔導技術は大きな意味を持っているのだ。


 もちろんそんなことは分かっている藤守家は、進藤家がそんなことをしていると知れば、即刻、潰しにかかるだろう。

 その危険を孝一が理解していないはずはない。

 ならば、おそらく孝一には、そんなことをしてまで成し遂げたい目的があるのだろうと壮馬は思い至ったのである。


「……あなたはそんな危険を冒して、一体何をしようと考えているんですか?」

「……別に野心があるとか、そういうわけじゃないんだ。まあ、本家には多少の恨みがあるけどね。……僕はね、真実が知りたいんだ」

「真実? 何のですか?」

「迷宮の、だよ」

「……」

 

 それは、とんでもなく、果てしない目標だと壮馬は思った。

 そもそもそれは、人類が総力をあげても不可能ではないだろうか?

 そう思った壮馬であったが、孝一はそんな壮馬の内心を正確に理解していた。


「もちろん、普通にやったら不可能だろう。だが、アテはある」

「アテですか?」

「そう、アテだ。私はね、壮馬君。議族の連中は迷宮について何か知っていると睨んでいるのだよ」

「……」

「だから、彼らに尋ねてみようと思ってね。もちろん直接聞いてもはぐらかされて暗殺対象リストに入れられるだけだろう。脅してもきっと吐いたりしない。だから……」

「クーデター……」

「そう、私の目的は、私自身が議族になることだ」


 そこまで聞いて壮馬は嘆息した。

 壮大なこの男の計画を聞いて、内心疲れていたのだ。

 

 (やばい化け物に目をつけられたな。俺、もう逃げられないんじゃないか?)


 壮馬は既に、自分がこの男の手のひらの上であることを思い知った。

 こんな計画を聞いてしまった以上、壮馬はもう逃げ切れない。逃げてもきっと殺される。

 今、壮馬が生きているのは、この男にとって壮馬に何らかの利用価値があるからだ。

 壮馬は、蜘蛛の巣の中で身動きが取れなくなったような感覚を覚えた。


「それで、そんなやばい計画を俺に聞かせたからには、何か理由があるんですよね?」

「もちろんだ。ここから本題に入ろう。……壮馬君。我々の仲間にならないか?」

 

 孝一はにこやかにそう言った。

 反対に、壮馬はひきつった笑顔を浮かべた。


(冗談じゃない! こんなやばい計画に加担するなんて、デメリット以外の何物でもない! でも、逃げられない以上、加担する以外に選択肢なんてないよなぁ……)


 壮馬は、はぁ、とため息を吐いた。


「……色々質問があるんですが……」

「何でも聞いてくれ。同志候補の君とはしっかりとした信頼関係を築きたいしね」

「まず、なんで俺なんですか?」

「いい質問だね。答えは単純だ。君に兵士としての才能があるからさ」

「……おっしゃる意味がよく分かりませんが」

「そうかね? 君は兵士に必要なものをすべて備えている。壮馬君に聞くが、君は兵士に必要な物は何だと思うかね?」


 孝一が試すように壮馬に尋ねた。

 壮馬は少し考えてから、自信なさげに答える。


「……実力とチームワーク力、冷静な判断力と忍耐力、ですかね」

「その通り、私はそれらに加えて、忠実さも兵士に求めているがね」

「それらの才能を俺が持っていると?」

「そうだ。君は私にとって、理想の兵士なのだよ。壮馬君」


 孝一の言葉に対し、壮馬は納得できなかった。


「……確かにいくつかの才能を俺が持っていることは自覚しています。冷静な判断力や、忍耐力については、師匠に鍛えられてきたので持ち合わせていると自負しています。チームワーク力も、まあ、ないとは言いません。ですが、実力と忠実さに関してはいささか同意しかねます」

「まあ、そうだろうね」

「いきなり会ったばかりのあなたに忠誠を誓うことなんてできないし、実力に関しては…

 …グランドマスターならご存じだと思いますが、お世辞にも強いとは言えません。むしろ無

 能とさげすまれてきたくらいです」

「分かっているとも」

「では、なぜ俺なんですか?」


 孝一は、待ってました、とばかりにニヤリと笑って、その答えを語った。


「その答えこそ、この魔術研究施設なのだよ。壮馬君。この施設で開発された技術を使えば、君にその二つの要素を与えることができる」

「……え?」

「驚くのも無理はない。よく聞きたまえよ。大事な話だ」


 孝一はそこで一呼吸置き、壮馬の意識が自分に向いたのを確認してから、続きを話した。


「まず、私は君に、力を授けることができる。この施設で作られたスキルを使えば、君はあの天城裕仁をも超える実力を手に入れることができる」

「ッ⁉⁉」

 

 その言葉は壮馬にとって衝撃的だった。

 天城裕仁(あまぎひろひと)。それはかつて、日本で初めて迷宮を攻略した伝説の探索者だ。《天城探検事務所》の創始者であり、現在の議族の一つである天城家の始祖に当たる。

 天城桜の祖先である彼は、全盛期において他の追随を許さないほどの実力を誇っていた。

 「至上最強」。その四文字がこれほど似合う男は、前にも後にも天城裕仁だけである。

 全ての探索者が口をそろえてそう言うであろうほどの強さを誇った男なのだ。


 天城裕仁に並ぶほどの実力?

 嘘に決まっているだろう、と壮馬は一瞬思った。

 だが、孝一の真剣な顔を見て、その話が誇張のない本当の話なのではないかと思い始めた。

 自分が、最強になる。

 その想像をして、壮馬は内心の興奮を抑えるので必死になった。

 壮馬もまた、男の子であった。


「もう一つの要素は、君の妹が絡んでいる」

「妹? 日葵に何かあるんですか?」

 

 孝一は真剣な顔つきを崩して、再びニヤリと笑みを浮かべた。


「この施設で行っている藤守家の技術解析が成功すれば……壮馬君、君の妹の病気を治すことができる可能性がでてくるのさ」

「ッッッ⁉⁉⁉」


 その瞬間、壮馬の心臓は今までないほどに高鳴った。

 もう一生治ることはないと思っていた日葵の病気が、治るかもしれない。

 それは、壮馬にとって、降ってわいた幸運であり、果てしなく強く照らし出す太陽のごとき希望の光であった。

 

「どうだね。これで分かっただろう? 壮馬君。君が私の仲間になれば、君は最強の力と妹を救い出す希望を手に入れられる。そして、君が私の仲間になった暁には、まず間違いなく君は妹を救うために、私と私の計画に全力の忠誠をもって協力することになるだろう。だから、君には間違いなく、兵士の才能があるのだよ」


 孝一は、そこで言葉を区切り、真剣な顔をした。


「ただし、君にはあらかじめ言っておかねばならないことがある。それというのも、この計画に君が協力するということは、君があらゆる汚れ仕事を引き受けるということなんだ」

「……」

「君には、妨害工作、諜報、果ては殺人まであらゆる汚れ仕事を担当してもらう。そして、いざという時には計画のための捨て駒になってもらう。闇よりもさらに黒い忠実なる無私無情の剣。それこそが、私が君に求める姿だ。そうなる覚悟があるなら、私の仲間になるといい」


 その時、壮馬は日葵との約束を思い出した。

 

『————お兄ちゃんが不幸になって私の寿命が延びるのは本望じゃないの。今、ここで約束して。無理はしない、悪いこともしないって————』


 日葵の病気を治せるかもしれない。しかし、日葵との約束を破りたくない。

 壮馬はこれ以上ないほどに葛藤した。

 その様子を、孝一は静かに見守った。

 

 やがて、壮馬が顔を上げる。

 その顔からは、何かを決意したことが伺えた。

 孝一は、それを確認してから、壮馬に選択肢を与えた。


「————さあ、壮馬君。選びたまえ。私と共に歩むか、それとも妹の未来を諦めるか。全ては君の決断次第だ————」


 日葵との約束を破るか、日葵の病気を諦めるか。

 壮馬にとって、究極にも思える2択の中で、壮馬は————。

 

 

 

 ————孝一の手を取ったのである。

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